サントリーニの洗礼(フランス恋物語65)
Le matin
8月下旬のある日。
私とニコラはギリシャのサントリーニ島に来ていた。
サントリーニ2日目の今日はのんびり9時に起き、部屋のテラス席でエーゲ海を眺めながら優雅な朝食を楽しんだ。
「今日はフィラの崖の下を降りて、オールドポートという港から船に乗るよ。」
「D'accord.」
私が今日の予定を言うと、ニコラは笑顔で頷いた。
Fira
イアにあるホテルを出ると、フィラの町に向けて歩いた。
フィラに着くと崖を降りて、海岸にあるオールドポートに向かう。
崖を降りるにはロバに乗ったりケーブルカーを使う方法もあるが、私たちはつづら折りのロバ道を徒歩で下った
ロバ道は思ったより長かったけれど、観光用に着飾ったロバたちや、ロバに乗った観光客たちが登って行くのを見るのは楽しかった。
港に着くと海賊船のような船が停泊していて、係員に聞くと”ボルケーノ”と”ホットスプリング”という島に連れてってくれるという。
私たちは急いでチケットを買い、ギリギリ11時の便に飛び乗った。
Le bateau
船の上は風が気持ちよくて、いかにもリゾートという気分になる。
周りの客はほとんどがヨーロピアンで、みんな泳ぐつもりで水着姿の人が多かった。
一緒にいるニコラも水着の上に軽装という服装で、泳ぐつもりのようだ。
私は日焼けしたくないので、「船で待っている」と言った。
ボルケーノとホットスプリングに船が着くと、それぞれ自由時間があり、ヨーロピアンたちは火山の丘を登ったり、海に飛び込んで海水浴を楽しんだりと、アクティビティを思いっきり満喫している。
ニコラも私を船に置いて泳ぎに行ってしまったが、仕方がない。
私は、はしゃぐヨーロピアンたちをぼんやりと眺めていた。
私はもともと海水浴が好きな子どもだったので、日焼けを気にしない年頃だったら、きっと彼らと一緒に泳いでいただろう。
でも、一度美白死守の生活を始めたら、もう戻れない。
ふとニコラの方に目をやると、火山の丘から嬉しそうに手を振る姿が見える。
その笑顔があまりに無邪気で、いつもはお父さんのように思える彼が子どもに見えた。
・・・父娘のような私たちの関係が、珍しく逆になった瞬間だった。
Le déjeuner
14時ぐらいに船はオールドポートに着き、戻りはケーブルカーでフィラの中心街へと登った。
私たちは通りがかりの、海の見えるレストランで遅めのランチを取った。
他の客が食べているピザが美味しそうだったので、私たちはピザを頼んだ。
美味しそうにピザを頬張るニコラを見て、私は聞いた。
「私、ニコラはいつも高級品しか食べないと思ってたけど、そんなことないの?」
「そんなわけないよ。
一人の時はジャンクフードもよく食べるよ。
ただ、僕は女性と一緒にいる時はその人を喜ばせたくて、素敵なレストランに連れて行きたいだけ。
レイコが望むなら、ずっといいレストランばかり行くことだってできるよ。」
・・・私はニコラの意外な一面を知った気がした。
「ううん。そんな毎回高級レストランで食べるのも疲れちゃうし、私は普通の店でいいの。
ただ、ニコラの味の好みを知りたかっただけ。」
ニコラは笑って言った。
「僕のことは心配しなくていいよ。
もし結婚して一緒に住むことになっても、メイドを雇うから君は料理の心配をしなくていい。」
「料理の心配をしなくていい」・・・その魅力的な言葉に、私は涙が出そうになった。
そのくらい、私にとって家事は苦役なものだった。
promenade
ランチが終わったら、フィラの可愛い町並みをゆっくり見物しながらイアに向かって歩く。
通りを歩いていると心踊る素敵な景色が次々と現れて、ついたくさん写真を撮ってしまう。
土産物屋では、自分用にポストカードや、ギリシャに来てすっかりお気に入りになった”ギリシャ国旗”プリントのバスタオルを選び、友人にはワイン、オリーブオイル、石鹸などを買った。
ニコラに「お土産買わないの?」と聞くと、「フランスには土産を買う習慣はないから。」と言われ、なるほど・・・と思った。
本当はここに残って夕焼けを待ちたかったのだけれど、風が強くなり寒くなってきたので、ホテルに戻り部屋から眺めることにした。
La proie
部屋に戻るとシャワーを浴び、潮風にまみれた体を洗った。
バスローブが見付からなかったので、ニコラが私のために持って来た浴衣を着ることにした。
私はお風呂上りに体に貼り付く物を着るのが嫌いだったので、質感的にその浴衣はちょうど良かった。
私は裸に浴衣だけを羽織った姿で、窓際のソファに寝そべり夕焼けを待った。
向かって正面は海だが、左右に目をやれば、海に突き出た島の街並みも一望できる。
しばらくすると夕焼けが始まり、夕陽に照らされた教会と海の風景は、絵葉書そのものの美しさだった・・・。
プール付きの広いテラスに出たニコラがこちらに向かって呼びかけているが、何と言っているのかわからない。
たまりかねたニコラは部屋に戻り、私をお姫様抱っこするとそのままテラスに出た。
悪だくみをしたようなニヤついた表情に、イヤな予感がする。
「Descends-moi, Nicolas!!」
(降ろしてよ、ニコラ!!)
私は腕の中でもがいたが、体力で適うはずがなかった。
ニコラはプールサイドの前まで来ると、私をプールに投げ込んだ。
・・・私は一瞬、自分の身に何が起こったのかわからなかった。
ニコラは自らもプールに入ると、もがく私から素早く浴衣を剥ぎ取り、勢いよくプールサイドに放り投げてしまった。
「!!!!!!!!!!」
そういえば、昨夜も、水着でプールに入っている私をニコラは襲おうとして未遂に終わっていたんだった!!
彼はプライベートプールでの行為を想定して、このホテルを予約したのか・・・。
今頃になって、私はその目的に気付いた。
昨夜はニコラの手を振り払ってプールを出たが、今の私は一糸纏わぬ姿だ。
正面は海だけで左右には壁があるが、丘の上から見下ろせば、ここが丸見えなのは知っている。
突然裸になってしまった私は恥ずかしくて、さっきまでの勢いはどこかに消えてしまっていた。
ニコラは私を抱きしめると、激しいキスを始める。
寒さで震えていた体が、ニコラの熱量で徐々に温まってゆく。
”屋外で裸にされる”というシチュエーションに、キスだけでも感じてしまっていた。
その反応に手応えを感じたニコラは、私の体をまさぐり始めた。
私は精一杯の抵抗を試みたが、ニコラはそんなことでひるむような男ではない。
彼の甘い目に見つめられ、
「Doucement・・・Doucement・・・.」
(落ち着いて・・・落ち着いて・・・。)
・・・子どもをたしなめるように囁かれると、まるで催眠術をかけられたようになり、私は抵抗することができなくなってしまった。
まだ夕暮れ時なので、上にいる通行人から私たちの恥ずかしい痴態は見えているだろう。
今見上げれば、彼らと目が合ってしまう。
私は上が気になる気持ちを抑え、ニコラとの行為に集中するよう努めた。
僅かに残る羞恥心と増幅してゆく快楽が、私の中でせめぎ合う。
ニコラの愛撫は容赦なくエスカレートしてゆき、次第に私の脳は快楽に支配され、理性やモラルは吹き飛んでしまっていた。
「あぁ・・・悔しいけど、気持ちいい。」
いつもは”スポーツ”だと思っていたニコラとの行為も、「人から見られているかもしれない」という背徳感から、私は今までにないくらい感じてしまっていた。
・・・そうこうしているうちに、ニコラの果てる声が聞こえた。
我に返った私は、彼の変態的嗜好の餌食になってしまったことに気付いた。
nettoyage
先に部屋に戻り何かを取ってきたニコラは、放心状態の私をプールサイドに手招きした。
プールから上がった私に大きなバスタオルを被せると、抱きかかえるように部屋に誘導する。
「浴衣が濡れてしまったね・・・。」
自分が濡らしたくせにわざとらしく言ったニコラは、浴衣を拾ってハンガーに吊るした。
そしてルームサービスに電話し、新しいバスローブを頼んでいる声が聞こえた。
Le dîner
夜になるとますます風が強くなり寒さは厳しくなったので、ディナーのために出かける気は失せた。
また、夕方の恥ずかしい出来事をホテルのスタッフに見られたのではないかと思うと、館内のレストランにも行く気がせず、ホテルのルームサービスで夕食を運んでもらうことにした。
ニコラは、「気にしすぎだよ。」と笑ったが、私は気が気でない。
私たちは、ギリシャサラダ、サーモンのカルパッチョ、タコの串焼き、シーフードパスタ、そしてデザートにはギリシャヨーグルトを食べた。
ニコラは、私の好きなロゼ・スパークリングワインもフルボトルで1本頼んでいた。
好きなお酒を用意されると何杯も飲んでしまうのは、私の悪い癖だ。
ワインでいい気分になった私は、夕方のニコラの悪戯を少しづつ容認しつつあった。
それをいち早く察したニコラは、また私のバスローブを脱がそうとする。
「えぇ、また!? もう、しょうがないな。」
アルコールも手伝い、ニコラに抗う気力はもう残っていなかった・・・。
Le téléphone
私たちがキスを始めたところで、ニコラの電話が鳴り響いた。
初めは無視していたのだが、電話はずっと鳴り続けている。
ニコラが電話に出ると、電話口からは泣き叫ぶ女の声が聞こえた。
ちゃんと応答をしているところを見ると、間違い電話ではなさそうだ。
尋常ではない電話に私は耳をそばだてたが、フランス語なので何を言っているのかよくわからない。
しかし、ニコラが「ジョセフィーヌ」という名を発したことで、私の中ですべてがリンクした。
”ジョセフィーヌ”・・・ニコラの前妻の名前だ!!
”ナポレオンの最初の妻と同じ名前”で憶えていたから、絶対間違いはない。
私は、ニコラの父・セザールが言っていた証言を思い出した。
「ニコラは婚姻期間中に浮気をしていまい、ジョセフィーヌはそこから嫉妬深くなり、おかしくなってしまったんだよ。」
ニコラと付き合ってからの3週間、夜はほとんど一緒にいたが、今まで電話がかかってこなかったのは奇跡だったのかもしれない。(もしかしたら、私が気付かない間に出ていたのかもしれないが)
ニコラと前妻との電話は、なかなか終わりそうになかった。
この最悪な事態に、これまでの楽しくて刺激的だった私の旅行気分は一気に冷めた。
電話を切った後のニコラとの会話で、私は彼との交際に疑問を持ち始めるようになるのである・・・。
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