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冷めた服選び

自己紹介

30代後半の2児の父です。
ツイッターで服に関するつぶやきをしています。何度かやめようとトライしたツイッターですが、なかなか断ち切ることができず今に至ります。SNS依存怖いですねよね。

中学生の頃に起きたエアマックスブームと、同じ時代に隆盛を誇ったステューシーをきっかけにファッションへ興味を持ち、好きが興じて高校卒業後は服飾の専門学校へ。その後はアパレル業界でパタンナーのアシスタントや生産管理、OEMの営業などで4年ほど働きましたが、適性がなく異業種へ転職。

現在は全く畑違いの業界で働いています。保守的な業種の中小企業勤務で稼ぎも普通、お小遣い制のおっさんです。どうでもいい話ですが、ツイッターは高学歴高年収の人が多すぎませんか?最近は羨ましく思うことすらなくなりました。

若い頃は御多分に漏れず、バイト代や給料のほとんどを洋服に注ぎ込みました。ピークは上の写真の頃の専門学校時代でしたが(これでも所有していた服の半分くらいしか写ってないです)当時は2000年~2002年頃でエディ・スリマンが登場する前。

すでにマルジェラは人気でしたが、私はそういった海外のデザイナーズやハイブランドよりも、ギャルソンやヨウジといったドメスティックのデザイナーズに、裏原宿系のブランドとパタゴニアやアークテリクスといったアウトドアブランドをミックスするファッションを好んでいました。

その後社会人になってからはギャルソンやヨウジを買うことはほとんどなくなり、代わりにvisvimやkolor、nonnativeといったブランドへ傾倒していきました。

何となく自分は生涯独身だろうなと漠然と考え適当に生きていたのですが(自分で言うのもなんですが、本当に落伍者でした)20代後半で今の妻と出会い、付き合って1年後には結婚、それから1年も経たないうちに子どもを授かりました。

その時に、アパレル業界から足を洗っていたこともあり、服に関しては完全に気持ちが切れました。50足ほどあったスニーカーやブーツを3足まで処分、所有していた服もほぼ全部手放しました。その理由は、子育てを念頭に置いた際に馴染む服や靴がほとんどなかったからです。

そこから先は、情熱よりも打算の要素を強めて冷めた感情で服を買いながら今に至ります。

若い頃は自分の着たい服を着たい時に着ており、TPOや社会性の類をほぼ排除して生きていましたが、1人だけの生活ではなくなってからは、排除してきたTPOや社会性を随分と意識するようになりました。ツイッターでは割とウケの良かったスーツやジャケパンに対しての考察も、真面目にロジックを考えたのはここ5年以内です。

私は今でも、大前提として服は好きなものを着れば良いと思いますし、良くも悪くも他人のファッションにほとんど興味がありません。ですが、服への情熱が冷めてからの無難な選び方、服が本当に好きな人からすれば退屈に感じるような選び方が、かえって周りからの評判が良くなりました(服のことをよく分からない人から褒められても…という服好きの人がいることも知っています。自分も昔はそうでした)

多くの男性のにとって、もしかしたら服選びは個性の発露や情熱を傾けるものではなく、周囲から「ちゃんとしてる」「普通の服着てるけどなんかオシャレ」と思われたいものであるのならば、現在の服選びについての考え方を共有することは多少の需要があると思い、それをnoteにまとめようと思った次第です。

あまり特色のない服装ばかりしていますが、強いて言えば「家族が味方になる服装」を目指して実践しています。皆さんの参考になれば幸いです。

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