メイドと三人の騎士たち Ⅱ-Encore

第2番では収まりきらなった,「彼女」が初めてソロを任された公演当日の本番前,本番中,そして本番を終えて…。
ちょっと意味合い的には違ってしまうのですが,Encore(アンコール)としてお送りします。どんな本番だったのかは読んでくださる方のご想像に…というのも考えたのですが,一つの答えとして,お読みいただければ幸いです。

「おいお前」
後ろから,相変わらず乱暴な口調が投げつけられる。
「よろしく」
目の前に,彼の右手。
握手をして,熱を交わす。
「こちらこそ」
手を離す。
まだ彼の熱は,右手に残ったまま。
その熱を弓に移して,私は光のさす舞台へ踏み出す。

私は決めた。
あの日に。
絶対「あの約束」を果たすって。
紅茶の王子様との約束を果たすなら,ここしかないと。

とうとう来る。
次の曲。
さよなら指定席。
しばしのお別れ。
1プルの表側へ。
先輩が「さあ」と席を空ける。
…ギロチン台に向かうマリー・アントワネットの気分。
いやそれじゃあだめなんだって。
仮にも1プルの表となれば,あの曲のチェロを先導するのは私ということ。
全員をギロチン台に誘導してどうする。
誘導すべきはそこじゃない!

一度目をつむって。
深呼吸。
目を開ける。
タクトが上がる。
スイッチオン。
久しぶりの高揚感。
来い。
この曲のトップは私だ。
明るく,軽快に。
もうすぐ指揮者と,アイコンタクト。

"あなたなら,大丈夫"

そう,私なら,大丈夫。
このソロは,私のもの。
先輩が,私にくれたプレゼント。
下手なんかじゃない。
この曲のトップを張れるくらい,私は努力した。

来る。

弓をおろす。
おろすスピードからは想像できないほど,繊細なメロディ。
桜がひらりと散る。
儚く,切なく…。

ラストスパート。
ありがとう。
あと少し。
最後まで,ついてきて。

弾き終える。
おそらく間違いではない。
向かいの「あの人」の口元が,ふ,と緩んでいたのは。
今まで気づかなかった。
顔を上げる余裕なんてなかった。
1プルの表。
コンマスの,向かい…。
起立。
拍手を受ける。
指揮者が礼。
一度退場。
緊張が緩む。
涙が。

「お疲れさま」
「隣,ありがとう,ございました」
「どういたしまして」
優しい声に交じって,アンコールがある,早く泣きやめ,その顔で表に出るなと,呆れたような声が降ってくる。
「…よくやったよ」
普段の彼からは想像できないほど,優しい声。
頭に手を置かれる。
涙で声が出せない。
こくこくと,必死に頭を縦に振る。
涙をぬぐう。

アンコールはもう「いつもの席」。
大丈夫。
ちょっとくらい泣き顔でも,きっと,ばれやしない。

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