ベストショット
飛び込み選手のベストショットがわからない。
スポーツニュース等で水泳の飛び込み選手が紹介される際、飛び込み中の、あのぐるんぐるんに回転しているときの写真が使われることが多い。
ぐるんぐるんの最中なので、当然顔は遠心力で凄まじい形相になっている。
多分だけど、そこじゃないと思う。
着水までの一連の所作の美しさを競う競技なので、絶賛所作中の写真としては間違っていないのだろうが、いくらなんでもな表情が切り取られてしまっている写真をよく目にする。
女子選手とか特に、やめてあげて…と思ってしまう。
もっとこう、飛び込み台を蹴る瞬間や、それこそ着水の瞬間とか、なんなら飛び込む前の、飛び込み台に向かう姿とか、かっこいい場面って絶対もっとたくさんあるのではと、素人ながら思わずにはいられないのだ。
ベストショット。
私はいつも、自分自身のベストショットを探している。
誰かに写真を撮られたり、旅行先等でスマホの自撮りをするときなど、できる限り自分なりのベストショットを目指すようにしている。
それはSNSに上げる為でも、部屋でひとり自撮りを眺めてニヤニヤしたい為でもない。
人生におけるベストショット。
「遺影」の為である。
私は、写真映りが絶望的に悪い。
マジでもうほんと、ホントなんで???と思うほど悪い。
いざ写真を撮られるとなると、表情がどうしても「写真を撮られてます顔」になってしまい、なんとも締まりのない、不自然でひきつった顔面で固まってしまうのだ。
飛び込み選手であれば、それこそ飛び込み最中の顔に当たる、一番残しておきたくない瞬間に等しいかもしれない。
そこで私が心配しているのが、遺影である。
もしも私が明日急に死んでしまった場合、おそらく直近の写真が遺影候補として名乗りを上げることになるだろう。自分行けますと。
しかしその写真が、私の中でのいわゆる「飛び込みフェイス」であった場合、それが生前の「私」として、遺影という取り換えのきかない像に固定されてしまうということなのだ。あんなにもイケてない顔面が。
恐ろしい。こんなに恐ろしいことはない。
どうせなら、どうせならよ。
可能な限り自分のベストショットを遺影にしてもらいたい。
仏壇にずっと飾られるならば、少しでもイケてるフェイスで優しく微笑んでいたい。
ただ、どの写真を遺影にするかを事前に指定するのはなんとなく野暮な気がするので、そこについては「遺族が選んだ私のベストショット」であってほしい、というわがままもある。
自分が残した数あるベストショットの中から、最終的に遺影としてどれがチョイスされたのかをあの世から眺めては、「なるほどそれね~~~~!」とかやりたい。「そっちか~~~~!」とか一通りはしゃぎたい。
その為にも、少しでもイケてる顔面を、調子がいいときの姿を現世に残しておきたいと思っている。
そこでふと、なにも写真にこだわる必要はないのでは?と思った。
動画。
写真ではなく、動画の遺影って、どうだろう。
たとえば1分ほどの動画であれば、いくら写真映りの悪い自分でも、1~2秒ほどは「今!!!!」と言えるベストショットの瞬間が生まれるのではないだろうか。
先日花火大会を観に行った。
写真を撮ってみたのだが、タイミングや角度、光の具合などで全然きれいに撮ることができなかった。
しかし動画で撮ってみたところ、夜空に昇っていく一筋の火種、わずかな静寂のあとで豪快に咲く鮮やかな爆発、そしてその火の粉が消え落ちていく様、この一連の輝きを、びっくりするほど綺麗におさめることができた。
これ。これですわ。
写真がだめなら、動画でまるっと撮ってしまえばいいのだ。なんという単純明快な解決方法。
しかもこの方法なら音声だって記録できる。
この遺影.mp4ファイルさえあれば、私のベストショット問題もこれにて一件落着。
と思ったのだが、ひとつ大きな問題があることに気がついてしまった。
遺影.mp4は動画ファイルなので、再生には当然バッテリーが必要となる。
基本はリピート再生だが、世はまさに節電の時代である。おそらく平常時は再生停止の状態で仏壇に置かれることになるだろう。
お線香をあげて、りんをチーンと鳴らし、遺影の再生ボタンをオンの流れである。
遺影のサムネイルが必要になる。
遺影の再生回数を上げるためには、兎にも角にもサムネイルのインパクトが必要不可欠。
遺族の貴重な時間をいただくのだ。「この遺影再生したいぞ」と遺族に思わせられなければ、お線香もチーンもナームーも何もなしである。
そしてサムネイルは静止画だ。
そこに表示させる私の顔。
そう。
ベストショットの出番である。
遺影を動画にしたとて、最終的にはやはりベストショット、写真が必要になってくるのだ。
私は今日もベストショットを探している。
それは、飛び込み台を蹴る瞬間。
それは、水泳帽を脱ぎ取る瞬間。
それは、夜空で火花が炸裂する瞬間。
それは、残った煙が空を焦がす瞬間。
まだ見ぬベストショットを追い求めて、私はこれからもシャッターを切り続ける。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?