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アンドレの熱烈ラブコール(フランス恋物語123)

La réponse

2月20日、土曜日

「店長、私、正社員やってみようと思います。」

ここは不動産屋の休憩室。

朝礼の後、今度は私が店長を呼び出し、この間の返事をした。

正社員の打診があってから2日後、迷わないうちに受諾の返事をしたかったのだ。

・・・悩む私に、上野さんは「せっかくありがたい話を受けたんだから、チャンスだと思ってやってみなよ。」と言って、背中を押してくれた。

たった5日間しかいなかったのに、私はかなり彼の影響を受けたようだ。

つい楽な方に逃げがちな私を厳しく律してくれて、あの人と一緒にいて良かったと思う。

「橘さん、正社員やる気になってくれてありがとう。

僕は嬉しいよ。

社員になったら宅建の資格取るように言われるから、時間あったら少しずつ勉強初めてね。

じゃ、早速本部に連絡しておくので、また、詳細が出たら連絡します。」

私の返事を聞いて、店長は上機嫌のようだった。

類先輩の未練

その日の午後、アパートのオーナー宅に類と二人で訪問するという用事があった。

おととい「新しい彼氏ができたから」とはっきり復縁を拒んだことで、私はもうすっきりした気持ちでいる。

類の方はどうなのかわからないが・・・。

私は、車を運転する類の横顔を盗み見た。

前は見とれていた顔なのに、今はただ「美しい」と思うだけで、それ以上の感情は沸いてこない。

超絶イケメンもさすがに見慣れてきたということなのか、自分の心境の変化なのか・・・。

相変わらず彼の香水の匂いは大好きだったけど。

今日の類は復縁について言ってこなかったが、違う話題を振ってきた。

「店長に聞いたよ。

4月から正社員になるんだね。

おめでとう。」

店長、周りに言うのが早いな・・・。

「ありがとうございます。

もう、店長に聞いたんですか?」

「そうだよ。

玲子ちゃんが正社員になるのが嬉しかったみたいで、社員のみんなに言ってたよ。」

店長・・・私の心変わり防止作戦か!?

「そうなんだ。

店長も口が軽いな。」

類は、私に微笑みながら言った。

「毎年この年の派遣さんを見てきたけど、誰もが正社員になれるわけじゃないからね。

それだけ玲子ちゃんが優秀ってことなんだから、喜ばなきゃ。」

「うん・・・。」

そして彼は、親切に教えてくれた。

「玲子ちゃんは、4月から他の店舗に配属されると思う。

今の明大前のうちから通える範囲っていうのは考慮してもらえるだろうけど。

寂しいけど、会えなくなっちゃうね。」

やっぱりそうなんだ。

こうやって類と二人で話せるのも、3月末までか。

嫌いで別れたわけではないので、まだ少し類に対して情はある。

でも・・・もう私たちは会わない方がいいだろう。

類は思い出したように言った。

「あ、そうだ。

社員になったら、宅建取るように言われるよ。

もし、わからないことがあったら俺に聞いて。

何でも教えるから。」

「・・・ありがとうございます。」

それって、単なる親切心なのか、それとも今後も私と会おうとする口実なのか・・・!?

先のことはわからないので、それ以上は何も言わないことにした。

André

その夜は、アンドレと初めてのディナーだ。

彼とは前の日曜に絵梨花の結婚式で出会い、連絡先交換をしていた

約束の時間、新宿のフレンチレストランの前に彼はいた。

コートに身を包んだアンドレが、モデルのように完璧な姿で立っている。

はぁ・・・なんて美しいんだろう?

「Bonsoir,Reiko!!」

彼は私を見付けると、フランス式にビズをした。

間近でその顔を眺めて、やっぱり彼は”グッド・ルッキング・ガイ”だなぁ、と私は惚れ惚れした。

Le dîner

店内は、前回アンドレと出会った結婚式場のような豪華な造りだった。

コーディネイトは白で統一され、各テーブルに置かれた可憐な花が印象的だ。

「Allons-y.」(行こう。)

入口で突っ立っていると、アンドレが私を席に促した。

フランス人らしく、レディーファーストに私を先に歩かせる。


着席すると、彼は訪ねた。

「Peux-tu boire de l'alcool?」(アルコールは飲める?)

「Oui.」と答えると、彼はワインリストを見ながらボトルをオーダーしていた。

そして「もうコースは頼んであるからね」と私に告げた。

スタッフが去り二人きりになると、彼は私を見つめながら言った。

「Je suis heureux de te voir.」(君に会えて嬉しいよ)

グッド・ルッキング・ガイな彼にそう言われると、高揚感がハンパない・・・。

「Moi,aussi.」(私も)と答えた。


美味しい料理と、オシャレな雰囲気のインテリア、向かいには美しい男・・・。

最高のシチュエーションだったが、一つ大変なことがあった。

彼は絵梨花ちゃんの夫・パスカルと高校の同級生だったようで、今彼は学生時代の思い出話を楽しそうに語っている。

ここは日本だというのに、アンドレは当たり前のようにフランス語で二人の会話を通そうとする。

帰国後の私は、週1のフィリップとのエシャンジュ(※2月11日を最後に終わったが)以外、フランス語に触れていない。

食事しながらだと、キツいな・・・。

彼の言っているフランス語がわからない時は、質問すればいくらでも説明はしてくれる(※フランス語で)。

アンドレは有名な語学スクールのフランス語講師なので、教え方は確かに上手い。

きっと、彼の勤めるスクールは「日本語禁止」のスパルタ式の方針なんだろう。

まぁ、ただでグッド・ルッキング・ガイにフランス語の特訓を受けたと思えばいいか・・・。

私は料理を味わう余裕もなく、なんとかそのスパルタ教師の会話に付いて行こうとするのだった・・・。

La demande

デザートを食べ終えた頃。

コーヒーを飲みながら、アンドレはなぜ私に声をかけたか、その理由を話した。

「玲子、君の着物姿は本当に美しかった。

フランス語のスピーチもすごく良かったよ。

素敵な女性だから、また会いたいと思ったんだ。」

・・・あれはフィリップの特訓の賜物だったな。

フランス語講師にスピーチを褒められたのは、すごく嬉しかった。

「Merci beaucoup.」(ありがとう。)

彼は、「毎日私に会いたい」と言った。

「明日以降はこんな豪華なレストランは無理だけど、できれば明日も明後日も、新宿のどこかで君とディナーに行きたい。

どうかな?」

・・・スパルタ式フランス語会話はちょっと大変だけど、自分の語学力向上になるし、何よりグッド・ルッキング・ガイを眺められるのは目の保養だ。

類と別れ上野さんも去った今、新たな彼氏候補の存在は貴重でもある。

「Avec plaisir.」(喜んで。)

私は少し悩みながらも、彼のリクエストに応じることにした。

そして、念のために奥さんや彼女がいないか聞いておいた。

彼は「いるわけないじゃないか。」と、笑顔で否定していた。

まぁ、ここはアンドレを信じるしかない。


新宿駅の改札前で別れる時、彼は「明日は19:30にここで待ち合わせよう。店は予約せず、その時の気分で決めよう。」と提案した。

明日は日曜日だし、特に予約しなくても大丈夫そうだと思った私は「いいよ。」と言った。

彼はビズをすると、「Bonne nuit.」(おやすみ)と言って帰っていった。

「アンドレとずっといると、まるでフランスに戻ったような気分になるな・・・。」

掴みどころのない男だけど、毎日会えばそれなりにわかってくるだろう・・・とプラス思考に考えることにした。


こうして、この日から私たちは毎日会うことになるのだが、あまり日本語を話してくれない彼は、やはり謎が多いままだったのである・・・。


ーフランス恋物語124に続くー

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