見出し画像

類先輩からの初コール(フランス恋物語109)

次のミッション

年末年始は、北原さんと”箱根宿おこもりスティ”をした。

心も体も相性ピッタリだと確信した私たちは、結婚を前提に東京⇔ミラノ間の遠距離恋愛を始める話もしていた。

しかし・・・前妻の子どもの存在が気にかかった私は、悩んだ末その恋を終わらせた


・・・かと言って、こんなことでめげる私ではない。

次なる恋の候補は、職場である不動産屋の営業マン・及川類先輩だ。

彼の第一印象は、顔が水嶋ヒロ似のイケメンだからって、あんなチャラ男、絶対好きにならないぞ!!」だった。

でも、二人きりの車の中で悩み相談をしてからというもの、私は彼を意識するようになっていた。

あんなイケメン、ほっといたらすぐに他の女に持っていかれちゃうよ。」

親友の美月ちゃんにハッパをかけられ、彼と二人になるチャンスがあったら、連絡先を交換しようと決めた。

そもそも私は、及川さんに彼女がいるかどうかすら知らないのだ。

まずは、もっと彼を知る必要があった。

仕事初め

1月7日、木曜日。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」

挨拶をして入ると、穏やかなマイホームパパ店長(と勝手にあだ名を付けている)に話しかけられた。

「あけましておめでとう。もう風邪は大丈夫?」

あ、そっか、仕事納めの12月27日は風邪で早退したんだった・・・。

「はい、もうすっかり元気です。ご心配おかけしました。」

「今日、もしかしたらお客さん多いかもしれないから、よろしくね。」

「はい、頑張ります。」

今日はどんなお客様が来るんだろう。

そして、及川さんと一緒に仕事はできるのだろうか・・・。

久しぶりの仕事モードに少し緊張しながら、私は席に着いた。

類先輩の仕事ぶり

「じゃ、橘さんが行く部屋の内見、及川くんも一緒に付いてあげて。」

店長の発言に、私は「来た~!!」と思った。

とはいえ、お客様も一緒なので二人きりではないのだが・・・。


1ケ月前、営業アシスタントとして派遣で入った私は、店舗内で書面での部屋の紹介は一人で任されるようになっていた。

部屋の内見を一人で担当するか、先輩の営業マンと同行するかは、接客状況を見て店長が判断する。

今から案内するお客様は、20歳そこそこのギャルだ。

彼女は、何に付けても文句を言う神経質そうなタイプで、「1回の内見で部屋を契約することはなさそうだな」と、私は諦めモードだった。


お客様を案内する車の準備ができ、及川さんが運転し、私は助手席に座ることになった。

ギャルは及川さんを気に入ったようで、後部座席からやたらと話しかけてくる。

「及川さんって超イケメンですよね~。やっぱり彼女いるんですか?」

「いや~、仕事が忙しくてなかなかできないんですよ。」

及川さんは慣れた感じで返事をしている。

その口ぶりから、彼は毎日のようにこんな質問をされてそうだと感じた。


内見の部屋に入るなり、ギャルは矢継ぎ早に及川さんに質問を始めた。

本来なら初めに担当した私が対応したいところだが、彼女が及川さんと話したいのなら仕方がない。

私は、及川さんがどのように質問に答え、営業トークをするのか観察した。

ギャルはかなり細かいことまで聞いていたが、及川さんは一つ一つの質問をわかりやすく丁寧に答え、彼女を満足させている。

あ、この人すごいかも・・・。

確かに「当店No.1の成績」を誇るだけあり、彼の不動産の知識や会話術は目を見張るものがあった。

やっぱり私、及川さんを顔とかチャライ雰囲気だけで判断して、中身を見ようとしてなかったのかも・・・。

実は真面目な人なのに、いつも外見で判断され、周りから期待される”イケメン像”に応えているだけなのかもしれない。

今日私は及川さんの新たな一面に気付き、さらに気になるようになった。


結局、彼女は1回の内見で部屋を気に入り、さっさと契約して帰っていった。

その営業手腕を目の当たりにした私は、及川さんに尊敬の念を持ったのだった。

La clé

一つの仕事が終わり安心していると、店長が尋ねた。

「そういえば、さっきの部屋の鍵、まだ返してもらってないよね?」

「・・・。」

・・・あれ、ない!!

鍵の管理は私がしていて、部屋の開け閉めも自分でしたはずだ。

とっさに鞄の中を探してみたが、見付からなかった。

鍵なんてすごく大切な物なのに、失くしたらどうしよう・・・。


その様子を見た及川さんは、驚きの行動に出た。

「すみません。鍵を管理していたのは僕です。

今日中に探します。もう少し待ってください。」

普段は穏やかな店長が、険しい表情になり及川さんを厳しく叱った。

「及川くん、この仕事をしていたら、部屋の鍵がどれくらい大事かわかってるよね?

いくら成績が良くても、こんな基本的なことが出来ないなんてダメじゃないか。」

その様子を見て、私は血の気が引いた。

ここで、「鍵を失くしたのは私です。」と名乗り出ようとも思った。

しかし、そうすると、「じゃあなぜ彼は後輩を庇ったのか?」ということになる。

そう考えると、ここはとりあえず黙っておいた方がいいような気がした。

・・・とにかく、もう一度鍵を探さなければ。

「私、車の中、見てきます。」

私は、さっき案内した車の中を見に行くことにした。

dans la voiture

「どう?見付かりそう?」

車の中で鍵を探していると、及川さんも後から入ってきた。

私は気になった疑問をぶつけた。

「なんで、鍵を持ってたのは私なのに、及川さんが罪を被るようなこと言ったんですか?」

及川さんは平然と答えながら、車内を探し始めた。

「さっきの店長、超怖かっただろ?

あの人普段は穏やかだけど、仕事には厳しいからさ。

いきなり怒られたら、玲子ちゃん驚くんじゃないかと思って。

あと、これで君がクビになっても困るし。」

そんな理由で庇うなんて・・・。

「もしクビになったとしても、それは私が悪いから仕方のないことです。

そんなことで及川さんの評価が下がる方が、私はイヤです。」

深刻な雰囲気にならないよう、及川さんは明るい調子で言った。

「そんなことより、もう1回自分のポケット探して見て。

ポケットの中って、意外と見落としがちだったりするから。」

私は言われた通り、スーツのポケットを一つ一つ確かめてみた。

すると・・・普段あまり使わないところに鍵が入っていた。

「あった!!!!!」

及川さんは、クシャッとした笑顔で言った。

「だから言ったろ?

俺、玲子ちゃん見てるからわかるよ。

そんな簡単に物を失くす子じゃないって。」

「及川さん・・・。」

私は嬉しさのあまり、こんなことを言ってしまった。

「本当にありがとうございます。

お礼をしたいんですけど、私にできることって何かありますか?」

及川さんの表情がパアッと明るくなった。

「え、いいの? そうだなぁ・・・。」

そして、今まで見たことのない、無邪気な笑顔で言った。

「じゃ、玲子ちゃんの携帯番号とアドレス教えて。

イヴの彼との話もどうなったか、ゆっくり聞きたいし。」

「え・・・!?」

まさか、及川さんの方から聞かれることになるとは。

「・・・わかりました。」

本当は嬉しいくせに、しぶしぶという感じで私は連絡先交換をした。


鍵は車内で見つかったということにして、及川さんは店長に返していた。

店長は「今度からは気を付けるように。」とだけ言い、その後店内には平穏な空気が戻った。

心臓に悪い「鍵紛失事件」だったが、それは私たちが連絡先を交換するきっかけとなった・・・。

Le téléphone

その日の22時頃。

自宅でのんびりしていると、及川さんから初めてメールが届いた。

玲子ちゃん、お疲れ。
今日は大変だったけど、玲子ちゃんの番号聞けたからアリだと思ったよ。
今から電話できる?
イヴの話聞かせて。

来た・・・。

私は早速返信した。

お疲れ様です。
今日はご迷惑をお掛けして、すみませんでした。
電話、今から大丈夫です。

すると、すぐに電話が鳴り始めた。

「もしもし。」

電話口からは、普段より落ち着いた感じの及川さんの声が聞こえる。

「玲子ちゃん・・・やっとゆっくり話せたね。」

今日の「鍵紛失事件」で、私はすっかり心を許してしまっている。

「はい・・・。」

声だけだと彼のチャラさはすっかり消えて、誠実な男性に思えてくるから不思議だ。

「イヴの元カレの話、どうなったか聞かせてよ。

ずっと気になってた。」

”ずっと気になってた”・・・その言葉に私はドキリとした。

でも、初めての電話で智哉くんとのすべてを話してしまうのは、まだ抵抗がある。

とりあえず、おおまかにだけ説明しよう。

イヴの夜、彼は待ち合わせ場所に来てくれましたが、その場で『別れてください。』って言われてフラれました

12月23日に好きだった人と再会して、その人といい雰囲気になったから別れたいって・・・。」

少し間があってから、及川さんは慰めの言葉をかけた。

「そうだったんだね・・・。可哀想に。

こんなに魅力的な玲子をフるなんて、その彼は見る目がないね。

俺だったら、ずっと大切にするのに・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

・・・ダメだダメだダメだ~!!

この人、初回の電話からなんてこと言うの!?

そんなこと言われたら、いっきにグラッときてしまうではないか。

このセリフ、私にだけなのか、他の人にも言っているのか、どっちなの!?

これ以上電話を続けると、彼のペースに飲み込まれそうで危険だ。

そう判断した私は、もっと話したい気持ちをこらえて電話を切ることにした。

「ごめんなさい・・・。

そろそろ眠くなってきたので、今日はこの辺で終わりにします。

話聞いてくれて、ありがとうございました。」

彼はあっさりとその言葉を受けた。

「こちらこそ、ごめんね。夜遅くに。

でも、また明日職場で会うもんね。」

そうだ・・・。

明日になれば、また及川さんと会える。

「はい、明日もよろしくお願いします。」

「うん、じゃ、また明日ね。」

「おやすみなさい。」

「おやすみ。」

私は幸せな気持ちで電話を切った。


「何これ!?毎日好きな人に会える”職場恋愛”って、超最高じゃん!!」

職場恋愛初体験の私は、この状況にとても感動していた。


こうして、及川さんと密にコミュニケーションを取れるようになった私は、どんどん彼の魅力にハマっていくのであった・・・。


ーフランス恋物語110に続くー

Kindle本『フランス恋物語』次回作出版のため、あなたのサポートが必要です。 『フランス恋物語』は全5巻出版予定です。 滞りなく全巻出せるよう、さゆりをサポートしてください。 あなたのお気持ちをよろしくお願いします。