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第15話: 「砂の惑星の僕ら」

【連載】新月前夜、窓、そして君の事。/ 文・イラスト: セキヒロタカ

・・・

僕はまた砂の惑星の夢を見た。
彼女からこのペンダントをもらってから、僕は砂の惑星の夢を見るようになった。
最初に見たのは、ペンダントをもらった夜だ。
彼女がいなくなる前の夜。

砂の惑星の夢。
多分、これは夢、なんだろう、と思う。

 ・・・

僕と彼女は宇宙船に乗っていた。
外には、僕たちの星、砂の惑星が見える。
僕たちは、遠く離れた惑星に派遣されるのだ。
僕たちは、人工冬眠で冷凍されてその星までたどり着く。
だから、到着したときには、僕たちの星ではもう僕たちの家族も友人も生きてはいない。それを理解しての任務なのだ。

僕たちの星は滅びつつあった。
だから僕たちは居住可能な他の惑星を見つける必要があったのだ。
故郷の星を離れれば、再び故郷の者と会う可能性は極めて低い(居住可能な星がすぐに見つかって、すぐに移住しない限り)。孤独な任務だが、誰かがやらねばならない任務だと誰もが分かっていた。
そして、僕たちの星は、大きな多細胞生物のように、星の住民と星そのものが意思を共有していた。
多くの若い住民は孤独な任務を帯びて遠い宇宙に旅立っていった。

僕たちも同様だった。
でも僕たちは特に孤独だとも思わなかった。僕たちが必要としたのはお互いだけだった。

僕たちは、人知れずその遠い星の調査を行い、そして、僕たちは、僕たちのルールで、遠い遠い故郷の星に向かってメッセージを送るのだ。その星の新月の前夜に。もはや自分たちの知る人は誰もいない故郷に。

僕らは、降りたった惑星の住民になりすまして調査を開始した。
その日々が、動画サイトの静止画高速フィードのようにパラパラパラと流れて行った。

どこかで見た風景。この風景は知っている。
ここは・・・

 ・・・

見覚えがある理由に気付いた瞬間、はっと目が覚めた。
僕はシルバーのペンダントトップを握りしめていた。

「駅前のコーヒーショップだ。」

手のひらをそうっと開くと、ペンダントトップがまた緑色に光った。この前と違って今回はもっとはっきりと光った。部屋の壁がその光を反射して、少し緑色に見えた。彼女からこのペンダントをもらってから、いつも大事な時にこのペンダントは僕を必要な場所に導いてくれた。

そして、僕は、今日は新月の日、つまり、砂の日だ、ということに気付いた。僕の中ですべてがひとつに繋がった瞬間だった。

行かなきゃ。駅前のあの場所に。

 ・・・

その日は、どんよりと曇っていたが、2月とは思えない暖かく乾いた風が強く吹く日だった。
僕はその風の中、駅前のコーヒーショップに向かっていた。
頭はまだ眠剤と安定剤でぼんやりとし、足元はふらふらしていたが、僕はコーヒーショップへ向かった。

途中、車道側に倒れそうになり、それに驚いて怒鳴るタクシーの運転手に謝り、赤信号に気付かずに横断歩道を渡って大型ダンプに巻き込まれそうになりながら、僕は駅前に向かった。

「今日は砂の日だ。今日は砂の日だ。」

僕は歩きながら、心の中でそう言い続けていた。

 ・・・

コーヒーショップに入って、僕はすぐに窓際のバーテーブルの方に目をやった。バーテーブルには、サラリーマン風の男がひとり腰かけて、モバイル PC のキーボードをせっせと打っていた。

僕は心底がっかりし、そんなに物事上手くいくわけはない、と心の中でつぶやいた。
僕は、ブレンドコーヒーのショートサイズを頼んで、窓際のバーテーブルに運んだ。特にコーヒーが飲みたい、というわけでもなかった。それに、僕は抗うつ剤の影響でカフェインに過剰に反応してしまうのだ。
僕は、トレイの上のコーヒーカップに触れることもなく、ただぼんやりしていた。

そのとき、彼女からもらったペンダントのシルバーのトップがカップに当たって、ちん、と音を立てた。僕は、はっと、我に返り、目の前のガラスの向こう側から来る視線に気付いた。そこには、こちらをじっと見て立っている女の子がいた。

  ・・・

彼女だった。

(つづく)


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