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続刊希望!

〈ヘレンの崖っぷち転職記〉シリーズ
エレイン・ヴィエッツ/著
中村有希/訳
創元推理文庫

めちゃくちゃ面白いのに4冊しか邦訳されていないミステリシリーズ。
主人公ヘレンはとある事情によって国内を逃げ回り、南フロリダに流れつく。自分のデータを残さないために、現金払いをしてくれる職を探すしかないのだけど、そういう職場はなかなかみつからない。
やっとみつけてもトラブルばかりで、また転職するはめになってしまう…。
住んでいるのは古いけど美しいアパートメント。個性的な大家もいるし、小鳥と暮らす(ペット禁止なのに)友達もいる。

1作目『死ぬまでお買い物』では、ヘレンは高級ブティックで働く。店長のお眼鏡にかなう美貌とファッションセンスがなければ店にも入れてもらえない。
この作品で一番心に残ったのは、大家のマージョリーの「ビタミンCは必要だ」というセリフ。これを濃いスクリュードライバーを差し出しながら言っているのがかっこいい。オレンジジュースなんてほんのちょっとしか入ってなくて、ビタミンCはほとんど摂れないと思う。たばこモクモクで紫のホットパンツでアクセサリーもジャラジャラの76歳。登場人物の中でマージョリーが一番好き。

2作目『死体にもカバーを』では書店で働いているヘレン。オーナーや困ったお客さんに悩まされながらもがんばるヘレンに、新たな災難が襲いかかる。夜中、猫が騒ぐので起きてみると部屋中が羽虫だらけになっていた。飛び回り、這い回り、たかりまくり蠢く虫、虫、虫…。掃除機でも吸いきれない大量の虫はシロアリだった。ちょうどこの本を読んでいるときに、私の家にもシロアリが出たので偶然とはいえおもしろく、引き込まれていった。舞台が本屋というのも楽しかった。この巻でもヘレンは殺人事件に巻き込まれ、というか首をつっこみ危険な冒険をしていく。そしてやっぱりマージョリーの活躍も見逃せない。

3作目『おかけになった犯行は』ではヘレンはコールセンターで働く。詐欺まがいの商品なんじゃないかな、という浄化槽用洗剤の電話セールスで、相手からは罵倒される消耗の激しい仕事だ。そんな中、電話越しに誰かが殺されるところを聞いてしまう。警察からは勘違いと言われてしまうけど、ヘレンは納得できなくてまた事件を嗅ぎ回るはめに。情報を得るために潜り込んだバイト先ではとんでもない格好を求められるし、それを見られたくない人に見られてしまうし大変。
この作品でしびれたのは「ホールドアップ。動くな。こっちは銃を持ってんだ」「あたしゃ、撃つと言ったら撃つ」というセリフ。夜中の1時半に三十八口径スペシャルをかまえたマージョリーだ。本筋とはちょっとずれるけど、私の一番好きなシーン。

4作目『結婚は殺人の現場』今度はブライダルサロンで働くヘレン。最初の高級ブティックと客層は似てなくもない。毎日かさばるドレスを運んで着せて、運んで片付けて、わがままなお客さんに対応する。
なかでもトラブルメーカーはある花嫁の母親。花嫁本人よりも目立ちたがるし、魅力的だとアピールするしやっかな人物。でも挙式当日に死体で発見され、ヘレンは警察に疑われてしまう。おまけに恋人との仲にも不安が出てくる始末。今回もやっぱりヘレンは自分で事件を調べることになっていく。

コージーミステリの特徴として、主人公が自ら事件に首をつっこんでいく、という点がある。危険な目にあっても自業自得ともいえる場合も。
でもヘレンの場合は少し違う。自分が、親友が疑われたから、どうしても真犯人を見つける必要がある。自分や周りに危険が及ぶから、警察が取り合ってくれないから、真実を突き止めなければならない。そういった理由があるので、多少危ない目にあったとしても納得して読める。
シリーズを通して本編とは別に、ある問題が起きている。それは古くも美しいアパートメント〈ザ・コロナード〉、愛すべき大家や友人のいるこの建物の「2Cの部屋」の入居者がなぜか問題ありだということ。今度こそは、と期待するのにどうしてもおかしな人ばかり来てしまう。次はいったいどんな人が来るのだろう。

1巻から4巻まで、おもしろくて夢中で読んだ。実は購入するまでは、好きじゃないタイプならどうしよう、という躊躇いがあった。でも手に入れて本当に良かった。何があっても諦めないヘレンも、かっこいいマージョリーも大好きになった。それから宝くじに夢を見てインコと暮らすペギーも、“透明人間”フィルも、カナダ人のカルも…。
なんといっても、訳者の中村有希さんが素晴らしいのだろう。〈海の上のカムデン〉シリーズを読んで、そのおもしろさに驚いた。こちらは老人ホームが舞台なのだけど、とてもパワフルでチャーミングな2人が活躍する。にやり、としてしまう場面がいろいろあって何度も読み返している。
そもそも私がコージーミステリを読み出したのは『サイズ12はデブじゃない』(メグ・キャボット、創元推理文庫)を読んでから。この作品のおもしろさは別の機会に取っておくとして、訳者に注目したい。そう、こちらも中村有希さんが翻訳している。原作も力、というのはもちろんあるだろう。でもやっぱり翻訳がおもしろくないと伝わらないものもあるはず。例えばマージョリーやキャルの小気味いいセリフとか、クスリと笑える表現とか。中村有希さんの翻訳をもっと読みたい、それもコージーミステリで、という思いが私をカムデンやザ・コロナードに導いた。

原作では15巻まで発行されているこのシリーズは、なぜか日本では4作目までしか出版されていない。こんなにおもしろいのに、なぜだろう。あとは自分で読むしかないのだろうか。いや、違う。私が読みたいのは中村有希さんが訳した続きなのだ。他の人では、きっとあの調子はでない。
次なる5作目はペットグルーミングの店で働くことにのりそうなヘレン。犬も出てくるし、ぜひ読みたい。なんといっても、まだヘレンの本名だって知らないのだから、
中村有希さん、どうか続きも翻訳してください。

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