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タヒチの女 ー母の死についての覚書 19


パラヒ、母。
今日は母を火葬する日。母の肉体を認める最後の日。
今日もまた駅で妹たちに拾ってもらい、葬儀社に寄って母を乗せた車に先導される形で火葬場へと向かった。

火葬場の建物に入る前に父が煙草を吸いたいと言ったので申し訳程度に設けられた喫煙所で伯父夫妻を待つことにした。妹夫妻は先に中に入って行った。
父はセカンドバッグから煙草と折りたたまれた寿司屋のお品書きを取り出し
「今日これ終わったらうちで4人で寿司でも取って食おう。あと果物も用意しておいたからよ、帰ったらお前剥いてくれや」と言った。
そんな話、今じゃなくていいじゃないかと思ったが、もう何でもいい、どうでもいいと思った。ただひたすら疲れていた。

伯父夫妻がタクシーでやって来た。昨日まで気付かなかったのだが、伯父は脚を少し引きずっている。父によると、脚が悪いのではなく心臓に疾患があるのだという。

着いてから火葬まではあっという間に進んだ。合同の待合室のようなところで葬儀社に支払いをしたが、今日は吊りバンドの親父の姿は見えず、初めの日に出迎えてくれた年配の女性が来ていた。

炉の前の、遺影が置かれた祭壇に進み、母が眠っている棺の前にみんなで集まって最期の別れをした。
「昨日は母の日でしたから、カーネーションを用意させていただきました」
赤と白のカーネーション。一輪一輪、母を飾っていく。相変わらず、憎たらしいほど母は美しい。パラヒ、グッドバイ、さようなら、母ーー何度でも言おう。死ぬ間際、幸せだったあなたが死ぬほど羨ましい。

「では、お名前の確認をお願いいたします......お間違えないですか」
炉の扉が締められた。

遺族の狭い控え室、とはいっても6人しかいないので広く感じた。そこで我々は伯父夫妻と父、妹夫妻と私と二手に分かれて座った。
途中、妹夫妻が売店に行くために席を離れたが私は父たちと合流せずに一人で半分目を閉じていた。墓はどうするのかなどという会話が聞こえてきたような気がしたがよく覚えていない。
妹夫妻が戻り買ってきた菓子を配り終えて着席すると妹が小声で
「お父さんは嫌がるかも知れないけどさ。優司とも話し合ったんだけど、お母さんのお墓建てようかなって思うんだ。ペットも入れるやつ。うちの犬もいつか入れられるしさ。お母さん犬好きだったし。ちょうどいいなぁって思わない?」
冗談じゃない、とんでもない提案だと思った。妹は墓のお金は出すと言っているがーーそういう問題ではなく、いや、それもあるけれど......高価な墓など我が家には不要だし、私は出来るだけこの件にお金をかけたくもなかったから。だがそれより南家の墓を建てるということはすなわち私がその墓を管理しなくてはならないということではないか。もうこれ以上この家に縛られるなんて御免だ。
これはなんとしてでも絶対に阻止しなくてはならないと思った。父は私と妹がお金を出すというのならば諸手を挙げて歓迎するに違いないが、妹夫妻が出すとなればきっと反対するであろう。父は稼ぎの良い娘婿に並々ならぬ嫉妬心、劣等感を抱いているから。

ああ、どうやって阻止しようか。父に今検討している永代供養の合同墓で納得してもらうにはどうしたらよいだろうか。
苦悩の種は尽きなかった。