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酔いどれ雑記 207 あの部屋

昨日ふと思い出したの、もう20年以上前に住んでたアパートのことを。古くて汚い私だけの部屋のこと。

子供の頃からずっと、大人になりかけても6畳一間のアパートで家族4人で暮らしていたから自分だけの部屋があこがれだった。一人で住むにはちょっと広い部屋を借りた。ほぼ一日中仕事で、家にはあまりいなかったけれど帰った時にはいつも無駄に遅くまで起きていたっけ。そのくらいあの部屋が好きだったんだ。

私の部屋の下は広いカラオケスナック。私と同じでいつ休んでるの?というくらい毎日昼も夜も営業していた。安普請のボロアパートだから聞こえてくる、タンバリンやマラカスの音、顔もろくに見たことないマスターの声、そして下手くそないつもと同じ曲......。飽きないの?というくらいレパートリーが少ない。きっと常連さんばかり毎日集まってるんだろうな。

深夜12時を過ぎても聞こえてくるその賑やかな音が子守唄代わりだった。毎日毎日同じ歌が聞こえてきて、ものすごい安心した。いつも同じだからこそ、ここにいれば絶対に安心だって思えたの。

それから何年か経って、旅に何度も出た。遠い異国でいつもジョニーウォーカーを飲んだ。あれはきっとそういうわけだったのだろう。よそ者でいることで少し寂しくなったときに決まって欲したのは世界どこでも同じ味のスコッチ。ああ、見える、聞こえる、あの部屋が。私は今あの部屋にいるんだ。