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天使への手紙(フランス恋物語㉗)

ジュンク堂書店パリ支店

パリに来た時点でラファエルとの遠距離恋愛に消極的な私だったが、4月下旬にトゥールに帰省し一緒に過ごしたことで「別れよう」という思いは決定的になった。

パリに戻った私は、彼に送る別れの手紙の内容について色々考え始めていた。


実は、その手紙と一緒に、最後の厚意としてラファエルに贈りたいと思っていた物があった。

・・・それは、私たちが1月にトゥールのエシャンジュの会で知り合った時に遡る。
※エシャンジュ(Échange)の会・・・多国籍の人が集まって、お互いの言語を教え合う会

彼が私に見せてくれた日本語学習のテキストは日本人の監修が入っておらず、はねやはらいのない書体で書き取りに適していなかったり、漢字が誤っていたりと、ネイティブ的には違和感を覚える内容だった。

それがずっとひっかかっていた私は、3月にラファエルと付き合うようになってから、機会があれば彼に日本の子ども用の漢字ドリルをプレゼントしたいと思っていたのだ。


私はオペラ地区にあるジュンク堂書店パリ支店に行き、彼のために小学校低学年用の漢字ドリルを選び購入した。

普通に考えると、これから別れようという女から手紙と一緒に本を送り付けてられても迷惑な話かもしれない。

それでも・・・彼にはちゃんとした日本語を学んでほしくて、私は最後のお節介をすることにした。

そんなことを考えていると、私から日本語を習っていた時の天使の熱心な表情が、久しぶりに思い出された。

最初で最後の手紙

手紙を書くにあたって、別れの理由を何にしようか考えた。

”遠距離”が理由だと説得力がないので、彼の若さを引き合いに出し「私が近い将来結婚したいのにできない」という理由で書くことにした。

卑怯だけど、彼を傷付けずに諦めさせる方法が他に思いつかなかったのだ。


問題のフランス語だが、まず自分で日本語とフランス語の両方を書いてみて、日本に住んでいる仏検一級の咲紀ちゃんにメールを送り添削してもらうことにした。

彼女は、丁寧に書かれた日本語とフランス語の文両方を私に送ってきてくれた。

咲紀ちゃんの書いた文章はとても柔らかくて優しくていい感じだったので、そのまま採用させてもらうことにした。

ラファエルへ
今回は、私たちにとって大切なことを言うために手紙を書きました。
実はパリで暮らし始めて以来、私たちの将来のことをたくさん考えました。
今まで私の考えを話さなかったけれど、近い将来結婚したいと思っています。
きっとこの手紙を読みながら驚いているでしょう。
ラファエルは、私の望みを受け入れるのは難しいと思う。
なぜならあなたはまだ若いし、とりわけ学生だから。
だから、私たちはお互いのために別れた方がいいと思う。
本当にごめんね。そして私と一緒にいてくれてありがとう。
さよならラファエル。ラファエルに出会えて幸せだったよ。
レイコ

彼女が書いてくれたフランス語の文を、間違えないように便箋に書き写す。

それを書いたり読んだりしているうちに、一緒に過ごした色んな場面やその時の気持ちを思い出して涙が溢れた。

そして、この手紙を読んだ時のラファエルの驚きと悲しみを想像すると、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


そんな夜に限って、ラファエルは私に電話をかけてくる。

私は平静を装って、いつも通りに会話をした。

私が別れの手紙を書いていることなど知らずに、普通に話すラファエルのことを考えると、こらえきれなくなって電話を切ってからまた泣いた。


翌日”La poste”に行き、手紙と漢字ドリルの入った封筒の郵便料金を職員に測ってもらい、そのまま出すようお願いした。

これで、数日後には間違いなく彼の手元に届くだろう。

その封筒を手放した瞬間、自分の中に溜め込んでいたモヤモヤがすぅっと消えてゆくのを感じた。

やっぱり、別れるための行動を起こして良かった。

昨夜泣いたのは、ただのセンチメンタルにすぎない。

天使からの返事

私が手紙を送った5日後、ラファエルからメールで返事が届いた。

「手紙を見て気が動転して電話かけてきたらどうしよう?」と心配していたので、メールで返してくれたことにまず安心した。

彼からのメールは、こんな内容だった。

レイコへ。
ボンジュール。
昨日、君からの手紙を受け取ったよ。
驚いたけど、君の言う通りだと思う。
僕たちの望みは同じじゃない。
年齢差があるから、二人の未来を想像するのは難しいよね。
僕の中には、君と過ごしたたくさんの楽しい思い出が残っています。
できれば、今まで通り君と連絡が取れたらいいなと思っている。
それから、日本の漢字ドリルありがとう。
きっと、これからの日本語学習に大いに役立つと思う。
ところで、レイコは新しい仕事はもう始めたの?
キスを込めて。
ラファエル

唐突に別れの手紙を送りつけた私に、ラファエルは怒りもせずいつもの優しい口調で返事をくれた。

何も知らないラファエルにとって、私は優しいお姉さんのイメージのままなのかもしれない。

もうトゥールに行くことはないし、彼がパリに来ない限り会うこともないだろう。



あれから何度か形式的なメールのやりとりはあったが、それもすぐに途絶えた。

・・・こうして、初めてのフランス人の彼氏”天使のような男の子”ラファエルとの恋は終わったのだった。

Joseph

ラファエルへの手紙を書くための便箋を買った書店・・・そこで私は書店員・ジョゼフと出会った

「まだラファエルと別れていないのにいいのか?」という迷いもあったが、ブラッドピット似の彼の陽気さと、新しい出会いへの好奇心とで、連絡先を交換してしまったのだ。

それ以来私たちは何度かメールのやりとりをしていたが、自分の中のケジメとして、「ジョゼフと会うのはラファエルとの別れが成立してから」と決めていた。


ラファエルから別れの承諾をもらった翌日、ジョゼフからのメールで携帯が鳴り響いた。

「やぁ、元気?今週末の土曜ディナーに行かない?」

確か、土曜の夜は空いているはずだ。

私は携帯を見つめ、ジョゼフとのディナーはどこに行こうかと考え始めていた。


ジョゼフとのデートで、私はまたフランス人男性の新たな一面を知ることになるのである。

ーフランス恋物語㉘に続くー

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