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死にたい夜に読む本は

文章を書くときは、いつも、書き終わった時に、世界が少しでも丸く柔らかくなりますようにと祈っている。

だけど今日は、心がざらざらしているときにしか書けない文章を残しておこうと思う。

・・・

不遜極まりないことを承知で書くのだけれど、生きてるのがめちゃくちゃ面倒になる時がある。
これは、30代のときには一度も感じなかった感情で、メンタルというよりはフィジカルがやられることが増えた、つまり、老化の結果、生まれた感情だと思っている。
容れ物にガタがくると、水も漏れる。

とくに、この時期はしんどい。
身体の構造的に髄液が流れにくいため、気圧の低い梅雨時期は、とにかく身体がきつい。具体的に痛みを伴う時も多い。
毎年この時期は自衛のため鈍色の東京を離れるのだけれど、今年はコロナでそれもできず。

こういうときは、ぱたんと外部から刺激を受ける部分の窓を閉じてしまうのが安全なのだけれど、これをすると文章を書きにくくなる。

閉じて書きにくくなるか
開いて軽く病むか
今のところ、よい解決策が見つかっていない。

ライターであるならば前者で乗り切れるが、エッセイやコラムを書こうとすると前者ではいられない。後者に片足を突っ込んで、踏み外さないようにおそるおそる生きる。

↑七夕をイメージした花だとか。お部屋の中に、天の川。

加えて、今年は不眠が続いている。

もともと超ロングスリーパーなのだけれど、ここ1ヶ月ほど、どんなに疲れて入眠しても、飲んだくれて寝ても、数時間で目が覚めてしまう。これは、初めての経験だ。
最初は物理的な痛みで分断されていた睡眠だけれど、最近は痛みがなくても目が覚める。
今日こそは眠れるかも、と期待して目をつむるのに、目が覚めたら1時間しか経っていない時の絶望感。

こういうときに、あー、こういうのもう、めっちゃ面倒だなって思ってしまう。
となりにどんなに可愛い息子がすやすや寝ていても、この面倒さはどうしようも無い。生きたいという気力が、ぽたぽたとこぼれて夜に溶ける。

病院に行った。
ストレス診断を受けると、中度のうつ病と判定された。
眠れないだけで、日常生活にほとんど支障はない。こんなに元気なうつ病ってあるのかなって思いながら、入眠剤をもらう。
薬漬けになり、そのまま戻ってこれなくなった知り合いがいて、薬を使うのは抵抗があると伝えたら、ごくごくマイルドなものからスタートしましょうと言われた。いまはまず、眠ることが大事です、と。

・・・

そんな水無月と文月の憂鬱を、本を読むことで、具体的にいうと連作の推理小説を読むことで、なんとかやり過ごしている。

なにせそれまで睡眠時間だった時間のほとんどを読書に費やしているのだから、すごく捗る。
2時間寝て、5時間読んで、また1時間寝て起きる。そんな毎日。

目が覚めてしまった悲しさを、小説の続きを読めるという期待でなんとか上書きする。
処女作からここまで50冊くらい読んでいる。やっと2016年に書かれたぶんに追いついた。最新作まであと40冊くらいあるし、たぶん何度も読み返したいシーンもあるから、しばらくは読み続けられそう。

いろんな人が、1冊ごとに解説を書いているのだけれど、そのうちの一人を知っていた。大学時代のゼミの准教授だった。当時は助教授と言ったか。私たちとあまり年齢が変わらず、異例の出世だと聞いた。先生というより先輩という感じで、とてもチャーミングな人だった。
彼女の解説は、斬新な視点で書かれた素晴らしい文章だった。それを読んだ小説家ご本人も、(これは滅多に無いことのようだけど)ご自身のエッセイで手ばなしに褒めていた。
その数年後、彼女は、若くして癌で亡くなった。
彼女の解説は35冊目くらいに登場する。

もう一人。昨夜読んだ解説は、やはり若くして鬼籍に入った女性が書いたものだった。
その巻は、シリーズ全体の大転換点で、彼女はその節目に立ち合った興奮を語り、全巻を読み直すことを読者に強く勧め、この先の展開を心待ちにしていると書いていた。その跳ねた文章からは、「ほんとうに」、心待ちにしてることがありありと想像できた。
でもその数ヶ月後、彼女は死んだ。詳しい死因はわからない。死ぬことについてよく書いていた人だったから、自死だったという噂が流れ、すぐにそれが否定され、事故死だと言われた。
でもすごく変な話だけれど私はその訃報を聞いたとき、自死のほうが救われるなと思ったんだ。自分が選んだ死でないとしたら、彼女があの小説の続きを読めないことがとても気の毒だと思ったから。いや、わたしが知らないだけで、天国でも続編は読めるのだろうか。
彼女の解説は50冊目くらいに登場する。

これは大人になってから学んだことだけれど、

死んでしまえ
と言われるよりも
死にたい
と言われる方が
100倍こたえる

だから、死にたい、という言葉だけはつかわないでほしいと、夫にも息子にも伝えてきた。

でも、その言葉をのみこむことのほうが、もう少し大きな危険に結びつくときがある。これもまた大人になってから学んだ。

大事なのは、死にたいと言わないことじゃなくて、死にたいと思ったところから戻ってくることのほうだ。
その方法が、いくつかあると、いいなと思う。

いま私にとってそのうちのひとつは、連作の推理小説だったりする。
亡くなった2人の女性のことを考えながら、ページをめくる。

そうして、今日も、朝がくる。

【追記】
信じがたいのだけれど、不眠の原因は生き霊でした。お祓いしてもらったらすぐに眠れるようになった。まさかの。

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