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女子高生はオーストラリアで寿司を握った。


娘が留学している。その自炊事情が面白いのでここに書きたい。

(トップ画像は留学中に美術の授業で彼女が描いたもの)


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留学先はオーストラリアだ。

娘は高校生なので、出発前に事務局から招集され親も一緒に説明を受けた。留学生を世話した経験が豊富な担当者に言わせればこうだ。

「日本ほど親が手厚い国はありません。海外で日本と同じ家庭生活が送れるとは思わないで下さい」

日本の親は過保護、過干渉といったところだろう。とくに家族の食事の世話に関しては、日本のお母さんはどうかしているレベルらしい。(世界のママはそんなご飯作らない)

うなずける。

私もこれではいけないと悩みつつ「どうかしているママ」の一角を担ってしまっている。家事も炊事も本当は家族に手伝ってほしいけど狭い台所では自分が作ったほうが早いなど逡巡しながらつい子供たちの自炊力を奪いつづけた。そうして自炊力を奪ってきたがゆえに、娘(16歳)は自炊力ほぼゼロである。

出発前は自炊力ほぼゼロだった娘がどうして寿司を握ることになったのか。

知りたい? 知りたくない? 正直どーでもいい? でも私書きたいから書くね!

コロナ黎明期前に彼女がオーストラリアに出発してから約半年が経った。電話取材を試みた。

※文章中では、娘の名前をМ子(娘なので)とします。

到着翌朝から

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▲料理名「箸の上のパン」

「ハーイ、よろしくねМ子。ホストマザーのスーザン(仮名)よ。この家のキッチンと冷蔵庫の中のものは自由に使ってちょうだい。ファミリーはみんな自分の都合で起きてくるし昼はそれぞれだから、朝食と昼食はセルフで用意するのよ、OK?」

到着早々ホストマザーに(もちろん英語で)そう告げられたМ子(16歳)。翌朝には見知らぬ家のキッチンで戸惑いながら朝・昼食用のサンドイッチを作っていた。

М子「あのねー。んー。初日はほんとに泥棒してる気分だったね」

中身はハムとチーズ。それはいいとしてパンの下に箸があるのはなぜか。

М子にはパンを置くときの作法にちょっとしたこだわりがある。彼女は家ではいつもパン皿の上に網を敷き、その上にトーストを乗せる。なぜなら、

М子「あったかいパンとお皿がじかに触れると結露で湿っておいしくないから」

THE ちょっとしたこだわり、である。

ステイ先のキッチンにはちょうどいい網が見当たらなかったので箸で代用したのが上の写真(ホストマザーはアジア系なのでお箸が当たり前にある)。出発前から、暮らしの細かい部分に老舗めいたこだわりのあるМ子がよそ様のおうちで暮らしていけるか大いに懸念していたが、郷に入っては郷に従いつつ地味にこだわりを守っていた。隠れキリシタンみたいに密かに自分を貫く姿勢は我が子ながら頼もしくもあり、ほんのり怖くもある。

ちょっとアレなパンはジュー!

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▲オーストラリアは日本の20倍の面積なのに人口は5分の1。見渡す限り平屋。

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▲なぜかオーストラリアのスーパーに「チコちゃんサワーズグミ」。М子「これを見て日本懐かしい~とはならなかった」。

М子はたいていホストファミリーの買い物についていく。彼らはやはり海外家庭らしく大量に買い込むという。迷ったら買う。それが買い物の方針らしい。

ホストファザーのトム(仮名)「足りなかったら困るだろう、な、М子!」

日本と違って何せ家が広いから在庫の置き場所には困らない。食パンも、ベーカリーの店頭でしか見たことがないような焼き立ての長ーいパンを買うのだけど食べきれないからカビてしまうことも多い。

緑っぽくなっちゃったパンを見つけた、そんなときは、

ホストファザーのトム「oh!  でもこうして焼けば大丈夫さ、М子。HAHAHA」

てな具合にホットサンドメーカーで焼いて食べてしまうエピソードが海外っぽくていい。サンドウィッチマンのカロリー0のネタみたいだと思った、サンドイッチだけに。

寿司を握ってみた

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▲料理名「手巻き寿司パーティー」

出発前の留学事務局主催のオリエンテーションでは日本文化を学ぶことを盛大におすすめされる。ゆかた、折り紙、日本料理。今どきは鶴を折れない子も多いことに驚く。

少しオーストラリアの生活に慣れてきたМ子はファミリーの皆さんに日本文化を伝えるべく料理の腕を振るうことにした(この時点では自炊力ほぼゼロ)。

「日本料理をふるまうなら寿司だろう」と寿司パ計画を立てた。我が家では世間の流行に乗っかって毎年節分の日は手巻き寿司を作って恵方を向いて食べている。ファミリーに協力してもらいながらМ子は手巻き寿司を用意した。炊飯器はある。スティッキーなお米(べたべたする日本人好みの寿司飯向きのお米)もある。具はアボカド、サーモン、エビ、卵焼き、ツナなど。

手巻き寿司は材料さえ用意してしまえばさほど料理の腕前は問われないし、何しろ食卓が華やぐ。料理初心者のМ子にとってはもってこいの和食だ。スムーズにパーティーが始まるかと思ったところで思わぬ伏兵が現れる。

ホストファミリーのみんな「日本人はもちろん寿司を握れるんだよね?」

М子の前に「ニホンジン スシニギレルノ アタリマエ」な先入観が立ちはだかった! 日本で生まれて16年間、握ったことも、握ろうと思ったこともない握り寿司をМ子は握れるのか? 日本人代表としてМ子はどうふるまうのか?!


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М子「意外とできた」

それが上の写真である。「考えるな、感じろ」の心もちだったに違いない。周囲からの期待とプレッシャーは、自炊経験ほぼゼロの女子高生に寿司すら握らせることを私は知った。

手巻き寿司パーティーは好評のうちに終わったという。

М子「キッチンの収納庫に買い置きの海苔があるんだけど湿気ちゃってるから、前にお母さんに教わったコンロの火で炙るっていうのをやったらパリッとしておいしくなってマザーにほめられたよ!」

うんうん、その知恵は私も昔母親から教わったのだよ。

10人前の調理

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▲料理名「オムライスとサラダ」

現地での暮らしに少し慣れたら、わずかでもホストファミリーの役に立つようにと週に一度は夕食作りを担当することにしたМ子。ホストマザーも仕事を持っていて、1歳児もいるので大忙しなのだ。

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▲左下のオムライスの顔が苦労を物語っている。

ホストファミリーは6人家族でさらに近所の親戚ファミリーのベビーやキッズや犬、ホストシスターやホストブラザーのボーイフレンドだのガールフレンド、いとこのボーイフレンドやガールフレンドなど夕食時には出たり入ったりする。写真を見せてもらうと本当に友近が真似するタイプの海外のホームドラマみたいなのだ。

だから10人以上食卓に集まることもざら。一つ一つはそれほど凝った料理でなくても数をこなすのは慣れないうちは大変だ。このオムライスも最終的に10個作ったそうな。オムライスに関しては私は一度に5個までしか作ったことがない。

夕食の調理担当は週1回の予定だったが、新型コロナのせいで留学先の学校が休校になったためМ子は率先して食事を作っているようだ。オーストラリアは国の制度的に飴とムチがはっきりしていて、指示された期間中に外出したり働くときっちり処罰が科されるが、休業中の補償はたいへん手厚くホストマザーによれば「ワーオ、働いているときより収入があるわ」。そんなわけでみんな本当に家にいるらしい。

ということで、М子の料理作品集がたまりましたのでご覧ください。

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▲「色々あってゆですぎたパスタ」。

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▲「名もなきチキンあんかけライス」。

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▲「あまりおいしくなかったお好み焼き」。「okonomiyaki」の発音が難しいらしく、そのうちみんな「キャベツと粉のやつ」と言い始めた。

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▲М子「ハンバーグ作ったんだけどなかなかお母さんの作ったようにはおいしくならないんだよね」。照れるじゃないか。

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▲「おいしくできたチキン南蛮」。きゅうりが味付けされて添えられてるのが丁寧な仕事ぶりです。

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▲「ゴムにならなかったパウンドケーキ」。これは成功作品だけど、この前に作ったときは強力粉と薄力粉を間違えて、何事にもおおらかなホストマザーに食べるのを止められるほど完全にゴムになったという。食材の表示も英語だからね。

どの料理もけっこう上手にできてるように見えるのは、うまくできたときしか人は写真を撮らないからなんですね。M子ももちろん数々の失敗作を産み出していたらしいです。写真がないのが残念だけど。

大人気!かき揚げそば

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▲トラム(路面電車)に乗って商店街で買い物。看板にピエロが使われるのが外国っぽい。

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ホストファザーは海外のパパのイメージ通りマシーン好きで、そのためキッチンの調理道具がかなり充実している。炊飯器はもちろん、パスタマシーンや、圧力鍋。そしてフライヤーがあるので揚げ物のハードルが低いそうだ。

ホストファミリーもこれまでエビの天ぷらは作ったことがあるけれど「かき揚げ」は初めて食べたようで、大好評だったらしい。細切りにする手間と時間はかかるが、人参と玉ねぎだけでもかき揚げにすると十分おいしくなるので、節約レシピとして我が家ではおなじみのものだ。М子も大好きなメニューで、ホストファミリーが喜んでくれたなら私も嬉しい。

可愛い子には旅をさせよって言ったの誰。

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▲好評のため再び寿司パーティー。写真中央はサーモンの握り寿司にチーズソースをかけたもの。6×7で、40個以上ある。面白い。

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▲ステイ先の坊や。背景の飾りはМ子が作ったもの。オーストラリアの子供にはこのベイビーシャークというキャラクターが人気らしい。ケーキが青い。

オーストラリアの人は移民が多い国民性から、他文化を受け入れるハートを持っている。なんの縁もゆかりもない居候としてやってきたМ子を、老若男女そろったホストファミリーの皆さんはほどよく放任、ほどよく見守り可愛がっておおらかに仲間に入れてくれている。ホストファミリーとの暮らしは、相性や運にもだいぶ左右されるのでМ子は恵まれた方だと言える。

国民性もあるし、ある程度の費用は支払われるとしても留学生の受け入れはなかなかできることではない。とくにホストマザーのスーザンには同じ母親として「尊敬」の一語に尽きる。器がおちょこの裏側並みの私には絶対にできない。

16年間私の支配下(!)では育たなかったМ子の自炊力が、旅をして他家に世話になることでぐんぐん成長している。驚くべきことだ。いにしえの「可愛い子には旅をさせよ」と言った誰かさん、その通りだったよ! あんたはすごい!!

新型コロナの流行により各地への留学プログラムが相次いで中止になっている。非常に残念なことだと思う。1日も早くワクチンが開発され、若者が世界中で自炊力を磨ける世の中になるといいと思う。人生を生き抜いていくにはまず語学力より自炊力だと思っていたけど、留学するとどっちも身に着くから一石二鳥でいいね!

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▲すべり台でランチ。オーストラリアの学校にはお弁当箱を持ってくる子はあまりいない。世界中でジップロックが大活躍だ。

あと半年。健康に気を付けて授業に料理に頑張れ、М子。

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読んでいただいてどうもありがとうございます。Twitterもやっています。

↑この記事はデイリーポータルZの投稿コーナー【自由ポータルZ】(7月31日分)で取り上げられました。そのときのコメントを元にやや修正してあります。

↓М子の兄・J男が京都で自炊をする記事もぜひご覧になってみて下さい↓

↓М子が作ったショートアニメーションです。可愛いので見てやってくださいまし。↓


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