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小説「モモコ」【34話】第7章:5日目〜Re.午後1時5分〜

午後1時5分

「IQ200を超えると言われる君のような天才にしては、随分とお粗末な救出計画だったようだね」

「私と碧玉会の関係性」モモコは間髪入れずに言った。

「私たちはある一点で繋がっていることに気づいたの。この仮説の真偽を確かめたいわ」

「おもしろい」坂田はソファで足を組んだまま、にやにやと笑っている。

「私も碧玉会も、UFDのモルモットでしょ?」

 その瞬間、坂田の表情から刹那にして笑みが消え失せた。モモコがそこまで辿り着いていることは予測していたはずだが、それでもなお、この話題をするときの坂田は別人の顔を見せた。

「UFDとはユーテラス・フルーツ・デリバリーの略称。遺伝子編集によって子宮性を帯びた植物を人工的に生み出し、その植物子宮によって人間を出産する禁忌の技術。出産において母体の身体にかかる負荷をゼロにできると言えば聞こえはいいけれど、これはつまり、精子と卵子のペアさえあれば人工的に人間を生み出せることを可能にするということ。...と説明しちゃったけど、導師様には言うまでもないかしら?」

「愚問だよ。私はそんなもので人間を作りたいとは思わんがね。初めて聞いたときは正直ドン引きだったよ。植物から生まれる人間など、気味が悪くて仕方ない」坂田はモモコに侮蔑の視線を投げた。

「だが、この技術に群がる連中がごまんといる。だから、この技術は金になる。それは私にもすんなり理解できた」

「あら、思ったよりもぺらぺらと話してくれるのね。それじゃ、碧玉会の裏にUFDが絡んでいるのを認めたようなものだけど?」

「全部知りたいと言ったのは君だろう? さあ、時間がもったいない。答え合わせは終わったのか?」

「失礼したわ。それじゃ、答え合わせを2つさせてちょうだい」モモコは視線を坂田から逸らさずに続けた。「碧玉会がUFDを使って儲けている方法についてよ。一つ目はプラセンタ治験」

「UFDの子宮性果実として有効性が認められている植物はバラ科の桃だけ。その桃は胎児を身ごもり、やがて出産する。人間の母体と全く同じ性質を備えたその桃には、胎盤に含まれる栄養素プラセンタももちろん含まれているわ」

「プラセンタそのものは単なる栄養素。薬局に売ってる栄養ドリンクにも入っているわ。ただし、その桃に含まれるUFDプラセンタはまったくの別物と言っていい。まだ未解明な部分が多いけれど、知能や身体機能の増強作用が認められている。わかりやすく例えれば、人間の能力を底上げするドーピング剤よ」

「ただ、それがどのように身体に影響して変化を及ぼすのか? 持続時間は? 副作用は? そういった未解明の問いが多いままでは製品化できない。解明のための最もシンプルで速い手段は、本物の人間で試すこと」

「要するにUFDプラセンタの製品化のためには人体実験が必要だった。未解明の項目が多すぎて、猿などの動物実験ではどれだけ時間と費用がかかるのかわかったものではなかった。加えて世に明るみには出せば潰されるような非倫理的なプロジェクトだから、もたもたと研究している時間もなく、迅速に結果を出さなければならない」

「そのニーズに、碧玉会はうってつけだった。特製の漢方茶だと称して会員たちに配布してUFDプラセンタを摂取させる。会員たちは頭が良くなったり身体が元気になったり変化が現れれば『碧玉会に入ったおかげだ』と解釈し、ますます信仰心を高めていく。逆に身体に不調が出たときは『このセミナーに参加すればきっと治る』とかなんとかでまかせを言って、さらにお金を絞り取ればいいだけのこと」

「あとは定期的に無償でおこなう健康診断によってUFDプラセンタの定量データを取得できれば、宗教法人の隠れ蓑を被ったモルモット飼育場の出来上がりよ。もうここまできたら、治験施設支援機関の登録をしてるかどうかなんて些事にすぎない」

 弾丸のようにまくし立てるモモコの言葉を、坂田は黙って聞いていた。モモコが一通り話しきったところで、坂田は再びにやついた笑みに戻り、蔑むように言葉を吐き捨てた。

「よくわかっているね。だから君を碧玉会に誘ったんだよ。君も人体実験のモルモットだからね。モルモット同士、会員たちと仲良くやれるんじゃないかと思ってね」

 モモコは沸き上がる怒りを抑え込んだ。まだよ。まだ終わりじゃない。勝負はここからなのよ。

「一つ目の答え合わせは正解でいいみたいね。それじゃ二つ目の答え合わせよ。もうひとつの人体実験について、確認させてもらうわ」

〜つづく〜

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