【鼎談】ライターから著者になる道とは? 佐藤智さん・友清哲さんに聞きました
著者になるきっかけは飲み屋にアリ?!
さとゆみ:『本を出したい』を読んでくださっている方の中には、「自分の名前で本を書きたい」と思っているライターさんが多いと感じます。智さんも、友清さんも、そして私自身も、ライターとして活動する中で著者になった経験を持っています。今日は著者として本を書くことになった経緯や、ライター業との違いなどをお伺いできたらと思っています。
私が初めて自著を出したのは、出版スクールに通ったことがきっかけでした。智さんと友清さんはどのようなきっかけで著者になったのでしょうか?
佐藤智(以下、智): 私はフリーのライターになったタイミングで、知り合いの編集者さんと飲み会で再会したんです。その時に最近の関心事を聞かれて、「ここ数年公立の中高一貫校が増えてきているけれど、情報が少なくて、保護者たちは『なんだか良いらしい』という噂でザワザワしている」とお伝えしました。「実際に学校に取材に行ってまとめた本があれば、需要があると思います」と話したところ、「ぜひそういう本を作りましょう!」となり、『公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント』を出版することになりました。
さとゆみ:智さんは、自著を出す前から教育ジャンルに関わっていたのですよね?
智:フリーのライターになる前は教育情報誌の編集者でした。全国の学校の先生を取材して、教育者向けの記事を作る仕事をしていました。独立後は1000人以上の教育者に取材させていただくぞとか、日本全国の学校を巡るぞという目標を掲げて、自分自身に教育ライターというタグをつけて活動してきました。
さとゆみ:私もヘアスタイルに特化したライターとして活動していた経験を活かして、髪の毛をテーマにした本『女の運命は髪で変わる』を出版しました。智さんと私は特定のジャンルに特化することで、業界との繋がりを作り、そこから著者になった気がしますね。友清さんはどうでしょうか?
友清哲(以下、友清):僕は専門ジャンルがあるわけではなく、取材の延長線上で著者になりました。初めて自分ひとりで企画、取材、執筆まで担当した本は『人気作家10人が教える新人賞の極意』という本です。その本を書く1年ほど前から、ミステリー小説にどハマりしまして。古本屋を巡って気になる作家の過去作品を片っ端から集めて、読み漁っていました。そのうちに、同じミステリー作家でも個性が異なることに気がつき、彼らの生態に興味が湧いてきたんです。
そこで、小説家に取材して本を書きたいという企画書を作り、飲みの席で知り合いの編集者さんに渡してみました。すると、「この作家たちが取材に応じてくれるなら、企画は通る」と言われたので、「ぜひ実現させてください!」とお願いしたんです。
さとゆみ:2人とも編集者さんとの飲み屋での会話がきっかけで著者になったのですね(笑)。
友清:僕からすると、業界の繋がりから著者になるという発想がなかったです。さとゆみさんは著者になるためのゼミに行かれたのですよね?
さとゆみ:はい。ある版元(出版社)さんが開催した著者になりたい人のためのゼミに通いました。その版元さんは新人ライターは使わないと噂があったのですが、そこでブックライティングがしたかったからなんです。「私は著者になるつもりはないのですが、ブックライティングの勉強をしたいので、参加させてください」と応募書類に書きました。
だから、最初は自分の本を出すつもりは全然なかったんですよね。でも、そのスクールで「人の企画ではなく、自分の企画を出してください」と言われて。自分で書けることは何だろうと探す中で生まれたのが『女の運命は髪で変わる』です。
友清:それがいきなり大ヒットするわけですよね。
さとゆみ:ありがたいことに、今、19刷になっています。髪のことを語るなら、美容師さんや毛髪診断士のような方しか無理だろうと思っていたのですが、このとき、「全国各地の美容院や美容メーカーを取材してきたライターだからこそ書けることがある」ことに気づきました。
このあたりは、多分、智さんとにていますよね。
書きたいことがあるから本を出す
さとゆみ:私たち3人はライターから著者になるという経験をしましたが、著者になるために必要なことって、何だと思いますか?
友清:書きたいものがあるかどうか、これに尽きると思います。「著者になること」そのものを目的に本は書けない。それで企画が通るなら神業ですよね。
さとゆみ:著者になりたいというモチベーションだけでは企画は通らない。書きたいテーマや伝えたい内容があることが大切だということですよね。
ただし、書きたいと思う内容については、自分自身に蓄積がなくてもいい。取材をして書くのもアリだと。
友清:僕はまさに取材をして書く方法で著者になりました。ある時期からは、自分を「ルポライター」と称するのが一番しっくりくるようになりました。ある時はクラフトビール、ある時は戦争遺跡、ある時はオカルト……。自分の興味関心を全国津々浦々に見つけて、そこに飛び込んでネタを貯めてきたんです。
さとゆみ:友清さん、ものすごいフットワークの軽さですよね。いつも東京にいないイメージ(笑)。
友清:そうですね。2日もあれば地方に飛んでいます。違う用事で地方に行っても、そこで面白いネタを拾ってきたら、それが数年後に仕事になったりもしますよ。
智:興味さえあれば、丸裸で飛び込めばいい。その姿勢があれば、どんなジャンルの本でも書ける可能性がありますね。そういう著者のスタイルも魅力的ですね。
さとゆみ:自分が持っているコンテンツで本を出そうと思ったら、何冊も出すのは難しいですよね。取材をして書籍を作る方法だと、書けるジャンルや可能性がぐっと広がりますね。
テープ起こしの有無で変わる執筆時間
さとゆみ:私たち3人はブックライティングと自著、どちらも経験していますよね。双方にどんな違いがあると思いますか?
友清:ブックライティングは、あくまでも著者の本。だからこそ、著者の意向を最大限尊重しながら執筆するように心がけています。
さとゆみ:執筆時間はどうでしょう。
智:私はブックライティングも自著もあまり変わらないですね。どちらも1冊10日くらいかかります。
さとゆみ:私はブックライティングの場合、7〜8万字くらいを4日くらいで書き上げることが多いです。一方で、自著の場合はもう少し時間がかかります。
智:自著だと、何に時間がかかりますか?
さとゆみ:『本を出したい』の場合は、まず自分の経験を思い出してリストアップすることや、その中から何を書こうかを決めることに時間がかかりました。書き始めると、構成案の通りにはいかないなと気づくことも結構あって……。
智:自分の棚卸しは時間がかかりますよね。
さとゆみ:一方で『女の運命は髪で変わる』は1日2万字のペースで書き進めて、第1稿は3日で仕上げたんですよ。それはライター仲間に取材してもらってテープ起こしをしてもらい、そのテープ起こしを見ながら「佐藤友美さんの本をブックライティングする」ような感覚で書いたからなんです。
『書く仕事がしたい』のときは、自分の考えを棚卸しするために200日間ラジオトークで音声配信をして、それをテープに起こして執筆しました。同じ自著でもいろいろな書き方がありますよね。
智:取材のテープ起こしがあるかないかで、執筆のアプローチがだいぶ違ってきそうですね。実は私はテープ起こしがない状態から書いた経験がないんです。「はじめに」と「おわりに」は自分で考えて書くけれど、あとは取材したときのテープ起こしを元にまとめていくような感じです。
さとゆみ:テープ起こしがある本を書くのは、自著であってもライターの仕事の延長線上にある気がしますよね。
智:そうですね。今後はテープ起こしがない、ゼロから自分の文章を作り上げる原稿にもチャレンジしてみたいです。
本を出すと人生は変わるのか?!
さとゆみ:本を出す前と出した後で、人生に変化はありましたか?
友清:よく聞かれる質問なのですが、僕は「本を出しても世界は変わらない」と言ってます。
初めての自書は販売部数も悪くなく、後に文庫化されて重版もかかりました。自分の満足度は高かったですし、これを機に文芸関連の仕事も増えました。しかし、著者としての知名度が上がったかと言われたらそうではないですね。
さとゆみ:その本があることで、いわゆる名刺代わりになったり、次の仕事が取りやすくなったりといった変化はありませんでした?
友清:当時は出版業界に今よりも力があったので、本を出すことで一目置かれる存在になれたとは思います。まだ20代の若造が、それなりのボリュームの本を書き上げることができました。これは書くことへの自信にもつながりました。
でも、今の出版業界において、本を一冊出すことで人生が大きく変わるかというと、うーん……という感じですね。
智:私は本を出版したことで、講演依頼や読者の方からお子さんの教育に関する相談を受ける機会が増えました。これはライター時代にはなかった経験です。
智:私、著者になって気がついたことが2つあるんですよね。
1つ目は、著者の仕事は原稿を書くだけではなく、販促活動も重要だということ。1冊目を書いたときの私はその自覚が足りず、担当編集者の方には本当に申し訳ないことをしたと思っています。
2つ目は、本を出した後の道筋を描いておくことの大切さです。一つひとつの仕事を点ではなく線や面にしていく。そのために自分が取るべき行動を想像して準備しておかないと、せっかくのチャンスも一瞬で終わってしまうことを痛感しました。
さとゆみ:智さんの3冊目の書籍『SAPIXだから知っている 頭のいい子が家でやっていること』は、発売前からズラリと平積みされて話題になっていました。この本を出版された時は販促活動にも力を入れたのですか?
智:SAPIXの本を出した時は、1冊目を出版した時の反省点を活かして、もっと積極的に自分から動こうと決めていたんです。発信に力を入れたり、担当編集者さんと一緒に教育熱心な保護者が多い沿線の書店に営業に行ったり、以前教育関連の原稿を書かせていただいたメディアの編集者さんにゲラの段階で目を通してもらったり。自分にできることは何でもやりました。
さとゆみ:SAPIXの本は智さんの企画だったのですか?
智:編集者さんの課題意識から生まれた企画なんです。自分の子どもを中学受験させるかどうか悩んでいるから、それを解決できる本を作りたいと。そこで、教育関係のことを書ける人を探していたところ、1冊目の担当編集者さんが、私を推薦してくれました。
ただ、私自身は中学受験は選択肢のひとつであると思っていて、全員に推奨しているわけではありません。編集者さんには「中学受験万歳みたいな本は書けない」と伝えたところ、「むしろ、フラットな立場であったほうがいい」と言われ、書かせていただくことになりました。
「自分のフィルター」を通して書く重要性と怖さ
さとゆみ:本を書く経験を通して、自分自身が変わったことはありますか?
智:最初の本を出した時は、読者の方から質問をいただいた時に、自分のポリシーを話せる状態ではなかったんです。というのも、自分の教育観みたいなものがまだ定まり切っていなかったからです。1,000人以上の教育者を取材することで、自分なりの考えが育ち、SAPIXの本を執筆した時には、自分の考えを盛り込んで本が書けたと感じています。
さとゆみ:原稿の書き方も変わった?
智:1冊目の自著はライターとしても経験が浅かったので、「取材先の話を忠実に書くべき」という考えから脱せていなかったな、と。一方で、SAPIXの本を書く頃には、自分のフィルターを通して内容を取捨選択できるようになりました。
さとゆみ:智さんのフィルターとは?
智:私には伝えたいことがあるんです。例えば「子どもの個性にあった学校を探していこう」とか、「中学受験は親のコンプレックスの投影であってはいけない」とか。「子ども中心の教育や学びを広げていきたい」という想いを著書というツールで伝えていきたいと思っているんですよね。
さとゆみ:自分の軸となる考えが固まってきたのですね。友清さんはどうでしょう。取材した原稿にご自身の考えを盛り込むことについて、どう考えていますか?
友清:僕の場合は、書くテーマが毎回違います。だからこそ、自分の視点を前面に出すよりは、「こんな面白い事象があるんだ」「こんな魅力的な人がいるんだ」を伝えることに重点を置いてきました。ただ、最近書いた『横濱麦酒物語』は、徹底的にリサーチして事象を掘り下げて解説したので、自分なりの見解を示しやすかったですね。
さとゆみさんは、ご自身のフィルターを意識して執筆されていますか?
さとゆみ:私は、49歳で生涯を閉じた伝説の美容師・鈴木三枝子さんの評伝『道を継ぐ』を執筆した時に、著者の視点を盛り込むことの大切さを学びました。
この本は、鈴木さんと関わりのあった193人への取材をもとに書き上げたものです。最初の原稿は、193人分の取材をただまとめただけのようなものになってしまって、編集者さんから「鈴木さんの生き方を一般の人に伝えたいなら、今の書き方ではダメだ」と指摘されたんです。
「なぜ鈴木さんは最後までお店に立っていたのか」「どうして病気のことを隠し通したのか」「教え子たちはなぜ鈴木さんに叱られたことを自慢するのか」そういう謎を織り交ぜて、読者に最後まで読んでもらう工夫が必要だ、と。
ただ、そうやって故人を私自身の目を通して書いたことによって、「自分の知っている鈴木三枝子さんではない」と思う方もいたと思います。自分の視点で書くことの大切さと、同時にその怖さを思い知る経験でした。
智:さとゆみさんの話を聞いて、改めて著者として何が大切かを考えさせられました。怖いことでもあるけれど、自分なりの視点を投げかけるチャンスでもあるんですよね。そのためにも自分のものの見方を育てていく必要がありますね。
本を書くことでたどりつく「発見」
友清:この間、超有名な作家さんから「最近、重版がかからないんだよね」という話を聞きました。もちろん、著名な方ですから初版の部数がものすごく多いのですが、それにしても、本が売れない時代なのかもしれませんね。
智:それでも、本を出したい人はたくさんいると。
友清:本を書くのは楽しいですからね。『横濱麦酒物語』を書くために調べ物をしている時も、めちゃくちゃ楽しかったです。古代メソポタミア時代には、パンを水に浸して再発酵させてビールを作っていたんですよ。その工程が石碑に刻まれているんです。ビール好きな方は多いけれど、ここまで歴史を深く知っている人はきっとそこまでいないだろうと思い、執筆に熱が入りました。
さとゆみ:本を書く過程で新たに知ることがあったということですね。
友清:書き始める前に想像していた内容とは全く違うものになりました。
さとゆみ:「はじめに」を書いている時には想像もしない場所に連れて行ってくれる。これが本を書く楽しさですよね。
智:私は地域によって本の広がり方が異なることも、本を出して知った面白さでした。
さとゆみ:へええ! そうなんですね。
智:SAPIXの本は、東京と、私がいま住んでいる青森では反響が全然違ったんです。
東京ではSAPIXの知名度が高いので、想定した通り、中学受験を考えている人たちが手に取ってくれました。でも、青森にはSAPIXがない。そもそも教育関連の本が書店にあまり置かれていない。だからこそ、青森では、純粋に子どもの興味関心を家で育てる方法を知るためにこの本を手にしてくださった方が多かったんです。
自分で書いた本が、読者の手に渡るとそれぞれの解釈で受け止められていく。同じ本でも、地域が変われば、本の受け取られ方や広がり方が大きく変わることを身をもって感じました。
さとゆみ:地域によって広がり方が異なる。面白いですね。広がるといえば、友清さんは『日本クラフトビール紀行 』をきっかけに、クラフトビールのお店もオープンしたんですよね。
友清:そうなんです。昨年9月に代官山に国産クラフトビール専門のビアバー「ビビビ。」をオープンしました。お店には僕が直接取材した作り手のクラフトビールだけを置いています。他のビアバーとはラインナップが違うので、ビールマニアが遠くからわざわざ来てくれるようになりました。本を書く原動力となった情熱が、現実の世界にも伝播しました。
さとゆみ:「ビビビ。」は本の内容を実際に体験できる場所なんですね。今度飲みにいきますね。
本を出すチャンスはある。だからこそ本当に本を出すべきかを考える
さとゆみ:最後になりますが、ライターから著者になったお二人から、本を出したいライターさんに向けてアドバイスをいただけますか。
友清:「本を出したい」というモチベーションは大切です。しかし、その気持ちだけで企画を通すのは難しい。一方で、本が売れない時代だけれど、出版社は一定数の新刊書籍を出版し続ける必要があるため、昔より企画が通りやすい気がしています。だからこそ、著者になるチャンスはあります。甘く見てはいけないですけどね。
さとゆみ:出版社のサポートを得て、自分の書きたいことを書ける。これは本当にありがたいことですよね。
友清:書きたいことがあるなら、本を書くほど楽しいことはありませんからね。
智:自著を出すことが心から楽しいことだと知っているからこそ、私は本を出したいと思っている人に、悲しい思いをしてほしくないと思っています。地方に移住してから、知り合いが出版ビジネスの食い物にされている事実を知りました。高額な料金を払ったのに本にならなかったり、自分の書きたいものと違う内容を求められたり。
もちろんプロデューサーさんや編集者さんのアドバイスは尊重するべきですが、、友達に「私がこの本出したんだよ」と胸を張って紹介できない本になってしまうのであれば、出版にこだわる必要はないのかなと。ひとりの編集者さんとうまくいかなかったからといって、あなたの想いが間違っているわけではないし、チャンスは必ずまたやってくる。それにブログやSNSなど、本を出す以外の選択肢で発信することもできます。
本を出すことは素晴らしいことだし、私は出版業界が大好きです。だからこそ、本を出すことは頑張っている人たちの想いが結実することであって欲しいと思っています。(了)
撮影/深山徳幸
構成・執筆/大浦沙織
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