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投票率と社会関係資本(2013)

投票率と社会関係資本
Saven Satow
Jul. 23, 2013

「秘密投票というのは、嘘をつくことの制度化である。投票を依頼されたり、なにかと世間のしがらみがあるがあるかもしれない。しかし投票のさいには、何食わぬ顔で義理と人情をふりすて、そのときの自分だけの判断でべつの候補に投票していいのだ」。
森毅『裏切りへの期待』

 「裏切りがあって番くるわせが出るのが、秘密投票の制度がよく機能しているということ」と『裏切りへの期待』の中で言った故森毅京都大学名誉教授がどう思っているかはわからない。その結果が堅いと予想されていたため、今回の参院選の最大の関心事は投票率である。

 注目の値は52.61%で、過去3番目の低さに終わっている。59.32%の12年の総選挙に次いで国政選挙で投票率が低い状態が続いている。加えて、この6月に実施された都議選でも投票率は43.50%で、過去2番目の低さを記録している。現政権は有権者の投票参加を促進させるどころか、低水準にとどめている。民主主義へのコミットメントが低くては、どんなに選挙で大勝しても正当性が怪しい。

 今回、沖縄を除く都道府県で投票率が前回より下がっている。しかも、通常高いとされる地方でも落ちこみが見られる。最も低いのは青森の46.25%、次いで岡山48.88%、千葉49.22%の順である。この低投票率の理由としてマスメディアは、与野党間の対立軸が絡み合っているため、有権者が関心を持てなかったことに求めている。その解説にも一理あるだろう。

 投票参加に関して、伝統的政治学のみならず、経済学や社会学、社会心理学などの知見を活かしていくつかのモデルが提案されている。ここでは新たなモデルを示してみよう。投票率の高低はソーシャル・キャピタルの大小と相関関係がある。この仮説を「社会関係資本モデル(Social Capital Model)」と呼ぶことにしよう。

 社会関係資本、すなわちソーシャル・キャピタルの重要性が政治学・経済学・社会学・教育学・人類学など広い領域で認知されてきている。それは人々が持つ互酬性規範や信頼を基盤とした人間関係を始めとする社会的ネットワークである。資本である以上、蓄積が可能だ。

 3・11は社会関係資本の重要性を改めて人々に認識させている。過去の事例からソーシャル・キャピタルが高いコミュニティでは災害からの復興が比較的早いことが知られている。真の復興は日常の回復であり、それにはソーシャル・キャピタルが寄与する。3・11でもNPOが社会関係資本の増加を念頭に置いて支援活動を行っている。岩手県大船渡市の「居場所カフェ」はその一例である。

 孤立した人の投票に参加する意欲が高くないことは想像できる。ただ、それはあくまで直観的な憶測である。

 社会関係資本モデルを確証する実証研究はまだ蓄積されていない。「仮説」と呼ぶことさえ躊躇するが、報告を二例ほど挙げよう。

 ダニエル・アルドリッチ(Daniel Aldrich)東京大学客員教授は、2013年4月20日付『朝日新聞』の「生活を復元する力」において、ソーシャル・キャピタルを育み、「レジリエンス(Resilience)」、すなわち「被災によって奪われた日々の暮らし、日常生活のリズムを、集団としていち早く取り戻す能力」のある街をつくることを提唱している。これまでの調査で強い復元力を見せる地区にはソーシャル・キャピタルの蓄積が認められる。その指標の一つが投票率の高さである。

 同客員教授は、1923年の関東大震災について、東京の40の交番が把握していた十数年分の資料を入手、デモや騒動など社会運動の発生件数が多く、投票率が高い区域ほど人口回復が早いと分析している。知人や友人に誘われてデモに参加したり、地区のために一緒に抗議したりすれば、人とのつながりが強くなる。政治的・社会的運動への参加はソーシャル・キャピタルを増大させ、それは震災復興にも機能を果たす。また、2005年のハリケーン・カトリーナの際に、ニューオーリンズでも投票率が高い区域ほど人口が早く戻っている。このように投票参加とソーシャル・キャピタルは相関性が認められる。

 小山弘美せたがや自治政策研究所特別研究員は、『世田谷区民の「住民力」に関する調査研究』において、世田谷区を事例に社会関係資本と投票参加の相関性を指摘している。彼女はソーシャル・キャピタルを「住民力」と呼び、「地域社会の形成に主体的に参加するための住民自身が保有するソフトな資源」であり、「行政と対等に公共的領域に対して責任をもち、意思決定過程に参画しうる住民の力量」と規定している。

 小山研究員は「パーソナル・ネットワーク量」や「地域活動への参加度」、「信頼」によって構成されているとして、09年に実施した社会調査の結果を集計して住民力を定量化している。その上で、それが影響を与える現象の一つに「投票行動」を挙げている。彼女の言う「投票行動」は「投票参加」のことである。

 小山研究員は、データを示して、ソーシャル・キャピタルと国政・地方選挙の投票参加には相関関係があると主張する。社会関係資本が高いほど、投票参加に積極的な傾向が認められる。その因果性は、ソーシャル・キャピタルが大きいと、自分の一票に意義を見出し、投票に参加するためと考えられる。「住民力が地域的な関心と関連するだけでなく、より広い社会的・政治的関心を高める要素となっている可能性を示すものである」。

 社会関係資本と投票率の相関性を推察させる材料は他にもある。小山研究員の分析によると、ソーシャル・キャピタルは年齢や居住期間を重ねるにつれて蓄積され、また、20代以降、女性は男性より高い。これは投票率の傾向とほぼ重なる。

 なお、個人において社会関係資本は加齢と共に確実に増えるわけではない。経済的に苦しくなれば、出費を抑えるためにつき合いを絞り、ソーシャル・キャピタルを減らす場合もある。

 この二つの成果は社会関係資本と投票参加の相関性を静的に説明している。社会関係資本モデルを正しいと仮定して、動的に拡張すると、ソーシャル・キャピタルが変われば、投票参加も連動することになる。社会関係資本が高くなれば、投票率も上がり、低くなれば、下がる。ソーシャル・キャピタルの蓄積された地区は投票率が高い。それは民主主義へのコミットメントの大きさを意味する。

 世界規模で実施されている『世界価値観調査(WVS: World Values Survey))』によると、日本の有権者は投票以外の政治参加の割合が大きくない。また、請願書への署名やボイコット、平和的なデモなどへの参加も決して多くはない。政治参加のチャンネル・トラフィックの量を「政治資本(Political Capital)」と呼ぶことにしよう。政治資本の豊かな状態が「成熟した民主主義社会」である。従来、日本は政治資本が小さく、有権者にとって投票が政治三回において非常に重要な位置を占めている。先の二つの指摘から政治資本と社会関係資本は関連していることがわかる。時に、両者は相乗効果を持つこともある。

 政治資本量が大きければ、政治への信頼も増し、選挙も意義ある統治選択の機会として機能する。逆に、小さければ、信頼感が保持できず、統治の質も確保するのが難しい。低い政治資本では、投票が質の高い政治につながるとは限らない。投票率が選挙の度に大きく変動したり、低水準で継続したりする可能性がある。有権者が真に意義を投票参加に見出すには、政治資本量の増加が必要だ。それにはソーシャル・キャピタルの充実が要る。

 この静的展開は、かなり荒っぽい議論だが、動的にこう拡張できる。民主主義へのコミットメントの前提となっているのがソーシャル・キャピタルであるから、その増減は投票参加を左右する。投票率の増減は政治資本量に影響を受け、それはソーシャル・キャピタルの変動と関連している。投票率の推移は社会関係資本を表わす一つの指標と考えられる。ソーシャル・キャピタルの変動が投票率の変遷から見えるというわけだ。

 ソーシャル・キャピタルは、「地域社会の形成に主体的に参加するための住民自身が保有するソフトな資源」であり、「行政と対等に公共的領域に対して責任をもち、意思決定過程に参画しうる住民の力量」である。社会関係資本の拡充は今後の日本社会にとって必須である。

 投票率の下落はソーシャル・キャピタルの減少を疑わせる。その状況で選挙で勝ったと喜んでいる政治家がいるとしたら、真に無責任である。投票率の向上にはソーシャル・キャピタルの増大が必要であるのに、それに寄与せず、低下を悪用したからだ。

 従来、地方部は都市部よりも投票率が高い。地縁血縁を含めて人間関係が濃密であり、概して、社会関係資本量が大きい。そこで投票率が下がった場合、その理由としてソーシャル・キャピタルの減少が考えられる。地方ではそれがセーフティネットとしても機能している。だから、資本の減少は危険である。投票率の低下は新たな時代に対応した社会関係資本の育成の必要性を告げている。政治化なら、そう捉えるべきだ。

 3・11以降、市民は官邸デモを始め社会関係・政治資本を増大する多くの機会を経験している。「パーソナル・ネットワーク量」や「地域活動への参加度」、「信頼」は確実に増えている。また、領土問題等をめぐって世論の右傾化が起きている。急進右翼の政治家等の扇動により同調圧力の強い一元主義が勢いを増す。扇情的なデモやそれに対抗する多元主義的運動も活発化している。こうした経緯をたどれば、選挙の投票率が高くなりそうなものだが、迎えた12年の総選挙は過去最低に終わっている。

 それどころか、小選挙区で、無効票が約204万票に上っている。204万票は投票者数の3.31%に当たる。単純比較はできないけれども、総務省の集計ではこれまでの無効票率は2000年の2.99%が最高である。投票所に足を運びながらも、これだけの有権者が無効票を投じている。都道府県別では高知県の5.24%、大阪府4.63%、熊本県4.44%、東京都4.20%の順で、一見したところでは、共通点が見出せない。選挙に対する積極的抗議と言うほかないだろう。

 この総選挙以降、住民投票を含めいくつかの投票の機会があったが、参加率は芳しくない。社会関係・政治資本の格差が生じているのではないかとも推察できる。資本の意義を理解した人は積極的に増やしているが、それ以外の人はそうではない。低投票率は政党政治の問題点を表わしているだけではない。はるかに深刻な事態に社会が陥っていることの警鐘でもある。それを受けとめていない政治家は、資本の減少を促進させる以上、統治に参加するべきではない。
〈了〉
参照文献
小林良彰他、『新訂政治学入門』、放送大学教育振興会、2007年
森毅、『世紀末のながめ』、毎日新聞社、1994年
小山弘美、「世田谷区民の『住民力』に関する調査研究」、2012年10月29日
http://www.toshi.or.jp/download/?key=728d7ff77af63026b7a14a2b19d179fa
小山弘美、「世田谷区民の『住民力』に関する調査研究」、『都市とガバナンス』第19号、2013年3月
http://www.toshi.or.jp/files/reportg19_5_2.pdf
World Values Survey
http://www.worldvaluessurvey.org/

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