マガジンのカバー画像

食の歳時記

62
我ながら珍しい「料理エッセイ」。元はラジオ番組のために書いたものです。
運営しているクリエイター

記事一覧

暗記鍋

 仮名垣魯文「安愚楽鍋」…(あぐらなべ)
 坪内逍遥「当世書生気質」…(とうせいしょせいかたぎ)

 はるか昔の学生時代の、詰め込み教育の成果というものは恐ろしい。以来数十年ばかり、まったく見ることも聞くこともなかったこの言葉も、いざ目にしてみると、いちおう漢字の羅列を読むことはできる。
 読むことはできるのだが、丸暗記の悲しさ。いったいどういう内容かと聞かれたら、皆目見当がつかない。

「安愚楽

もっとみる

ご当地

 札幌、博多、尾道、和歌山、喜多方……。
 こんなものではない。まだまだ全国多くの街に「ご当地ラーメン」というものがある。ほとんど、街の数だけラーメンがあるんじゃないかと思うほどだ。

 そんな中で、地元にとっては普通でも、他からはちょっと変わったと思えるかもしれないものは…
 室蘭のカレーラーメン…その名の通り、カレーとラーメンの合体。
 八王子ラーメン…具に刻み玉ねぎがのっているのが特徴。
 

もっとみる

こだわり

 こだわりのラーメン屋さんというのはなぜみんな、頭にバンダナを巻いているのか? ……という点はさて置いて、彼らのこだわりようは並ではない。
 スープは、やれ味噌だ、醤油だ、いや塩だ。鶏がらだ、トンコツだ、いやいや日本人なら煮干だとこだわり、またそれらを絶妙のバランスで配合したりもする。
 麺だって、打ち方にこだわり、かん水にこだわり、さらに細さ太さ、固さ、縮れ具合にもこだわる。そして、その麺とスー

もっとみる

発明と改良

 あの黄門様、つまり水戸光圀が日本で最初に食べたとされる。
 当時はどんな呼び名だったかはわからないけれど、要するにラーメンだ。光圀公は明から亡命してきた儒学者の朱舜水を招いているので、そこから伝わったという。
 こんな歴史的事実を引っ張り出すこともなく、ラーメンというのは当然、中華料理だ。名前からして、そうじゃないか、と。

 確かにそうではあるけれど…、と思ってしまう人も多いのではないか?
 

もっとみる

鯛と諺

「エビで鯛を釣る」
「腐っても鯛」
 ……このへんの諺は、説明がなくても、誰でもわかるだろう。鯛が出てくる諺というのは、これだけではなく、もっとある。ちょっと探してみると……

「鯛なくば狗母魚(えそ)」
 必要とするものがなければ、それより劣っているもので我慢するほかないという意味。…しかし、ご存知の方もいるかもしれないが、エソというのは蒲鉾の原料としては、高級な魚なのだ。それで我慢しろというの

もっとみる

残り物

 鯛の旬は、冬から春にかけて。とくに、早春の桜の咲く季節には「桜鯛」とか「花見鯛」と呼ばれて、その名も美しく、極上の味になる。
 俗に「鯛は目の下一尺」という言葉がある。全長が四~五十センチの、重さ二キロぐらいの鯛のこと。これが、最高の味だという。

 さて、そんな鯛を手に入れたら、どうやって食べるか?
 まずは、刺身。美しく、弾力のある身は、淡白な味で、いくら食べても飽きない。
 もちろん、塩焼

もっとみる

王様の理由

 魚にはいろいろ種類がある。人によって、好みもいろいろ。
 ではあるけれど、その味、姿、格から言って、魚の王様はなにかと問われれば、あなたはなんと答えるだろうか?
 そう。なんといっても「鯛」だろう。

 日本人は、古来よりこの魚を好んで食べていたようで、縄文時代の貝塚から鯛の骨が出てくる。
 下って、神話には、赤い魚だから「赤女(あかめ)」という名前で出てくる。
 さらに平安時代には、「平魚(た

もっとみる

照れくさい理由

 二つの派閥があるようだ。……「派閥」とは、なんだか、大袈裟な言い方になってしまったが。

 鶏肉、玉ねぎ。それにマッシュルーム、コーン、グリーンピースなどを一緒に炒め、ごはんと共にケチャップで味付けしたもの。店によっては、炒める前に具のほうだけをトマトソースで煮込んでおく、いうこだわりを持っていたりもする。
「チキンライス」――カタカナの気取った名前がついているが、もちろんこれだって、日本で生ま

もっとみる

レツとライス

 子どもの頃「オムレツ」と「オムライス」の区別がよくつかなかった。英語がわからないのだから、しかたがない。毎回、頭の中で(どっちだっけ?)と迷いながら、「ご飯が入ってるほう!」なんて、頼んだりした。
 だから…なんだろうか。なんとなく、あれは外国から来た料理…だと思っていた。けれど、よく考えてみれば「オムライス」は「ライス」なんだから、これは日本でできたメニューなわけだ。

 オムライスの発祥には

もっとみる

一瞬の躊躇

 いまは亡き映画監督・伊丹十三。彼は、父親が高名な脚本家であり映画監督・伊丹万作だけあって、映画のツボというものを心得ている。

 彼の映画「タンポポ」で、有名になったオムライスの作り方がある。皿に盛ったチキンライスの上に、中がまだ半熟のプレーンオムレツをのせ、食卓の上でオムレツに切れ目を入れる。すると、とろけた卵が裏返しになって、まるで風呂敷でチキンライスを包むように広がり、目の前でライス全体を

もっとみる

隣りか?上か?

「天ぷら」と「天丼」。
 同じものが、ご飯の隣りにあるか上に乗っているかの違いだが、これがずいぶんイメージが違う。

「天ぷら」は……、すこしばかり気取った感じ。ちゃんとした食事。食べるのは、やはり夜だろうか。デートや商談にも使える。「これは塩でお召し上がりください」、なんて食べ方を指導されることもある。
 それに引き換え「天丼」は……、ぐっと庶民派。お昼に食べるのに最適。あんまりマナーを気にしな

もっとみる

増殖するファミリー

 少子化の世の中。いまや、子どもが三人もいれば、
「おや。賑やかでいいですね」
 と、多い方だろう。
 我々の親の世代はというと、七~八人が当たり前。ずいぶんと兄弟・姉妹が多かった。ところが、それ以上にファミリーが多いのが、「丼もの」。そう、食べ物の丼ものだ。

 まず最初、江戸時代に生まれたのが「鰻丼」。これが、丼ファミリーの長男にあたるわけだ。
 江戸末期に生まれたのが、「深川丼」。まあ、そう

もっとみる

役に立つこと

 数人のチームで、なにかをすることがある。仕事の場合もあれば、スポーツ競技の場合も。我々が、よく経験することだ。
 チームには、それぞれ得意な技を持った人間が集められる。仕事ならば、計算の早いやつと、交渉上手なやつと、力自慢と、接客のうまいやつと……というような具合。
 スポーツならば、足の速いやつと、ジャンプ力のあるやつと、頑丈なやつと、先読みのできるやつと……という具合。

 ところがそんな中

もっとみる

王様のシチュー

 ビーフシチュー
 タンシチュー
 クリームシチュー
 シチューの仲間もいろいろある。ロシア料理のボルシチなんてのも、そうだろう。

 英語の「シチュー」という言葉は、すでに千三百年前から使われているようだ。では、その頃は、どんなシチューを食べていたのか? 実は、英国王室のメニューが残っている。歴代の王たちが、好んで食べたシチューは?

 まず、十一世紀のウイリアムⅡ世。彼の食卓にあがっていたのは

もっとみる