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釣れた女の子とこのリバー


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夏の残暑が想像以上に長引いて暖かい日が続いていたのに、数週間たつともうコートを着ていた。

何だが秋が短くて急に冬に放り込まれたので忙しなく流されるままになっているようで嫌な感じがする。

「流されてるなあ」

川を見ながら高校生の高橋みなみ(たかはしみなみ)は溜め息をついた。

昨日母親と久しぶりに口論をした。

理由は忘れたが二人しかいないのだから家事の分担とかの話からなぜかみなみの進学をどうするかという話になって、母親が愚痴をこぼすのでイライラして部屋にこもった。

朝は一言も口を聞かないで高校に行ったのだが、気分が悪くなって昼前に早退した。

だが家に帰るのも足が重く、どこでもいいので人目に付かずに一人でいられる場所を探していたら昔子供の頃に来たことのある川沿いに辿り着いた。

長いボリュームのある髪に隠れた小さい顔、目元が重い憂いを帯びた表情はどこか高校生らしさよりも少し大人びて見えた。

久しぶりに駅から離れたところにある川沿いを一人で歩きながら、みなみは続いた雨で水量が多い川沿いの道を歩く。

Pコートの前を開けて青いリボンに白いシャツとブレザーの制服が見えている。

寒くはあるのだがコートの前を閉めると少し暑い。白い雲が空を覆っていて寒いのだが風がないのでまだ身を竦めるほど寒くは無い。何だか中途半端な気温だった。

川沿いの道は時々大きな道から近道目的で流れてくる自動車以外無く、人はほとんど歩いていない。

道は土手に作られていて川沿いに白いガードレールがあるだけで、遊歩道のような形に整備されていない。

そんなところを一人で歩いているのはみなみだけだったので、この道を通るドライバーの人は邪魔だなあと思っているだろうが、みなみは川沿いから離れなかった。

雑木が並ぶ川沿いを歩くと四車線の道路と大きな橋が掛かっていて、橋を超えると川は少し川幅を広げて公園のように整備されていた。

その広い川幅を見てみなみは少し安心したような表情をして橋の真ん中から下に流れている川を見た。

川は人が泳げそうなくらいの水量があって、川沿いには背の高い草などが見える。

橋の上の手すりに手を置きながら川を見ているとみなみは急に手すりから手を離してまた歩き出した。

冬が近づいた寒空の下、橋の上で感傷的に川面を眺めているなんて自分がなにか悲しい演技をしてるみたいで恥ずかしくなったからだった。

別に泣きたいほど悲しくないし、雨と曇りが続いて気圧差で頭が痛いし身体が怠い気がするだけかも知れない。だから自分が通学路から外れて誰も歩いてない町外れの川縁を歩いてること自体が不思議だった。

橋を渡ると対岸は少し開けた場所になっていて、川の近くに歩いていけるようになっていた。

そういえばこの辺まで散歩で父親に連れてきてもらった事があった。

そこには何にも無いが少し開けた川辺でキャンプの真似事みたいな事をお父さんとした事を思い出した。

久しぶりに来た場所は多少の整備がされていて、昔よりは雑草や木が減っていて見晴らしは良かった。でも人が居ないのは平日の真っ昼間なのもあるだろうがあまりにも人気がなかった。

「なにしてるんだろ・・・・・・」

みなみは誰もいない川沿いを流れに逆らう形で川縁を歩いて行く。

所々に背の高い草木があって視界が悪い。

制服のローファーに土が付いて少し汚れるのが気になったが、もう歩き始めしまったのですぐにどうでも良くなった。

川縁を歩いていると草木の上に細い棒が揺れるのが見えた。みなみは何だろうと草むらを少し進んだ。

茂みに隠れるように若い男の人が釣り竿を立てていた。帽子を被ってしっかりとした防水機能を持ったジャケットを着て、本格的な釣りをする格好で釣り竿を振っていた。

橋の上からは見えなかったが、こんなところで海釣りみたいな本格的に釣りをしている人なんか初めて見た。

釣り竿を投げて釣り糸を川面に投げて、少し笑いながら楽しそうに釣りをしていた。

ここまで歩いて釣りをしてる人も居なかったので、急に釣りをしている人を見てみなみは少し驚いた。

昼過ぎの平日にこんなところで釣りをしてるなんて物好きな人が居ると思った。

先客が居ると思わなかったので、このまま歩くのもどうかと思って引き返そうかなあと思ったが、特にこれ以上歩くのも靴が汚れるので帰ろうかどうかみなみは悩んだ。

寒空の下、なんとなく川縁を歩いていただけなのでこのどうするか考えたりしたが、何か頭のなかで合理的な選択ができなかった。

なのでなんとなく釣りをしている男の姿を見て足を止めた。

そんなふうになんとなく見ていた釣り人だが、みなみは何かおかしい気がした。

少し見ていても釣り竿には全く動きが無く、釣れる気配は無い。

それでも男はなんだか楽しそうに川面を見ていた。

何が面白いのかみなみは少し気になってしまった。

普段だったら絶対知らない人には声を掛けないのだが、どこか釣り人のわざとらしい態度が気になって近づいてみる。

近づくと男は凛々しい顔つきで遠目からでも顔の良さがわかった。

二十代前半の角張った顔はなんだか俳優みたいに整っている。だから尚のことみなみには何か普通じゃ無い感じがして、ジリジリと近づいて行った。なんだか顔の良さに惹き付けられる感じがアイドルに嬌声を上げるクラスメイトみたいで嫌な気持ちになった。

だが何か物思いにふけるような表情で川を眺めていた長身の男に興味を持ってしまう。

「釣れるんですか?」

色々な言葉を考えたが、釣れますか?だとフレンドリー過ぎたので疑問をストレートに言葉をしたらすこし挑発してるみたいになった。

「魚は釣れないけど、女子高生に声を掛けられたね」

良く通る声で男は返事してきた。

少し長めの髪、髭はキレイに剃っていて清潔感があるのがなんだか胡散臭かった。

「それって太公望のつもりなんですか?」

今度は男が驚く番だった。

「へえ、太公望の事知ってるんだ」

「漫画で読んだだけですけど・・・・・・」

昔の中国に居た周の文王が釣り竿の先に付いた針と糸を水面の上に垂らしているだけで、釣りをしている人を不思議に思って声を掛けると「魚は釣れないが人が釣れた」と釣り人は王と会話の切っ掛けを待っていただけらしく、二人は意気投合して語り合い国を強くするために望んでいた人「太公望」として軍師に向かい入れ、軍師として活躍し国を大きくしたエピソードの事を思い出した。

「漫画って封神演義?」

「えっとお父さんが持ってた中国の人が書いた漫画・・・・・・だったかな?」

「へえ、そんなのよく覚えてるね」

「なんか凄く変な漫画で絵が気持ち悪かった」

男は気がつくと横に立っていたみなみを見直した。

「まあ、見ての通り全然釣れないね」

男は洋画に出てくる人のように手のひらを上にして肩をすくめる。

「お兄さんは本当に釣りをしてるの?」

「どうしてそう思うの?」

「ここで釣りしてる人あんまり見ないし、なんかそんな海釣りみたいなしっかりした格好で釣りをしない、近くだからもっとラフな格好で釣りしてる」

「そうか、確かにちょっとこの格好はやり過ぎたのかもな」

男は釣り竿を上げてリールを回す。

巻き上げても当然釣り針の先には何も付いてない。

「君は釣りとかするの?」

「しません」

「そうか、知ってたら釣りのこと教えて貰おうかなあと思ったんだけどね」

「お兄さん釣りが好きなんじゃ無いの?」

「いや、今日初めて釣り竿持ってこの川に来たんだ」

「今日初めて?」

「そうだよ、釣り糸を垂らすのもほぼ初めて」

男は初めて川に釣りに来たわりには何だかいつもやってそうな佇まいだった。

そこでみなみはハッとした。

「もしかしてここで釣りしてるフリをしてるの?」

「うーん、そうなるのかなあ」

何も付いてない針先を見て男はまた笑った。

「餌付いてない釣り糸で何か釣れるの?」

「ほら疑似餌ってあるだろ?ルアーフィッシングだよ」

「それだったらもっと竿を動かさないといけないんじゃ無い?虫とか小さい魚の動きするんだから」

みなみは漫画で得た知識から男にアドバイスをする。

「そうか、確かにそうだね。やり方知ってる?」

みなみ首を横に振った。

「そうか、じゃあ適当に引いたり押したりしてみるか」

そう言って男は釣り竿を立て、後ろを向いて誰も居ないことを確認してからもう一度川面に向かってキャストした。

「やっぱりお兄さん釣りやったことあるんじゃ無いの?」

「そう見える?」

「今もちゃんと投げるとき後ろに人が居て釣り竿が引っかからないか確認してたし・・・・・・」

「ああ、前に海に行ったとき釣りをしてる人がやってたから真似しただけなんだけど、ポイかな?」

男は安全確認の為に後ろを見てたのではなく、ただ真似しただけだった。

「釣る気あるの?」

「少しはあるよ」

「クーラーボックスも持ってないのに?」

「クーラーボックス?」

みなみは男の足下を見る。

「魚釣れたらどうするんですか?」

「考えてなかった」

「釣ったら釣った人がちゃんと責任とらないと」

ずいぶん偉そうな事を言うとみなみは自分で驚いてしまった。

釣った人の責任なんて考えた事が無かったのに、何か自分の中で引っ掛かるものがあった。

「変なの」

「何が?」

「釣りをしに来たのに魚に全然興味ないんだもん」

「釣り人にもそういう人も居るかもしれないだろ?」

「魚釣らないのに釣りにわざわざ来る人いる?」

「君だって散歩に川に来たんだろ?」

高校の制服姿のみなみを見て男は態々こんな川縁の足下悪い場所を通学路にする子はいないと思った。

「散歩ってなんでするの?」

急に質問で返されても男は困るどころか更に面白くなってきたのか、釣り竿をそれっぽく動かしながら顔に笑みを浮かべた。

「散策とか良い考えが浮かばないときはわざと関係ないことをして、脳に刺激を与えてアイデアを捻り出すとかあるよね?」

男はリールを巻きながら竿を引き上げた。

「だから家にじっとしていてスマホ弄ってるだけよりはただ目的も無いけど歩いていた方が何か良いことがあるのかも知れない」

「歩くと疲れるだけじゃない?」

「そうだね。車とかバイクとか運んでくれる道具があった方が楽かもね。でもお金がなかったら自分の足で歩くしか無いからね」

みなみは自分の足下のローファーを見て、やっぱり土で汚れてるのが気になった。

腰を落としてしゃがみ込んで肩に掛けていた青い通学バックを地面に下ろした。

「私はなんで今日散歩したんだろ?」

みなみは立っているときよりも低い姿勢で川面を見る。

膝に腕を置いて顔を手で支えた。

つまらなさと諦めの表情、力の無い瞳で川面を見るみなみの横で男は釣る気もなく竿を振った。

「お兄さんは今何考えてるの?」

「言ったら引くから言わない」

「引かないから言って」

「つぎ釣り糸を投げるときに君の短いスカートに引っ掛かってラッキースケベハプニング起こったらどうしよう」

「最悪」

あきれてみなみはこの場を立ち去ろうと思い腰を上げると川面に何か流れてくるのが見えた。

「スケベさん、アレって人?」

「えっ?」

男はスケベさんと呼ばれた事に驚きはしなかったが、みなみが指さす方を見て確かに仰向けに流れてくる人のような物を見て驚いた。

「人だ」

みなみは慌てて川面の近くまで走る、近づくとやっぱり人が流されていた。

「大丈夫ですか?」

「あっはーい」

高い声で女の子らしい人が流れて行く。

続いた雨で川はいつもより増水して膝上ぐらいにはなっていたので、人が流れる事は出来るが、秋に入って水温はきっと泳げないくらい冷たいはずだった。

「あっあのー」

流されている女の子は長い髪とワンピースのスカートを水面に広げながら顔を上にして、手をどこか所在なさげに肘から上をそらに向けていた。

釣り竿を置いて男も川に近づいて流されてる女の子を認識する。

「うわ本物のオフィーリアだ・・・・・・」

川に流されながら髪とスカートを水面に浮かべ、空を笑いながら見上げる姿に男は有名なオフィーリアの絵を思い出した。

「あのーすみませんひとつおねがいしても良いですか?」

流されながら女は空に向かって声を上げた。

「さっき大丈夫でーすって言ったんですけどー」

みなみと男の前をゆっくりと流されながら女の子は通り過ぎた。

「やっぱり駄目みたいでーす」

自分達の目の前を通り過ぎた後でみなみと男はお互いの顔を見る。

「あれって?」

「助けよう」

男はすぐに置いておいた釣り竿を握る。

「あっちに河原があって少し浅くなってるところがあるよ」

「そこまで行こう」

二人は慌てて自分たちの荷物を持って川下へと走り出す。

幸い流れがゆっくりなのですぐに流されている女の子に追いつくことが出来た。

「大丈夫ですか?」

「寒いです」

よく見ると救命胴衣のようなものを身に付けて浮いているので、初めから川に浮かぶのを準備していたのかも知れないが、それでも寒空の下冷たい水に浸かっていたら風邪どころか水難事故になってしまう。

「これに捕まって」

狭い川幅の真ん中に男が用意した長い釣り竿の先端が届いた。

「その釣り竿の先を握って!」

流される女の子へ歩きながら釣り竿を向ける。

流されている女の子が釣り竿の先を掴むと釣り竿が強く引っ張られた。

「掛かった」

男は引っ張り上げようしたが、そのまま川に引っ張れる。

「危ない」

みなみがとっさに男の身体に抱きつく。

「ありがとう、そのまま踏ん張って」

みなみは力強く足を踏ん張り、男は釣り竿をしっかり握る。そうするとふたりを支点に釣り竿握った女の子はゆっくりと川縁近づいていった。

「おお、動いてる~」

必死なふたりとは対称的に流されてる女の子は楽しそうだった。

「もう少しで河原に着くぞ」

流されていた女の子が底が浅くなって、十分に引っ張り上げれるところまで来た。

「大丈夫ですか?」

男は釣り竿放して女の子のところに駆け寄ろうとする。

「うん?」

その時身体が引っ張られる感じがした。

「もう身体押さえてなくて大丈夫だよ、ありがとう」

男は優しくみなみの頭に手をおいて、目をつむって必死に抑えていたみなみに合図をする。

「あっごめんなさい」

夢中だった事に恥ずかしくなってみなみは慌てて手を放す。

「大丈夫ですか」

「すみません、ちょっと身体が動かなくて・・・・・・」

男が女の子に近付くとまるでぼろ雑巾のように水を吸って広がったスカートが身体にまとわりついていた。

「失礼」

そう言うと男は軽々と女の子をお姫様抱っこで持ち上げた。

川の水が女の子の服から滴り落ちる。

腰に付けて膨らんだ簡易型の救命胴衣が邪魔だったがはずしていいのか解らずそのままにする。

「大丈夫なんですか?」

「はい、寒い」

意識はハッキリしてるのだが、青ざめた唇と身体が震えていて寒そうだった。

「ごめん救急車を呼んでくれるかい?」

そう言って男はみなみにスマフォを渡そうとポケットから差し出した。

「まっ」

待ったまで言い切らないで溺れていた女の子は男のスマフォを持った手首を掴んだ。

「救急車と警察は呼ばないでください・・・・・・」

震えなが目を見開いて女の子は男に向かって懇願した。

「君は意識がしっかりしてるけど、ずっと川の冷たい水に浸ってたんだから低体温症とかになってるかもしれないだろ?」

「いえ、あのちょっとこの先で川を見てたら川に落ちてしまったので・・・・・・ほんの数分ぐらいですので・・・・・・」

「とはいえ早く暖まらないと風邪だけですめば良いけど・・・・・・」

男は女の子を抱きかかえながら少し考える。

意を決して男はみなみの方を見る。

「君、まだ時間あるかい?」

「えっ私?」

「こうなったらもう最後まで釣った物の責任を持つさ」

男はなんだか楽しそうに少し鼻に掛けて笑った。

「釣り竿持って来てくれるかい? 置きっ放しはゴミになるからさ」

そうみなみに指示をすると男はずぶ濡れの女の子を背負って立ち上がった。

「じゃあ付いてきて」

「ああ、人肌が暖かい・・・・・・」

寝言のように呟く女の子を背負って男は歩き出そうとする。

「待って」

みなみはそう言うと男が河原に投げ捨てた釣り竿を拾い上げて、リールを巻いて丁寧に竿を縮めた。

「慣れてるね」

「別に、だれでも出来ますよ」

あっと気がついてみなみは最初に男とあった場所まで走って行った。

そしてすぐに自分の学生鞄を肩に掛けて戻ってきた。

「忘れ物は無い?」

男にそう言われると何かみなみは忘れものがあったような気がしてもう一度川上の方を見た。

ああ後ろ髪を引かれる思いというのはこういうことなのかとみなみは思ったが、何に後ろ髪を引かれてるのかは分からなかった。

「ぶぇっくしょん」

男が背負った女の子は大きなくしゃみをした。

「うわ、汚い」

「すっすみません」

「フード被ります?」

両手が塞がってフードが被れない男の防寒着のフードをみなみは頭に掛けてあげる。

「はぁこんなに防水の重装備要らないとおもったけど、役にたつんだね」

男の完全防水の装備はズブ濡れの女の子を運ぶのには重宝した。

「どこ行くんですか?」

「暖かい水槽があるところ」

一瞬みなみの足が止まった。

「あっごめん、近くのぼくの住んでるアパート。帰ったら風呂入ろうと思ってお湯張ってあるんだ」

「最初っからそう言えば?」

「ごめんごめん」

「ふぇっくしょい!!」

ずぶ濡れの女の子を背負った男の後ろを釣り竿持った女子高生が並んで走る。

その姿を車から見たドライバー達は何だろうと思ったが、警察などに通報するほどの事ではないのでそのままやり過ごした。

釣りをしていた男、佐藤海舟(さとうかいしゅう)という名前の青年が住んでいる古いマンションは築年数がみなみの歳よりもずっと前に建てられたものだったが部屋の中はリフォームされていて綺麗だった。

板張りの床でダイニング部分は大きく取られていて、ソファーもテレビも無く、小さな折り畳みの机にクリップで止められた紙の束とパソコンが有るだけで、それ以外何か生活感を感じさせる物がなかった。

みなみは初めて上がった独身男性の家はこんなに物が無いのかと驚いた。

だから壁際に自分の制服のブレザーとコートが架かってるのがなんだか不思議だった。

そんな殺風景な部屋で座布団代わりのクッションを敷いて、スカートを気にしながらみなみは座る。

その隣には何も敷かずに佐藤は胡座を組んで座る。

そして目の前に温かい風呂から上がった川に流されていた女の子が二人の前で土下座をしていた。

「本当に、誠に、申し訳ございませんでした」

色の抜けた薄い金色の髪をお団子ヘアにまとめ、肩にはタオルを掛けて、大きなトレーナーを着て背中を綺麗に芋虫のように曲げて床に額を打ち付けて謝った。

「神田さくら(かんださくら)、お二人に助けて貰ったこのご恩、一生忘れません!」

「って言ってるけどみなみちゃんはどう思う?」

「別に私は何も、殆ど佐藤さんがひとりで運んで着る物用意してくれたから・・・・・・」

髪を弄りながらみなみは顔を背ける。

「とにかく神田さん? 顔を上げて」

「本当にありがとうございます!」

床に手を付いて勢いよく上半身を起こして神田さくらは胸を張った。

顔は小学生のように表情筋がよく動く、だが眼にはクマがあったりして、あまり健康そうではなかった。

身体は細く、佐藤の貸し出した厚手の長袖のトレーナーはブカブカで動くと肩が見える。

子供には見えなが、大人でもない。髪が長くて女の子だが、どこか向こう見ずな言動は男の子のようにも見えて、なんだかつかみ所のなかった。

「まあ落ち着いて良かった、みなみちゃんもご苦労様だったね」

みなみは気がついたら佐藤にちゃん付けで呼ばれていたが、距離感が近いとムッとすることもなく受け流した。

「本当に私は何も」

「そんなことないよ、みなみちゃん本当に助けてくれてありがとう!」

這いつくばりながらさくらはみなみの前に進み、両手を掴んで何度も縦に振ったあと、感極まってみなみに抱きついた。

「ひっつかないでください、まだ髪濡れてるから」

「ごめんなさい、でも感謝してるのー」

分かりましたから離してくださいとみなみはさくらの顔に手を当てるが、それでも愛くるしいと鬱陶しいの絶妙なバランスでさくらはみなみに抱きつこうとする。

「もう、わたしより年上なんですよね?」

「そうですよ、お姉ちゃんだと思って」

薄い胸を張るさくらを見て、年長者として優位に立とうとする小学校時代のクラスメイトの女の子の事をみなみは思い出した。

「そのお姉ちゃんがなんで川で溺れてたんだい?」

そう言って佐藤はさくらのシャツの背中側の襟を引っ張ってみなみから引き離した。

「ぐえ」

さくらは大きく咳き込んで床に寝転ぶ。

「すみません、調子に乗りました・・・・・・」

さくらはため息をついたが佐藤がニヤニヤしているのを見てなんだか腹がたった。

「でも本当に感謝してるんです。川から引っ張り上げてもらった上に、こんな暖かいお風呂まで入れて頂いて本当に生き返りました」

さくらは深々とまた頭を下げた。

「まあ僕だと服を脱がせて風呂に入れるのも気が引けたので、みなみちゃんが居てくれて助かった」

濡れたさくらを背負って佐藤のアパートまで連れてきて沸かしてあるお風呂に入れるときに、濡れた服を脱がして身支度するのはみなみにやってもらった。

その間に佐藤はお湯を沸かして暖かい飲み物の準備をした。

みなみは服を脱がしてさくらをお風呂に入れるときの事を思い出した、少年の様に細い手足に長くて色素の薄い髪が印象的で、濡れているので髪もセットせずにそのまま湯船に浸かると繭のように身体を包んだ。

その姿は幻想的で見とれてしまったのだが、徐々に「あーいぎがえるー」という獣のような声をさくらが上げるので雰囲気をぶち壊された。

さくらが着ていたワンピースと下着を洗濯機に掛けて、とりあえずは身の回りの支度は全部調えた。

「まあ洗濯物乾くまで待っててもいいけど、落ち着いてきたようだから」

佐藤が話を切り出した。

「とりあえずは僕とみなみちゃんは事件の当事者になったから、なんで君が川で溺れかけたのかを話してもらえるかな?」

「溺れてた理由?」

「君が見かけによらず冒険野郎なのはなんとなく分かったけど、だからといってあんな小さな川で救命胴衣付けて溺れている理由は一体なんだったんだい?」

「いや理由というほどのアレでも無いんですが・・・・・・」

「救急車、警察にも電話するなって言ってた」

手で頭を掻きながら照れるさくらにみなみが救急車を呼ぼうとしたときに遮った事を思い出させた。

「何か犯罪とかに、巻き込まれてるとか・・・・・・」

一瞬さくらは怪訝な顔をする。

そしてすぐに顔を赤くして、トレーナーの袖口を掴みながら手で顔を隠した。

「救急車はこの前保険証落としてしまいまして、警察はこの前も川に・・・・・・いや、本当にお恥ずかしいのですが、実は私・・・・・・よく落ちまして」

「落ちる?」

「はい、よく友達と一緒に海の近くとか川の近くに行くと気がついたら落ちてまして・・・・・・」

佐藤とみなみも不思議な顔をして目線を合わせる。

「えっもしかしてそれで救命胴衣付けてたんですか?」

頭の回転が速いみなみがさくらの腰に巻いていた、水に落ちると付属の小さな炭酸ボンベで展張するものを付けていた。

「そうそう友達が「あんたもう気がついてると水に落ちてるから一人で水縁に行くときはこれ付けておきなさい!」って渡されていて、まさか本当に使うことになるとは・・・・・・」

「その友達賢いね」

「この前いっしょに海に行ったときはもう首輪でも付けるかって犬用のリード持って来てました」

佐藤はさくらが首輪に縄を付けられている姿を想像して全く違和感を感じなかった。

「あのなんで川に飛び込むんですか?」

みなみはもっともな疑問を口にした。

「あー私もよく分からないんですが気がついたらよく落ちてるんですよね」

同意を求めるさくらにみなみは理解できないという冷たい目でさくらを見た。

「よく今まで生きてこれたね」

佐藤は無邪気に騒ぐ子供を見て、優しく見守る大人の態度をとった。

「いやあなんか水面を見てると気がついたら引き込まれて、なんか川とか海とか水が集まってるところって見ていて面白いですよね!」

「面白い?」

「はい、水ってほらキラキラと光ってなんだか見入ってしまうというか・・・・・・」

さくらは手のひらをヒラヒラと踊らせる。

「それで気がついたら引き込まれて」

さくらは手首を下に向けて折る動きをする。

「君は本当にオフィーリアだったんだね」

「ああ、大学の授業でこの前見ました、あの有名な絵のヤツですよね・・・・・・誰の絵でしたっけ?」

手を肘で曲げて掴むような手の動きをした。

「ミレーだよ」

佐藤は喉に手を当てて準備をした。

「素敵な花輪を垂れた枝にかけようと、柳によじ登ったとたんに意地の悪い枝が折れ、花輪もろともオフィーリアは真っ逆さまに涙の川に落ちた。裾が大輪の花の如く大きく広がり、彼女は人魚のように川の水面に身体を浮かべて」

佐藤は小さなマンションのリビングに響く声で役に入ったような声を上げた。

「流れるあいだ、オフィーリアは古い小唄を優しく口ずさみ、自分の運命が分からぬ様子でまるで水の中で暮らす妖精のように水面の狭間で笑っていた。だが、やがて服が水を吸って重くなり、哀れあの子を美しい歌声が川底の泥まみれの死の世界へ引きずり下ろしたのです」

佐藤は悲劇を装って顔の表情を髪で隠しながら、ハムレットでの王妃ガートルードの台詞を大部端折って語ってみせた。

「はは、凄い凄いお兄さんなにか演劇とかやってるんですか?」

さくらが拍手をして佐藤を称えた。

「まあちょっとね」

恥ずかしそうに佐藤は笑った。

みなみはだから一緒にさくらを川から助けるときに身体にしがみついて、妙に筋肉質で鍛えられた堅い身体だなあと思った。

「悲しみのあまり気が狂ったオフィーリアが川に落ちて、何が何だか分からないうちに川で溺れて命を落とした、君だってそうなったかも知れないな」

「あの流れの緩やかな川で溺れるとは思えないけど、危ないことは危ない」

「はい、あの、反省してます・・・・・・」

二人に注意されてまたさくらは深々と頭を下げる。

だが、そのまま身体を横に倒して背中を床に着けて仰向けになる。

「ただ私も川に流されながら空を見てて少しだけオフィーリアの気持ちがわかったんですよね」

「オフィーリアの気持ち?」

「気持ちよかったんですよ川に流されながら空を見上げるのって、なんかね自分が動いてるのか空が動いてるのかよくわかんなくなって、白い空が光に満ちてるんだなあって、視界が空いっぱいに・・・・・・いや自分の目の前に大きな空間が墜ちてくるような・・・・・・」

さくらは腕を広げ、目線を上にあげる。

瞳は恍惚と輝き、口が半開きになった。

「君は本物っぽいね」

「本物?」

「ああ本来は水面の下に隠れていてこの世に出てきては行けないものかもなあっってね」

「なるほど、一度沈んで境界層の膜みたいなもの包まれたからどちらでもないと感じたのかも・・・・・・」

さくらはもう一度大きく目を開くと、立ち上がって部屋を見渡した。

「何か描くモノってあります?」

「描くモノ?」

「紙とペン、なんでも良いのでありませんかね?」

急にいわれても佐藤とみなみはお互いの顔を見合う。

「あっこの紙の裏使って良いですか?」

居間の退かされた折りたたみテーブルの上に置かれていた厚みのある書類の束を手に取った。

「コピー用紙の裏だけどそんなので良いの?」

「はい、これで大丈夫です」

白い紙の束を持って嬉しそうにするさくらの前で佐藤は苦笑する。

「その紙って佐藤さんの大事なモノなんじゃないの?」

素人のみなみにもそれが台詞の書かれた脚本の束だというのが分かった。

「いや、もう大体覚えたから別に使って良いよ」

縦書きで描かれた脚本の紙の束を見て、みなみはあんな量の文字を覚えることが出来るのかと驚いた。

「描くモノなにかありますか?」

「あー三色ボールペンがそこにあったよね」

「もうちょい太いサインペンとかありますか?」

「あっ私持ってるかも」

みなみは壁際に置いていた自分の鞄を取りに行った。

「これで良いですか?」

青色の布製のペンケースの中にはハイライト用のマーカーや、サインペンやシャーペンなど色々と入っていた。

「おお、こんなに文房具がありがとー」

無邪気に笑うさくらにつられてみなみもはにかむ。

「ずいぶん綺麗なペンケースだけど、使ってるの?」

佐藤の指摘にみなみはすぐに顔を曇らす。

「使ってます」

「それじゃあ、このペンを使おうかなあ」

さくらは黒いマーカーを一本手に取って、脚本を束ねていた黒いクリップを外して、裏紙を机の上に置く。

「よし、じゃあやるか!」

長いトレーナーの袖を捲り、さくらがみなみにニカッと笑うと、なんの躊躇も無くまっ白な裏紙に線を引き始めた。

線は緩やかなカーブを描いている、それを何も見ずにフリーハンドでさくらは線を引いていく。

みなみには何を描いてるのか良く分からなかった。

数分すると引かれた線が白い紙を埋め尽くす。

「次だ」

さくらは二枚目の紙にまた線を引いていく。

まるで下書きをなぞっているのか、ペン先に迷いがない。

借りたトレーナーの襟首から肩が出ても気にせずにペンを進める。

机の横でさくらが紙に向かって線を引く様子をみなみは見ながら、何が紙に描かれて居るのか分からなかった。

さくらは少し鼻息荒く、みなみから借りたサインペンを紙の上に走らせて黒い線を引いていく。

「凄い集中力だね」

佐藤は立ち上がって上からさくらのお絵かきを見る。

三人で机を囲いながら、一枚、また一枚と黒い曲線に所々影が付けられた絵が書き殴られていく。

さくらは小さな身体からは考えられないくらい強い筆圧でブレない綺麗な線を引いていく。

「あっはみ出してる」

紙からペンが逸れて机の上に線を引いてしまったが、さくらは気にせず白い紙の上にペンを走らせる。

みなみが机を覗き込んでいる佐藤を見上げると苦笑している。

「これって何描いてるの?」

「えっ分からない?」

みなみには白い紙に何本もの線が引かれてるだけに見えた。

既に描き上がった束をさくらは持ち上げる。

「あーこれ一枚だけだとわからないね」

そう言って紙の束を持って立ち上がってさくらは小さな机を跨いで広い床の場所を探して、紙の束を床に置いた。

「えーとこれをここに置いて・・・・・・」

さくらが一枚、一枚と紙を置いて行く。

「えーとこれがこうで、こっちはあっ反対だった」

居間の端から順番に紙を置いて行くと、描かれたものが徐々に部屋の中に現れてきた。

紙ごとに引かれていた黒い線が繋がると流れが見えてきた。

最初に見たときは何の線なのかわからなかったが、さくらの引いた線は水の流れだった。

山の水が溜まって谷に注がれると川になり、それらが高いところから低いところへ流れることによって集まって行く。

「川だ」

さくらの引いた線も一本一本見るとよくわからないが、集まって引いた視点で見たとき川に見えた。それも、今日三人があったあの穏やかで昔から街を流れている普通の小川の流れだった。

「凄い」

みなみが目の前に現れた川の絵はさっきまで見ていた川の水面だった、何も考えずにただボーッと見ていた川の水面をさくらは普通のペンと書類の裏紙で部屋の中に再現してしまった。

「あれ、これこっちはこっちだったかな?」

自分で描いておいてさくらは混乱していた。

「これは大きなキャンバスが必要だったんだね」

佐藤が頭を抱えてしまう。

「大きいキャンバス用意するの大変なので、よくこうやった紙に分解して書くんですけど、たまによくわかんなくなっちゃって・・・・・・」

さくらは照れ笑いを浮かべる。

「凄い画力というか記憶力というかよくもまあ描けるねえこんな綺麗な線を・・・・・・」

みなみは紙で出来た川の横に座りこんだで、紙に描かれた川に向かって手を伸ばした。

「どうしたのみなみちゃん」

「私この川を見た事がある」

虚ろな眼でみなみは紙に描かれた川を見下ろす。

さっきまで本物の川を見ていたときにはなんとも思わなかったのに、さくらによって紙に描かれた川を見ていると何かが身体の奥から溢れて来た。

感情なのだが、泣いたり笑ったり何か外に向かって声を出したい気持ちとは違う、何か大事なものを見つけた気持ち。

涙を流さないのは今日あったばかりの人達の前で急に泣き出すのも恥ずかしいと思った部分もあるが、それでも眼には涙が貯まったので何度か見開く。

「みなみちゃん大丈夫?」

心配そうにさくらがみなみの方を見る。

「これどうやって描いたんですか?」

みなみは目の前で見てたのに間抜けな質問だと思った。

「うーん、今日感じた事全部を紙の上に描いたみたらどうなるかなあとおもってペンを走らせたらこうなったんだよ」

さくらは手を伸ばして紙を一枚拾う。

「さくらさんて凄い人なんですね」

「まあ友達からは絵の才能にパラメーターを全フリし過ぎてるから歩いていても川に落ちたりするんだってよく怒られてるんだけど・・・・・・」

さくらは照れ笑いを浮かべてみなみの顔を覗く。

「でも、なんとかなるんだよねみなみちゃんとか佐藤さんみたいな優し人が助けてくれるから」

「危ないですよ」

「そうだね、けどさ、なんかこういうの楽しくない? 誰かと一緒に川を見たりするのって」

コピー紙でできた川の前でさくらは無邪気にみなみに笑いかけた。

屈託なく笑うさくらの顔を見て思わずつられてみなみも笑ってしまう。

「それでね、みなみちゃんさっきの黒のサインペン使いきっちゃったんだけど他にない?」

「まだ描くの?」

「えーだって川はもっと大きかったからまだまだ、空とか川縁とかも描かないと・・・・・・」

さくらは立ち上がって呆れている佐藤を見た。

みなみはもう一度床に置かれた紙の川を見る。

一枚だけ抜かれても、さくらが描いた川の絵は、昔みなみが見た川の流れを思い出させてくれた。

そうか、今日はこの川が見たくていつもと違う場所を歩いて来たのかと、みなみは二人がこっちを向いてないと思って瞳に溜まった涙を拭いた。

「ごめんね、今日はなんか色々と付き合わせちゃって」

「いえ、こちらこそ文房具ありがとうございます」

夜の帰り道にビニール袋を下げた佐藤と、学校の鞄を抱えてみなみが駅に向かって歩く。

佐藤のマンションの周りは校外で少し暗いので駅までは送るのと、ついでにさくらの為の追加の筆記用具と使ってしまったみなみの筆記用具分を買いにコンビニに寄った。

「まださくらちゃん絵を描くんですか?」

「なんかスイッチ入っちゃったみたいだからね・・・・・・」

ペンが切れても今度はシャーペンですさまじいディティールを描き込み初めて、どうにも止まりそうもないのでそのまま部屋に置いてきた。

「私も見たい」

「まあでも夜遅くに今日あったばっかりの他人の家にこれ以上居るのもどうかと思うよ、いや僕は世間体はあんまりだけどみなみちゃんの方がね」

佐藤はみなみの事を気にしてみなみだけは家に送り届けようとした。

「さくらさんは泊めて良いんですか?」

「それこそ釣った責任で、ちゃんと最後まで餌をやって面倒を見るよ」

「大変そう」

「いやこの貸しでちょっと舞台美術でもやってもらおうかな? 面白そうだろう?」

佐藤とみなみは笑いながら暗い道を歩く。

「明日学校じゃなければ私も泊まってさくらさんの絵を見たかったな」

「まあ、偉そうな事を言える立場じゃないんだけど学校はちゃんと行った方が良いよ」

「私が今日学校サボったの知ってたんですか?」

「まあ、あんな時間にあんな辺鄙な川縁に居るし、ペンケースもあんまり使い込んでる感じもしなかったから、なんか女子高生のマネをしてる女の子に見えたんだ」

佐藤は頭を掻きながらどこかつまらなそうな顔をする。

「学校も家も面倒くさいから、たまにはどこかに行きたくなるけどね」

「佐藤さんはどうして川で釣りの演技をしようとしたんですか?」

「まあ半分今度の釣り師の演技の練習ともう半分はやっぱり何か釣れるかなあっていう期待だけでね、だから釣った後の事なんかなにも考えてなかった」

「大人って私が思ってるよりいい加減なんですね」

「いい加減だから、あとで言い分けをいっぱい考えるのが大人なんだろうね」

今日あったばかりの二人はたわいの無い話をした。

「ここまでで良いです」

「もうちょい駅まであるけど?」

「早くペンを持って行かないとさくらさんがまた自分で書いた川の中で溺れちゃってるかも知れませんよ?」

「あーありそうだ」

「今日はありがとうございました」

みなみは深々と頭を下げた。

「こっちこそ・・・・・・」

楽しかったというには何かアクシデントに近い出来事に巻き込んだ手前違う気がした。じゃあご苦労様というのも苦労というよりは何か彼女にも得るものがあったのでは無いかと、さくらの絵を見ながら感動に身を震わせていたみなみの背中を観ていたので違うと佐藤は思った。

「疲れたね」

「楽しかったですよ」

最後に女の子らしい薄暗い道には勿体ない明るい笑顔で小さく手を振ってみなみは佐藤と別れた。柄にもなくつられて佐藤も肩口まで手を上げて振った。

「連絡先もらっておけば良かったなあ」

帰り際、佐藤はそんなことを考えたがまた釣りの格好して河原に立ってればあんな可愛らしい女の子に会えるのかと考えたが、ビキナーズラックだったんだろうなあと二度と巡ってこない出会いに一抹の寂しさを覚えて、これが釣りなのかなあと佐藤は少し勉強になった。

みなみは佐藤と別れて、初めて鞄に入れっぱなしだったスマフォの事を思い出した。

画面には母親から着信のメッセージがあった。

普段だったら無視するのだが、このときは早く返事してあげようとスマフォのロックを外した。

そしてふと、電話をする前に電話帳のアイコンをタッチした。

そこには名字の違う父親の名前があった。

一瞬みなみは真っ黒な空を見上げて深呼吸する。

眼を閉じると今日観た本物の川と、さくらが描いた川の絵の事を思い出した。

みなみは父に電話した。

久しぶりの電話はすぐに繋がった。

父親からの第一声は久しぶりだね、どうしたんだい?という心配した声だった。

「お父さん元気? 今日ね昔行った川に行ったの、そしたらね男の人が釣りをしてたら女の子が川から流れてきてね、面白かった」

父親はなんと返事して良いのか分からなかったが、娘の楽しそうな声を聞き、そうか良かったねと当たり障りのない返答をする。

歩きながらみなみは久しぶりにお父さんと話をして、なんだか子供っぽいような大人になったような気持ちになった。

END




あとがき


釣り漫画が好きでよく読むんですが、放課後ていぼう日誌とかカワセミさんの釣りごはんとか読んでて釣りっておもしろいってなるんですが、道具揃えたり海行ったり川行ったりするの面倒くさいし、家から歩いて5分のところにはま寿司あるからなあ、安く早く魚食えるから釣りしなくてもなんていうと「お前は釣りを何も分かってない」って怒られるしその通りなんだろうなあと思うわけですが、確かに俺は釣りを分かってないけど釣りという行為をする人は凄く好きだなあと思うわけで、そういえばいつも隙あらば釣りをしているケモミミVRML美少女「ねこざめちゃん」が釣りしてるツイートも大好きだなあと。

まあそんな感じで釣りしないけど釣りが好きな自分が考えた最大限の釣りエピソードを交えた話だったんですけどまあアレでしたね。

コミティア大好き!って感じで下の動画作ったんですがそれで燃え尽きちゃった。

コミティア魂にも証言させてもらっちゃたので買って読んでね。

それではまたー


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