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塗り絵

娘と塗り絵をする時間が好きだ。
今大人の塗り絵(コロリアージュ)が流行っているので、書店に行けばたくさん大人向けの塗り絵が売っている。
それらも購入して何冊か塗っているが、プリキュアやすみっコぐらしなど、子ども向けのセイカの塗り絵も大好きだ。

塗り絵をしていると、小三〜五年生の時の担任をいつも思い出す。
短い髪にソバージュをかけ、外見だけでなく性格も不思議な人だった。
喜怒哀楽が激しくトリッキーなことを突然する先生だったので生徒や親達からの評判は良いとは言えなかったが、私は嫌いではなかった。
絵も文章も、初めて誉めてくれた、認めてくれたのは紛れもなくこの先生だ。
おかげで、絵も描くことも文章を書くことも未だに好きなことの一つである。

小四の写生大会の時、私は公園にある公衆電話のボックスを描いた。
他の生徒たちは遊具や池を描いていたのに、電話ボックスを描く私も変わり者だったと思う。
しかし先生はその着眼点を誉めてくれた。
ひとしきり誉めてくれた後「ただね…」と言い、電話ボックスを囲む木々の幹の部分に、赤や黄色の絵の具を足していった。
そしてこう言った。

「すべての物にはね、単色の物なんかないのよ。光や影があって濃淡がある。色むらがある。ただ茶色一色の幹なんてないのよ」

これは30年以上経った今でも折に触れて何度も思い出す言葉だ。
全ての物、そして全ての物事には単色のものなんかない。
何かを見る時、色々な側面から捉えようとする癖はこの言葉から得たもののように思う。

先生に直されたその作品は、市内の写生コンクールの優秀賞に選ばれた。
「絵の具のグラデーションの色の使い方が面白い」と審査員のコメントが添えられていた。


そんなことを思い出しながら、今日もプリキュアの塗り絵を全力で、重ね塗りやグラデーションをつけて塗っている。

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