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サーキットブレーカーの発動(2013)

サーキットブレーカーの発動
Saven Satow
Apr. 24, 2013

「自信を持ちすぎると、危険を招く」。
ピエール・コルネイユ『ル・シッド』

 2013年4月19日に閉幕したG20において、日本の金融緩和政策は一定の理解を得られたが、財政の健全化を求めらる。けれども、その財政に大きく影響を及ぼす債券市場が不安定化している。金融緩和政策がそれを招いていると言って過言ではない。

 先物取引には「サーキットブレーカー制度(Circuit Breaker)」がある。それは、先物価格が一定以上の変動を示した際に、相場の安定化のため、値幅制限や取引中断などをする措置である。東証のサイとによると、発行基準は「中心限月取引において、呼値の制限値幅の上限(下限)値段に買(売)呼値が提示された(当該値段で取引が成立した場合を含む)後、当該値段以外で5分間取引が成立しない場合」である。噛み砕いて言うと、日本国債の先物価格が前日清算価格から1円以上変動した時を第一次値幅として、取引を10分間中断する。

 2013年4月5日、東証は国債先物市場で売買を一時停止するサーキットブレーカーを発動する。しかも、1営業日に2度も行われている。

 前日、黒田東彦日銀新総裁が大規模金融緩和を発表する。日銀による大幅な国債購入が予想され、投資家は買いを進める。10年物国債の利回りは0.315%の過去最低水準にまで一時下がると、日銀の買いが鈍る。その間、相場の急落により、損失が一定値を超えたことから、機関投資家が売りに転じる。最終的判断は人間が担当するけれども、今日の金融市場はプログラムが勝負を左右する。市場が一気に反発、金利は0.6%を上回ってしまう。日銀が買いを入れても、金利は下がらない。

 前日比1円下げになったことから、午後1時8分頃、東証はサーキットブレーカーを発動する。取引を再開してもこの流れは続き、2円安まで急落し、午後1時39分に2回目を発動している。再再開後にも、流れは止まらない。一時2円94銭安まで急落している。

 前回、サーキットブレーカーが発動されたのはリーマン・ショックの2008年10月14日である。それだけ異例の事態だ。しかも、その時は2円07銭の下落である。4月5日はそれを上回っている。この日、債券先物取引市場は機能不全に陥っている。

 債券市場は、実は、4月5日以前から異常な動きを示している。金融緩和により平均株価が上昇しているのに、債券の買いも進んでいる。通常、株と債権の価格はトレードオフ、すなわちシーソーの関係にある。株価が下がれば、投資家はリスクの少ない債券に向かう。逆に、株価が上がれば、リターンの少ない債券から引き上げる。日銀の国債購入を見越して、投資家が買いを入れたため、株価が上昇しているにもかかわらず、金利が下がっている。非自発的資金需要政策によって市場が健全に機能していない状態がすでに起きている。

 4月5日以降も債券市場は不安定な動きをし、サーキットブレーカーが何度か発動されている。ここ数日間、10年物国債の利回りは0.6%前後で推移しているが、振れが比較的大きい。現政権発足前の水準とさほど変わっていないけれども、いわゆる異次元の金融緩和でも下がらないことになる。

 債権の投資家は、株式に比べて、安定志向である。5分5分で倍になる賭けで、手持ちの2万円を全額つぎこむのが株式投資家、1万円残すのが債権投資家だ。たいていの投資家は金利の想定範囲内の時に買い、それ以外を売りと判断する。金利が高くなりすぎれば、ハイリスクとして国債を売る。他方、金利が安くなりすぎれば、運用益が出ないとして、これまた売りである。日銀が国債購入を進めて金利が低下しすぎると、利益が見込めないので、投資家ももっと利回りのいい他国の国債へと変更する。

 黒田総裁も債券市場のこうした動きを読めていなかったのだろう。急遽、青木周平金融市場局長を更迭し、事態の鎮静化を図っている。

 債券市場の乱高下を黒田総裁に対する日銀官僚の嫌がらせだと知たり顔で解説する陰謀論者もいる。この人事はそれを抑えこむためだというわけだ。

 しかし、日銀の方針が債券市場のシステムを不安定化させることは以前から指摘されている。インフレ目標は成功すれば、名目金利の上昇を伴う。物価が2%上昇なら、3%を超えると予想される。その一方で、日銀は発行国債の7割を購入して長期の金利を下げようとしている。10年物の利回りはローンを含め債権金利のベースセッターである。金融に詳しくない人でも、両者が相反していることくらいわかる。矛盾の故事を思い起こさせるこの政策は、ことによったら、市場の破壊につながる。

 現政権の経済政策に対して債券市場は当初より厳しい目を向けている。それは莫大な財政赤字のさらなる肥大化だけでなく、金利をめぐる矛盾も大きい。債券市場の健全の機能を妨げる。この政権は、介入・統制癖があり、市場経済をどう考えているのか疑問である。

 現政権が誕生して以来、債券市場は健全な状態ではない。債券市場の機能がおかしくなっている可能性がある。人間の合理性には限界があり、そのために集合知としての市場を利用する。その機能に不具合が生じているとしたら、国債はまだまだ低金利だなどと高をくくっていることなどできない。

 そんな中、麻生太郎財務大臣が靖国神社に参拝し、周辺国との摩擦を引き起こしている。国債のリスクを高める行為は責任感が乏しいと言わざるを得ない。異次元の金融緩和でも国債の金利が下がっておらず、潜在的に上昇傾向にある。金利が上がれば、予算編成を圧迫する。円安株高で浮かれている場合ではない。
〈了〉
参照文献
「東証、債券先物にサーキットブレーカーを2回発動(1)」、『ブルームバーグ』、2013年04月05日
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MKRLKO6JIJWE01.html
東京証券取引所
http://www.tse.or.jp/

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