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類先輩とのすれ違い(フランス恋物語105)

及川類先輩

12月23日の夜、私は彼氏の智哉くんに連絡なしのドタキャンをされ悩んでいた。

こちらから電話をすると携帯の電源を切られてしまい、怪しさこの上ない。

翌日の12月24日は恋人らしくイヴお泊まりデートの約束をしていたが、イヤな予感がした私は、「もしかしたら、今夜も会ってくれないかもしれない。」と、不安な気持ちに押しつぶされそうになった。

そんな私を慰めてくれたのは、不動産屋の先輩で、イケメン・チャラ男な及川さんだ。

そして、「明日25日休み取ってるなら、26日以降どうだったかまた教えて。」と言われていた。

私たちは、お互いのプライベートの電話番号を知らない。

必要以上に親密になるのを恐れて私は教えなかったし、彼も遠慮して聞いてこなかったからだ。


結果的に、24日、私は智哉くんにフラれた

でも25日、イタリア旅行で知り合った北原さんと再会しクリスマスデートをして、私の傷心はいっきに吹っ飛んだ。

・・・後者の話も、及川さんに話すべきだろうか?

今まで私は、チャラ男な先輩である彼には、なるべく関わらないようにしてきた。

正直、今だってあまり自分のプライベートを伝えたくない。

イヴの日は特別弱っていたから、たまたま甘えてしまっただけだ。

これ以上及川さんに弱みを握られたくない私は、「智哉くんと別れたことだけ言って、北原さんのことは黙っていよう」と決めた。

視線

12月26日、土曜日。

「おはよう、橘さん。」

不意に出勤してきた及川さんに挨拶され、私はビクッとなった。

彼は二人きりだと「玲子ちゃん」と馴れ馴れしく接してくるが、みんなの前では普通の態度を取ってくる。

それは前からのことなのに、今日に限ってなぜか私は驚いてしまった。


基本的に、この職場で私がどう動くかは店長の采配に任されている。

一人でお客様の物件案内を指示されることもあるし、先輩営業マンの同行を頼まれることもある。

24日はたまたま及川さんと車で同行したので、あんな親密な相談をすることができた。

でも、今日は二人で仕事をすることはなさそうだ。

ランチタイムの休憩室は常に誰かがいる状態で、そこで二人っきりになることもなかなかない・・・。


そんな中、私たちは24日の結果の話をしたくて、お互いを意識し合っているのを感じた。

「なんとか二人っきりになれる機会はないか」と何度か目が合い、水嶋ヒロ似の美しい顔に見つめられるとドキドキしてしまった。

ヤバイ、真剣な顔の及川さん、カッコいいかも!?

・・・いやいや、これだとまるで、周りに内緒で惹かれ合ってる二人みたいじゃん!!

私は必死になって、「さっきのは勘違いだ」と頭の中で否定した。


結局、この日、及川さんと二人きりで話す機会はなかった。

「明日は仕事納めで忘年会もあるし、その時に話せるかもしれない。」

私は、「明日話せればいいや」と思うことにし、その日は諦めて帰ったのだった。

すれ違い

12月27日、日曜日。

仕事納めの今日、来客が少なく仕事はすごく暇だった。

みんなで店舗にいる状態なので、及川さんと話す機会は皆無だ。

この日も及川さんの視線を感じて、私は彼を見られなくなっていた。


「あれ、なんか熱っぽいかも・・・。」

ここ数日ジェットコースターのような日々を過ごして疲れが溜まっていたのか、今日が仕事納めで気が緩んだのか、夕方頃、私は体の怠さを感じた。

店長に相談すると、すごく心配された。

「橘さん、大丈夫?

どうせ今日は暇だし、もう早退していいよ。

忘年会も出なくていいから。」

店長の言葉は、とてもありがたかった。

「ご迷惑をおかけしてすみません。

いいですか?」

彼は優しい笑顔で言った。

「橘さんが来られないのは残念だけどね。

元気な姿で、また来年会いましょう。

良いお年を・・・それからお大事にね。」

こうして私は、早退することになった。

「すみませんが、お先に失礼します。

今年はお世話になりました。

来年もよろしくお願いします。」

店を出る時、社員全員に向かって一礼すると、私を心配そうに見つめる及川さんと目が合った。

そしてこの時、私は確信した。

やっぱり私、真面目な表情の及川さんの顔が好きだ・・・。


帰り道、我ながら面食いな自分に腹が立った。

気のせいかもしれないけど、相談をしたイヴの日以来、及川さんはチャラ男モードより真面目モードの割合が増えた。

チャラ男だからこそ、私は彼のことを警戒して嫌いでいることができたのに。

これだと調子が狂うじゃないか・・・。


その夜から3日3晩、私は病に伏せていた。

高熱で外出もできないので病院にも行けず、市販の薬を飲み、とにかく寝まくった。

その間、北原さんとの箱根旅行をどうするかなんて、考える余裕は全くなかった。

La résurrection

12月30日の朝10時。

目覚めると、やっと熱が下がって自分の体が快復したことを感じた。

「えっと・・・今日何日だっけ?」

携帯のディスプレイを見ると、今日が北原さんに返事をするタイムリミットなことに気付いて焦った。

「どうしよう!?箱根旅行の返事、今日中に返さないと。」

・・・もう、一人で悩んでいる場合じゃない。

「こんな時は友達に相談しよう」と、先日フランスから帰国したばかりの美月ちゃんに電話することにした。

Girls talk

彼女はすぐに電話に出てくれた。

「もしもし~、玲子ちゃん。久しぶり!!」

電話口の彼女は相変わらず元気そうだ。

「ごめんね、急に。

ちょっと相談なんだけど、今、電話大丈夫?」

「大丈夫だよ~。今、実家の自分の部屋でゴロゴロしてる。」

私は、北原さんとの再会や、年越しデートのお誘いについてどう答えるか悩んでいることを手短に話した。

「北原さん・・・懐かしい名前だね。

確か玲子ちゃん、『一緒にいて居心地がいいし、北原さんだったら、パリ⇔ミラノ間なら付き合っても良かったのに。』って言ってたの、覚えてるよ

でも、あの時は、マルタ留学や帰国が迫っていたから諦めたんだよね。」

私は美月ちゃんの記憶力の高さに感心した。

「そうそう、よく覚えてるね。」

彼女は少し間を置いてから言った。

「そうだねぇ。

確かに、東京⇔ミラノ間の遠距離恋愛は遠いから考えちゃうよね。

でも、玲子ちゃんが『結婚前提でミラノに住んでもいい』って思えるなら、お試しで付き合ってみるのもアリなんじゃないの?」

そっか・・・。

”とりあえず付き合ってみる”派の美月ちゃんらしい意見だなと思った。

「でも、3ケ月も会えないんだよ?

その間に、身近に好きな人ができたらどうしよう?」

そう言いながら、及川さんの顔を思い浮かべてしまう自分がいる・・・。

すると美月ちゃんから、いかにも肉食系女子らしいアドバイスが出た。

「その時はその時だよ。

北原さんにバレずにイイトコ取りするのもありだし、両方と付き合って、身近な人の方が良ければ、北原さんと別れてその人を本命にするもアリなんじゃない?」

初めからそのつもりでいるのは良心が咎めるが、結果的にそういうことになってしまったことは、今までにいくらでもあったような・・・。

「なるほどね。」

美月ちゃんは羨ましそうに言った。

「オトナでスマートな北原さんと、箱根の温泉宿でおこもりステイなんて超いいじゃん!!

年末年始なんて高いから、自分たちでは絶対手が出ないよ。

せっかくだから楽しんできなよ。

そこで”体の相性”もしっかり試してきてさ。

万が一それが残念だったら、諦めも付くじゃない?」

・・・さすが肉食系女子、核心的なことをズバズバ突いてくる。

その言葉を聞いて、「これはもう行くしかないな」という気持ちになった。

「わかったよ、美月ちゃん。

じゃあ私、北原さんに『行く。』って返事する。

元々約束してた1月5日は報告会になるから、いい結果でも悪い結果でも、しっかり話聞いてね。

後で、美月ちゃんが話聞いてくれると思ったら、私も心強いから。」

彼女は頼もしい声で言った。

「もちろんだよ。任せて!!

その時には、私のマルクの愚痴も聞いてね。」

・・・あ、そうだ。

「ごめんごめん。

私、自分の話ばかりしてて、美月ちゃんの話聞くの忘れてた。」

美月ちゃんは明るく言った。

「いいのいいの。もう終わったことだし。

話すと長くなるから、今度ゆっくり聞いて。

とにかく結論出たなら、早く北原さんに返事しなよ。

前日まで待たせて、きっとヤキモキしてるはずだよ。」

・・・あぁ、なんていい子なんだろう。

やっぱり、持つべきものは友達だ。

「美月ちゃん、ありがとう。

じゃ、今から北原さんに連絡するね。

では、また来年。良いお年を。」

そう言って私は電話を切った。

La réponse

早速、北原さんにメールを送った。

連絡遅くなってごめんなさい。
昨日まで風邪をひいて寝てましたが、もう元気です。
箱根旅行、是非私もご一緒したいです。
待ち合わせ時間と場所を教えてください。
北原さんとの年越し、楽しみにしています。

すると、すぐに北原さんから返事が来た。

風邪ひいてたんだね。大丈夫?
一緒に過ごすことを決めてくれてありがとう。
すごく嬉しいよ。
僕の日本滞在が予定より長くいられることになったので、大晦日から1月2日まで箱根に泊まることにしました。
もし玲子もいられそうなら、最後まで一緒に過ごそう。
待ち合わせは、小田急線新宿駅の改札前にAM10時でどうかな?

「北原さんと2泊3日の箱根旅行」・・・それだけで、私の胸はときめいた。

私は、最後まで一緒にいる意思を伝えた。

もう風邪は治ったので大丈夫です。
では、私も1月2日までご一緒します。
北原さんと一日長く一緒に過ごせることになって嬉しいです。
待ち合わせ、それで大丈夫です。
明日10時に小田急の新宿駅改札前で待ってます。

こうして、私の年末年始の予定は決まったのだった。


2ケ月前・・・北原さんとひょんなことからイタリア旅行を共にしたが、その時泊まる部屋は別々だった。

でも、明日からは北原さんと温泉宿の同じ部屋で過ごすのだ。

彼との濃密な時間を思うと、私はドキドキが止まらなかった。


彼と過ごす年末年始は、良くも悪くも、私の心を揺り動かすものとなるのである・・・。


ーフランス恋物語106に続くー

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