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アンドレとお台場デート(フランス恋物語124)

La question

2月23日火曜日。

この日も私は、アンドレとディナーに来ている。

彼は土曜の夜、私をフレンチに連れていき「明日以降はこんな豪華なレストランは無理だけど、できれば明日も明後日も、新宿のどこかで君とディナーに行きたい。どうかな?」と誘ってきた。

アンドレは叶姉妹も認める、”グッド・ルッキング・ガイ”な外見の持ち主だ。

まだあどけなさの残るミカエルや、ハーフだけど日本人っぽい類にはない、完璧な美が彼にはあった。(※別にそこまで求めてはいないけど)

そして彼とフランス語で会話していると、まるで自分がパリに戻ったような気分になる・・・。

目下フリーの私は、彼氏候補となる人との出会いは大切にせねばならない。

そんな理由から、私は彼が望む限り毎日ディナーに付き合うことに決めた。

彼はあまり日本語を話してくれないので、「フランス語会話がデフォルト」なのは、なかなか大変だったが・・・。


・・・ただ、今日は一つ、大きな疑問が浮上した。

なぜ私は今、アンドレとマクドナルドでハンバーガーを食べているのだろう!?


もう一度繰り返すが、土曜日の初ディナーでは、アンドレは高級そうなフレンチに連れて行ってくれた。

お金を払おうとする私に、彼は言った。

「僕が誘ったんだから、君は出さなくていい。

明日も一緒にディナーに行ってくれればそれでいいんだから。」

そこまで言うのなら・・・ということで、私はお言葉に甘えることにした。


翌日、日曜のディナーはチェーンの居酒屋だった。

新宿を歩いていたら、「この辺でどう?」と言われて入ったのがその店だった。

別に居酒屋でもいいのだが、あまりにも昨日とギャップがありすぎて私は驚いた。

それなら2日連続で食事に行かなくていいんじゃ・・・と思ったほどだ。

この日も、半分払おうとすると断られた。


そのさらに翌日の月曜は、チェーンのカフェだった。

紅茶は美味しいが、食べるものはサンドイッチぐらいしかない。

「もしかして、お金に困っているのかな?」

そう思った私はまたお金を払おうとしたが、頑なに断られた。

そこは、彼のプライドなのか!?

ますます謎は深まるが、”グッド・ルッキング・ガイ”だし、彼と会えばフランス語の勉強になるし、あまり気にしないでおこう。

ただ、彼のことが好きかどうかというと、よくわからなくなってきていたが・・・。


そして火曜の今日は、なぜかマクドナルドに連れて来られた。

同じファーストフードなら、せめてフレッシュネスバーガーにしてほしかったな・・・と心の中で思った。

なんだろう、このわかりやすい”格落ち感”は。

私を試しているのか!?

それとも、本当にお金がないのか!?

彼の考えが全く読めない・・・。


会話の途中で「明日休みだ。」という話題になった時、彼は言った。

「え、そうなの!?明日、僕も休みだよ。

じゃ、どこか一緒にデートに行こうよ。」

・・・アンドレと一日デート!?

それは、彼のことをもっと知るいいチャンスかもしれない。

「じゃあ、私、映画観に行きたいんだけど、いい?」

私の映画という提案に彼も乗った。

「いいね。映画、見たい作品あるの?」

私は迷わず答えた。

「『イングロリアス・バスターズ』って知ってる?

ブラッド・ピットが主役で、タランティーノが監督の。」

「あぁ。

知ってるけど、まだ見たことなかったな。

じゃ、それ観に行こう。」

アンドレも賛成してくれて良かった。

今度は、映画館の場所も提案してみた。

「いつも新宿でご飯食べてるから、明日は違う場所でもいい?

お台場とかどうかな?」

私は、アンドレと”いかにもデートっぽい所”に行きたいと思った。

「OK。じゃ、お台場にしよう。」

・・・こうして、私たちの初デートはお台場に決まった。

Le rendez-vous

2月24日、水曜日。

今日の待ち合わせは、14時にお台場の東京テレポート駅だ。

お金がかからないデートということで、ランチは一緒に食べないことにした。

彼の金銭的負担にならないよう、自分の分はさりげなく払うつもりだ。

あ、今日はレディースデーだから映画代は安くなるんだった・・・ラッキー!!


・・・そんなことを考えていたら、時間通りにアンドレが来た。

「Bonjour,Reiko.」

美しい彼は、遠くからでもオーラでわかるのがすごい。

彼はいつも通り、私に紳士的なビズをした。

Inglourious Basterds

私たちは、ユナイテッド・シネマアクアシティお台場に入った。

観る映画は、昨日話していた「イングロリアス・バスターズ」だ。

【Inglourious Basterds】(イングロリアス・バスターズ)
クエンティン・タランティーノ監督ブラッド・ピットがタッグを組んだ最強のアクション大作。
ナチス占領下のフランスを舞台に、それぞれに事情を抱えたクセのある登場人物たちの暴走をユーモアたっぷりに描く。
メラニー・ロランやクリストフ・ヴァルツ、ダイアン・クルーガーなど各国を代表する俳優たちがこれまでにない役柄を喜々として演じている。歴史的事実を基に作り上げられた。
【あらすじ】
1941年、ナチス占領下のフランスの田舎町で、家族を虐殺されたユダヤ人のショシャナ(メラニー・ロラン)はランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)の追跡を逃れる。
一方、“イングロリアス・バスターズ”と呼ばれるレイン中尉(ブラッド・ピット)率いる連合軍の極秘部隊は、次々とナチス兵を血祭りにあげていた。やがて彼らはパリでの作戦を実行に移す。

私は去年フランスでこの映画を見て「面白い!!」と思い、帰国後にちゃんと日本語字幕で観たいと思っていた。

この映画の好きなところは、スパイであるクリストフ・ヴァルツダイアン・クルーガー独英仏のトリリンガルで、必要に応じてその言語を自在に操るところにあった。

特にクリストフ・ヴァルツの怪演ぶりが気に入り、「主役のブラピが霞む」と思ったくらいだ。(実際、彼はこの作品でアカデミー賞やカンヌ国際映画祭男優賞をはじめ、様々な賞を総ナメにしていた)

隣に座るアンドレを窺ってみると、彼も食い入るように鑑賞している。

彼の場合、フランス語だけでなく英語も知ってそうだから、もっと映画の世界を奥深くまで理解できるんだろうな・・・と思った。

Le café

映画が終わると、もう夕方だった。

私たちは同じアクアシティ内のカフェに入り、映画の感想を語り合っていた。

私はパリで鑑賞した時、強烈に印象に残っていたことを一番に話した。

「私、去年パリに住んでいた時にこの映画を見たんだけど、その時にはマインドがフランス住民になってたのね。

だから、パリでドイツ軍が我が物顔でドイツ語を話すのに腹が立つシャシャナの気持ちに感情移入できたの。」

私の体験談を、アンドレは興味深そうに聞いた。

「なるほど。

日本人でもパリに住んでみると、そんな気持ちになるんだ。面白いね。」

ここで私はピンときて、アンドレにわざと意地悪な質問をぶつけてみた。

「フランスにも、”À Rome il faut vivre comme à Rome.”(ローマにいる時はローマ人がなすようにせよ=郷に入れば郷に従え)ってことわざがあるでしょ?

ここは日本だけど、アンドレは日本語を話すつもりはないの?」

私の言葉に、アンドレはハッとした表情をした。

・・・しまった、これは禁句だったか!?

でも、ずっとフランス語で話し続けるのもフェアじゃないし、そろそろ彼にも日本語を話してもらいたかった。

彼は尚も、フランス語で話し続けた。

「僕は日本に来て1年以上経つのに、日本語が苦手なんだ。

君に初めて会った時、語学スクールの名刺を渡したよね?

僕はそこでフランス語講師をしている。

日本語が話せなくてもこの仕事はできるから、つい日本語を学習する努力を怠ってしまってたんだ。

君はフランス語が話せるから、甘えてたよ。

すまない。」

・・・なんだ、それだけのことか。

まぁ、私もパリで日本語講師をやっていた時そんな感じだったから、人のことは言えないけど。

「わかった。

でも、私だって語学も得意な方ではないから、ずっとフランス語で話すのは疲れる。

できたら、これから日本語の勉強始めてくれない?

私にできることなら、協力するから。」

私の言葉に、彼は救われたような顔をした。

「アリガトウ、レイコ!!」

・・・彼はやっと日本語で私に礼を述べた。


ここのカフェは軽食もあったので、「そのままディナーもここで食べよう。」と私は提案した。

アンドレも異論はないようで、スタッフにオーダーし始めた。

お台場といえば、他にもっといいレストランはあるが、金欠疑惑のあるアンドレにあまり負担をかけたくなかった。

さっき、アンドレに「なぜ日本語で話さないのか?」というのは聞けたが、さすがに「今金欠なの?」とは聞けない。

私たちは付き合っているわけではないし、プライドの高そうな彼をこれ以上卑屈にさせるようなことを言うのは憚られたからである。

私たちは軽く夕食を食べながら、さっき見た映画の話や、お互いの仕事の話などをした。

アンドレが日本語への苦手意識を正直にカミングアウトしたことで、私たちの距離は少し縮まったような気がした。

楽しそうに話す彼の姿を見て、私は思った。

確かに、彼にはたどたどしい日本語より、イキイキとフランス語を話す方が似合っている。

・・・だからと言って、私ばっかり我慢するのは別問題なんだけどね。

La grande roue

アクアシティお台場を出ると、外は真っ暗だった。

大きな観覧車が目に入ったので、私はデートの定番だと思って「あれに乗ろう。」と言った。

アンドレも「Très bien.」(いいね。)と乗り気だった。

二人がディナーデートを始めて今日で5日目・・・。

観覧車の中で何か進展があるのか・・・私は少しドキドキした。


お台場パレットタウンの観覧車は全部で全64台あって、そのうち4台はシースルーゴンドラ、残り60台はカラーゴンドラらしい。

私もアンドレもどちらでも良かったので、早く乗れそうなカラーゴンドラの列に並んだ。

水曜日だからか並ぶことなく、すぐに観覧車に乗ることができた。

その時もアンドレはレディーファーストで、私に先に乗り込むよう促した。


私が先に座ると、アンドレは迷うことなく、隣に座ってきた。

・・・こ、これは、初めからイチャイチャする気マンマンでは!?

平静を装いながらも、私の心臓はバクバク鳴りまくっていた。

いやいや、玲子・・・。

もう30歳だし、今まで色んな男性と観覧車でキスしたことあるし、それくらいどうってことないではないか。

どうってことないはずなんだけど・・・”グッド・ルッキング・ガイ”相手だと、なんか緊張度合いが違う。

そういえば、彼とは食事ばかりで、密室で二人っきりになるのはこれが初めてだ。

「私、最後に観覧車に乗ったの、去年の夏パリの移動遊園地で絵梨花ちゃんと乗って以来なんだよね。」

沈黙が恥ずかしくて、とりあえず無難な話題を出してみた。

「ふ~ん、エリカは、僕たちが出会った結婚式の新婦だね。」

アンドレは返事をしながら、慣れた感じで私の腰に手を回した。

き、来た~!!!!!

「そうそう。」

私は動じないふりをしながら、アンドレの方を見て返事をした。

目の前には、彫像のような美しいアンドレの顔が迫っている。

陶器のような白い肌に照明が当たり、彼の長い睫毛が影を落としている。

あぁ・・・なんて美しいんだ。

アンドレを見つめていると、その視線に気付いた彼と目が合った。

ダメだ・・・これだと見とれているのがバレバレじゃん!!

私も叶恭子ばりの、”グッド・ルッキング・ガイ”を侍らせても動じない、鋼の精神を身に付けなければ・・・。

しかし、一朝一夕で叶恭子のマインドになれるはずがない。

うろたえまくっている私は、完全にアンドレのペースに巻き込まれていた。

「レイコ、カワイイネ。」

なぜか口説き文句だけは日本語のアンドレは微笑み、私をアゴをクイッと引き寄せキスをした。

うわ・・・”グッド・ルッキング・ガイ”にアゴクイされちゃったよ!!

アンドレとのキスはとても甘美で、私の脳内に大輪のバラが咲かせた・・・。

一人前のキスの相手、上野さんとのそれは肉感的でエロかったが、アンドレのキスは気持ちいいけどあくまで上品なものだと感じた。

観覧車はまだ3分の1ぐらいしか動いていない。

一度始めたキスを、私たちが止められるはずはなかった。

・・・結局私たちはお台場の夜景をほとんど見ることなく、残り3分の2もキスを堪能するのに使ってしまったのである。

Je t'aime beaucoup

観覧車を降りた私たちは、手を繋いですっかり恋人モードになっていた。

私はフランス時代、彼氏ができた時のことを思い出した。

え~と、確かフランス人は「付き合おう」とか言わなくて、唇にキスしたら恋人としてのスタートって感じだったよなぁ。

じゃあ私たちも、これで恋人になったってことでいいのかしら?

アンドレは、私に「Je t'aime beaucoup.」と言った。

私は、友達に教えてもらった、「愛してるよ」の度合いを示すフレーズを順番に思い出してみた。

「愛してる」Je t'aime, >>> Je t'aime beaucoup. > Je t'aime bien. >Je t'adore「軽いノリで言う大好き」

ええっ・・・フランス語、よくわからん!!

まぁ、深い仲にならないと「Je t'aime」って言わないって聞いたし、初めに「Je t'aime beaucoup.」って言われるだけマシなのか。

私は、とりあえず無難に「Moi,aussi.」(私も)答えておいた。

「Moi,aussi.」はとても便利な言葉だ。

アンドレはニコッと笑って、満足気に頷いた。


私は彼の笑顔に見とれながらも、明日のことを考えた。

・・・アンドレは明日もディナーに誘うつもりなのか?

さすがにまたマックはイヤだなぁ。

代わりに、私んちに呼んでご飯を作ってあげるか。

いや、さすがにそれは早いか・・・。

そんなことを考えていると、アンドレは私に言った。

「本当は明日もレイコとディナーに行きたいんだけど、用事があって無理なんだ。

明後日の19:30に、新宿のいつもの改札前で待ち合わせしよう。」

・・・あ、そう。

私も今まで会いすぎだと思っていたし、一日ぐらい間が空いても別に気にならなかった。

「わかった。

でも、もうマクドナルドは行きたくないから、別の所に行きましょう。

私は自分の分は払うし。」

それについて、彼は「D'accord.」(わかった。)とだけ言った。


帰りはJRのりんかい線に一緒に乗った。

聞けば、彼は池袋で降りるという。

私が新宿で降りようとすると、彼は私の頬にキスをし、「Bonne nuit.」(おやすみ)と言った。

結構周りに乗客がいたので、私は恥ずかしい気持ちを抑えて電車を降りた。

アンドレとキスをした高揚感に浮かれたまま、私はそのまま自宅に帰った。

Chez moi

「なんか、トントン拍子に進んでるけど、これで大丈夫なのかしら!?」

その夜、ベッドで寝る前にアンドレのことを色々考えた。

5日連続で会ったのに、な~んか謎が多いんだよなぁ。

捉えどころがない彼を、心から信頼できていないのも事実だ。

そもそもキスまで進展してしまったのも、彼の容姿と雰囲気に呑まれただけではないか?

でも、悪い人ではなさそうだし、これから少しづつ知っていくしかないか・・・。

そんなことを考えていると、アンドレからメールが届いた。


それは、浮ついた私の心を撃沈させるほどの、ショッキングな内容だった・・・。


ーフランス恋物語125に続くー

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