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パンクロッカーに憧れた少女の日記(仮)62


中三・三学期
久しぶりに小さい頃の出来事に関するつらい夢を見た。いつもよく見る、算数や数学の授業中に指されてるのに答えられなくてどうしよう!ってひどいパニックになって、起きたあともしばらくは嫌な気分が続く夢よりずっとつらいやつ。私が小3くらいの時、お父さんはボウリングに夢中になってて、会社の人たちと月一回、大会を開くほどだった。私も毎回お供をさせられたけど、ボウリングは楽しくて、将来はプロボウラーになるって真剣に思ったこともあるくらい。あの当時、本を読む以外のことで唯一楽しかったのがボウリング。一か月に2、3度、日曜日や祝日にはお父さんと2人で午前中に家を出て、まず釣り具屋に付き合わされて、それから同じビルの中にあるボウリング場で3ゲームくらいしてからいつも同じ店でラーメン食べて、本屋に寄ったり、金魚屋を見てから夕方前に帰るのがお決まりだった。ある日曜日の朝、例の人とお父さんが大ゲンカをした。原因や理由なんか覚えてない。けど私と里香がずっと大声で泣き叫んでたのを覚えてるから、いつもよりずっと激しいケンカだったんだろうと思う。私はとにかく怖くてたまらず、どうしていいか分からなくなって半分パニック状態で、泣きじゃくりながらお父さんの背中を両手でバシバシ叩いて「お父さん、ボウリング行く約束したじゃん、早く行こう、早く行こう」って言って玄関まで押し出した。ボウリングは確かに行きたかったけど本当はボウリングなんてその日はもうどうでもよかった。ただ、ケンカをやめてほしくて、無理を言う子供のように振舞った。お父さんは超鈍感だから、私がだだをこねてるだけって多分思ったと思う。無理やりお父さんを外に引っぱり出してそのままボウリング場に行って、3ゲームしたところで「もう帰ろう」ってお父さんが言うから、私は家に帰りたくなくて、あと1ゲームだけやろうって頼んで、終わってまた「帰ろう」と言われたけど無茶を言い続けて結局7ゲームもやった。「お前はよっぽどボウリングが好きなんだなぁ、お父さん疲れちゃったよ。お前よく平気だなぁ」ってお父さんはあきれて言ってたけど、この人は何にも分かってないってことがよく分かってがっかりした。ボウリング場を出るころにはもう夕方くらいになってたけど、まだまだ私は家に帰りたくなかったから、お父さんを金魚屋に誘った。家にあった本で見て、ほしいなって思ってた熱帯魚がつがいで入荷してたからそれを買ってもらってから家に帰った。その晩、例の人とお父さんがまたケンカを始めたかどうかは覚えてない。けど次の日起きて、水槽をのぞいたら、買ってもらった魚は2匹とも死んでしまっていた。多分、環境に合わなかったのだろう。いきなり水槽に放すと水が合わなくて死んじゃうこともあるから、いつも新しい魚を買う度にするのと同じく、買ったときに入れてもらった袋のまま水槽に浮かせておいたんだけど。お父さんはもう何年も熱帯魚を飼っていて、難しい魚を繁殖させたり、水質を変えたりするのも得意だったし、ましてや買った魚が次の日に死ぬなんてことは一度だってなかった。だからこの2匹も元気でいてくれると思ったのに、すごくショックだった。私が無理を言って、金魚屋にお父さんを引っ張っていかなければ死なずにすんだのに。かわいそうなことをしてしまって、今でもその2匹のことが忘れられない。魚が死んだのは誰が、何が悪かったのかなんて分からない。誰も悪くないかも知れない。運命かも知れない。分からない。その2匹が狭い水槽の袋の中で泣いてる夢を今日、久しぶりに見てしまって本当につらい。涙が止まらない。私が死なせたってことにしておけば楽なのかな。けどそれじゃなんかいやらしい気がしてそれも嫌だ。もう入試まで何日もないのに、あんな夢を見て、小さい頃のことを思い出したり、どうしていつもこんななんだ。現実だけでもつらいのに、夢の中でも泣いたり怒ったり悲しんだり、本当に疲れてしまったよ。なんだか、毎晩毎晩、数式が夢に出てきてうなされるほどに、今日も明日も塾で連立方程式責めをされたい気分になってる。今は魚のこともボウリングのことも忘れたい。忘れたいだなんて、ずるいのは分かってるんだけどね。熱帯魚の飼い方が載ってる本、大好きだったのにあの日から見ることができなくなってしまった。あの本、もうボロボロだけどまだうちにあってお父さんは魚が病気になったときとかたまに読んでる。お父さんは多分、あの2匹のことは覚えてないだろう。なんていう名前の魚だったかも知らないと思う。本に載ってる写真を見ても、あの時の魚だって分かるわけもないんだろう。それどころか、あの日私がボウリングを無理やり7ゲームもさせたことも覚えてなさそうだ。お父さんは鈍感すぎ、物忘れが多すぎで腹が立つけど、逆に色々覚えてて、いちいち言ってこられたりしたらもっと気分が悪くなりそうだから、忘れてくれてていいような気がするよ。人生は本当に本当につらいことだらけだ。入試のことだけ考えてればいい奴等のことが心底、うらやましい。うちには昔から2つの大きめの水槽があって、1つは熱帯魚用、もう1つにはお父さんが釣ってきた海水魚がいる。熱帯魚はちびっこいのが沢山いて、もう何年も生きてるし見ててもつらくはないけど、海水魚は見ててつらい。こんな狭いところで飼われるなんて。私が水槽に手を近づけると、エサをもらえるものだと思ってついてくる。なついてくれてるのがかえってなんか嬉しいけど悲しい。こんな狭い水槽じゃ、ご飯食べることしか楽しみないんだろうな。かわいそうだ。里香は犬がほしい、犬がほしいっていつも言ってるけど、私は大人になって一人暮らししても絶対に生き物は飼わないと決めてる。ちゃんと育てられる自信もないし、何より死ぬのを見るのがつらいから。一生、絶対あの2匹の魚のことを忘れることはないだろう。一日たりとも忘れないってことはさすがにないけど(今日、夢を見て久しぶりに思い出したくらいだし)、数あるつらい記憶の中の1つとして、忘れることは絶対にないと思う。