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上野さんとの鎌倉デート(フランス恋物語120)

Le 3ème jour

2月17日、水曜日。

やっと・・・待ちに待った休日だ。

日曜の夜から仕事以外の時間を上野さんと過ごしている私は、朝ゆっくり起きられる今日を心待ちにしていた。

目覚ましをかけずにいつまでも上野さんとイチャイチャできる・・・こんな朝、最高すぎるではないか。

休日の朝ということで、私たちは起き抜けから愛し合ってしまったが、終わってみると時間は11時を過ぎていた。

上野さんとの甘い時間は中毒性があり、私はベッドから出られないでいる・・・。

大人な上野さんはこんな時も冷静で、キスをしながら私に聞いてきた。

「玲子・・・別に俺はいいんだけどさ、そろそろ行かなくて大丈夫?

今日鎌倉行くんじゃなかったっけ?

上野さんとのキスの海に溺れながら、私は考えていた。

うん・・・わかってる・・・。

わかっているのに、なかなか抜け出せないから困っているのだ。

私は、次のモチベーションとして、上野さんと身を寄せ合いながら鎌倉の海岸を歩く姿をイメージした。

・・・そう、ここに行けるのは今日しかない。

「わかった!!そろそろ起きる!!」

私は勢いよく、ベッドから飛び起きた。

Le déjeuner

遅めのランチは、鎌倉の庭付きの古民家をリノベーションした蕎麦屋にした。

パリ在住で一時帰国の上野さんへの”おもてなし”として、食事はなるべく和食をチョイスした。

立派な門をくぐると純和風の懐かしい建物が現れ、上野さんは意外な声を上げた。

「うわぁ・・・。ここ、ばあちゃんちみたいだ。」

・・・上野さんは、自分の祖母のこと、”ばあちゃん”っていうんだ。

いつもは澄ました上野さんにも、ちゃんと幼少時代があったんだな・・・と可愛らしく思った。


通されたのは縁側に近い席で、よく手入れされた庭を眺められる。

日本の情緒満載な店の雰囲気と蕎麦の美味しさに、上野さんも満足の様子だ。

「玲子が選んでくる店、みんないいよね。

色々考えてくれてありがとう。

しかも、俺のために毎回和食にしてくれて・・・。

別に気を遣わなくていいのに。」

上野さんに「ありがとう。」と言われるのは珍しくて、私は照れた。

「ううん・・・。

私もフランスに住んでいたから、和食が恋しくなる気持ちはすごくわかるし。

元々和食好きだし、一人の時に洋食とか食べてるから大丈夫です。」

上野さんは、穏やかな笑顔で言った。

「そっか・・・。

玲子って意外と優しいんだな。

パリで会った時はいつもツンケンして怖いイメージだったけど、実際一緒にいたら全然そんなことないじゃん。」

あ、あの時は、「絶対好きになるまい」って意地張ってた時期だ。

じゃあ・・・すっかり従順になってしまった今は!?

でも、今の微妙な関係の彼に、「好き」とかそういう話はしたくない。

「あの時は・・・上野さんが怖くて緊張してただけです。」

適当なことを言って、この話を終わらせた。

Les bambouseraies

次に向かったのは、鎌倉駅からタクシーで10分くらいの報国寺だ。

ここは枯山水の庭も有名だが、何といっても竹林が有名で、幻想的な竹林の中を上野さんと散歩したくて、今日のデートコースに入れた。

【報国寺】(ほうこくじ)
神奈川県鎌倉市浄明寺二丁目にある臨済宗建長寺派の寺院。
山号は功臣山。本尊は釈迦三尊。
境内に竹林があり、「竹の寺」とも称される。
鎌倉三十三観音霊場の第10番、鎌倉十三仏霊場の第8番(観音菩薩)、東国花の寺百ヶ寺の鎌倉5番札所。
この寺は、1334年(建武元年)天岸慧広の開山により創建されたと伝えられ、開基については足利尊氏の祖父足利家時とも上杉重兼ともいわれている。
臨済宗における寺格は諸山に列せられていた。

山門から本堂までの参道は距離があり、その両脇には落ち着いた雰囲気の庭が広がっていた。

久しぶりに帰国した上野さんは、日本庭園を珍しそうに眺めていた。


本堂のお参りをした後、裏手に回り竹林の中に入ってゆく。

そこには、孟宗竹と呼ばれる2,000本以上の竹が、天を目指して真っすぐに伸びていた。

竹の間の隙間を縫って漏れてくる光がとても優しくて、その景色を見ると心が洗われるようだ。

風に揺れる笹のさわさわという音が、心を落ち着かせてゆく・・・。

「お、いいね!!」

いつもはクールな上野さんが、こんなに喜ぶのは珍しい。

「上野さん、東京でカメラマンしてた頃、よくこういう所でも撮影したんじゃないですか?」

彼は懐かしそうに竹林を眺めながら言った。

「そうだよ・・・。色んなお寺の竹林で撮影したな。

でも、パリに行ってからは長いこと見てないから、なんだか懐かしくて。

いいね、こういうの。

なんかまた新しいインスピレーションが沸いてきそうだ。」

その話を聞いて、「やっぱりこの人はアーティストだな」と思った。


竹林をしばらく眺めた後、上野さんは思い付いたように言った。

「あ、そうだ。

玲子にこの間の着物を着てもらって、ここで撮影してみたいな。

玲子、和顔だから、着物すごく似合ってたじゃん。」

それは嬉しい提案だったが、同時に叶わない話であることに私は気付いた。

「上野さん・・・。

そんなこと言ったって、私たちがここに来れる日はもうないんですよ。」

私の悲しい顔を見て、彼は申し訳なさそうにした。

「そうだったね・・・。玲子、ごめん。」

そう言うと、なだめるように私の肩を抱き寄せた。


その後私たちは、目の前にあった茶房”休耕庵”で休むことにした。

竹林を前に頂くお抹茶はとても美味しかったが、一度できた心のモヤモヤは簡単に消えなかった・・・。

La mer

「上野さんと鎌倉の海を見たい」

・・・今回の休日デートで一番に思い浮かんだ絵がこれだった。

その目的を果たすため、報国寺を出るとタクシーで由比ガ浜海岸に向かった。


海岸に着くと、もう夕焼けが始まりかけている。

その光景に感動した上野さんは、パリジャンっぽい感想を述べた。

「海、いいね。これもパリでは見られないものだから・・・。」

その無邪気な笑顔を見て、上野さんの新たな一面を見た気がした。

・・・なぜだろう。

海の音を聞くと素直な気持ちになって、思っていることを正直に吐き出したくなる。

いいや、今聞いちゃえ。

「上野さん・・・。」

波打ち際で遊んでいた彼は、私の元に戻ってきた。

「どうしたの?急にそんな真面目な顔して。」

私は聞きたくて聞けなかった疑問を、上野さんにぶつけてみた。

「上野さんに聞きたいことがあります。

どうしてこの5日間、私と一緒にいようと思ったんですか?

それって・・・単なる好奇心とか、体目的?

その質問に、彼は困惑の色を見せた。

「え・・・。

そ・・・それは・・・。」

こんな歯切れの悪い上野さん、初めてだ。

私は勇気を振り絞って、続きを全部言った。

「この話を持ち掛けた時、『一緒にいる間はできるだけの愛情を注ぐよ』って言ってくれましたよね?

私のこと、少しくらいは『好き』って思ってくれてるんですか?

まだ一度も『好き』って言ってもらったことないから、すごく不安です。

私はこんなにあなたのことが好きなのに・・・。

私の告白は、彼を驚かせた。

「玲子・・・。」

上野さんは私を抱きしめて言った。

「不安な気持ちにさせてごめん。

ちゃんと言わなくちゃダメだよね。

俺だって、玲子のこと好きだよ。」

そう言い終わると、私にキスをした。

そのキスは彼には珍しく、とてもピュアなものだった・・・。


キスの後、彼は私への想いを告白した。

「確かに、初めの方は好奇心とか、もっと夢中にさせたいとか、そんな動機からだった。

でも・・・一緒に過ごしているうちに変わっていったんだ。

玲子がこんなに優しくて、気の利く子だとは思わなかったよ。

一緒にいると居心地が良くて、不思議と自然体の自分でいられる・・・。

今までの俺は、玲子を知らなさすぎた。」

上野さんにここまで言ってもらえるなんて・・・。

素直になった私は、自分の感情を包み隠さず話した。

「上野さん、私、割り切れる自信あったんですけど、ちょっと怪しくなってきました。

”あと2日でさよなら”なんて、寂しすぎます・・・。」

すると彼は、見たことのない切ない表情をした。

「俺だって・・・本当はすごく寂しいよ。

これだけ一緒にいたら、情だって移ってしまう。

でも、俺は東京に住めないし、玲子がパリに住むことも、もうないだろ?

悲しいけど、期間限定でしか一緒にいられない運命なんだよ。」

”本当はすごく寂しい”・・・この言葉を聞くと、自然と涙がこぼれた。

彼にだって、”寂しい”という感情があるんだ。

いつもたくさんの女性に愛されてモテモテの上野さん・・・。

そんな彼から”寂しい”と言ってもらえた私は、幸せ者だ。

でも、彼からの愛を獲得したところで、明後日には別れなければならない。

そう思うと、これは喜びの涙なのか、悲しみの涙なのか、自分でもよくわからなくなるのだった・・・。

Le dîner

今日のデート・夜の部は、江ノ島だ。

ディナーの候補はいくつかあったが、「デートっぽく海が見えるレストランにしよう」という上野さんのリクエストで、外観がオシャレなイタリアンレストランに決まった。

「いいんですか?和食じゃなくて。」

私が尋ねると、彼は笑って言った。

「わかってないなぁ、玲子は。

日本のイタリアンのバラエティの豊富さを知らないの?

大葉のパスタとかは、日本でしか食べられないだろ?」

・・・あぁそっか。

私もフランスに住んでいた時そう思っていたのに、すっかり忘れていた。


・・・ともあれ、そのレストランも当たりで良かった。

私は白ワインとピッツァ・マルゲリータに舌鼓を打った。

彼は言った通り、大葉とキノコの和風パスタを美味しそうに食べていたのだった。

Les illuminations

今日のデートの総仕上げは、江ノ島のイルミネーションだ。

やっぱり冬は、恋人とイルミネーションを見に行きたい。

ここ江ノ島のイルミネーションは、「クリスマスが終わった後も長く開催される」ということを前からチェックしていた。

【江ノ島のイルミネーション】
12月〜2月の期間中に行われるイルミネーションのイベントは、江ノ島のシンボルを光で彩る「江ノ島シーキャンドルライトアップ」に始まり、「江ノ島ウィンターチューリップ」、ライトバルーンやミラーボールを使った光のアート「バレンタインアイランド江ノ島」など、時期によってイベントに変化を持たせている。
2018年、当イベントは、「関東三大イルミネーション」の一つに再認定された。

「江ノ島シーキャンドル」という名前の展望台を中心に公、園内は色とりどりのLEDライトが輝き、そのロマンチックな光景に寒さも忘れそうだ・・・。

「うわ・・・。確かに綺麗だけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。」

なんと上野さんは、「こういったイルミネーションを見に行くこと自体、すごく久しぶり。」と言っていた。

なんで!?色んな女性とデートしてそうなのに・・・。


とりあえず人目が少なそうな展望台に昇ってみることにした。

展望台から眺める江ノ島の町の夜景も、とても綺麗だ。

でも・・・上野さんはイルミネーション好きじゃないの!?

気になって聞いてみた。

「なんで上野さんは、今までイルミネーション行かなかったんですか?」

彼はその理由を、職業的観点から説明した。

「カメラマンだと、仕事で夜景の写真もたくさん撮るから、見飽きちゃうんだよね。

あと単純に、こういうキラキラした所に、プライベートで行くのは苦手・・・。

「じゃあ・・・なんで今、ここに来てくれたんですか?」

上野さんは、私にキスをして言った。

「言っただろ?

『一緒にいる間は、できるだけ愛情を注ぐ』って。

玲子を喜ばせることができるなら、どこだって行くよ。

でも・・・久しぶりに来てみたら、彼女とイルミネーション見に行くのも意外と悪くないね。」

・・・上野さんに初めて”彼女”って言われた!!

「上野さん、ありがとう!!」

私が上野さんに抱きつくと、彼は嬉しそうに微笑んだ・・・。

La nuit

その夜。

鎌倉デートで疲れた私たちは、この日初めて”おやすみのキス”だけで眠ってしまった。

でも、今日のデートで上野さんとの”心の繋がり”を確認できたので、私は全然寂しくなかった・・・。


もうすぐ日付が変わる。あと、上野さんと一緒にいられるのは2日だけ。

タイムリミットが気になって、私は上野さんのことしか頭になかった・・・。


しかし、別の男性も動き出していることに、全く気付いてなかったのである・・・。


ーフランス恋物語121に続くー

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