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小説「モモコ」【38話】第7章:5日目〜午後1時40分〜

午後1時40分

「うわー、やば。みんな完全にオコじゃん」

 壇上に向けて飛び交う非難の嵐。その様子を、リリカはけらけら笑いながらスマホで撮影し続けていた。「サファイア導師@碧玉会の創設者」という名前で作った坂田のTwitterアカウントで、撮影した動画を発信していく。もちろんアカウントはなりすましの偽アカウントだ。

 数日前に作ったアカウントだが、碧玉会員と思わしきメンバーをリストアップしてフォローしまくる手法で、フォロワーは既に2万人を超えていた。全国の碧玉会員がおよそ5万人。そのうちTwitterをやっている若年層はほとんどフォローしていると言ってもいい数字だ。

「この偽アカ、全然バレてないみたいで超ウケるんだけど」

 荒れ狂う会員たちにスマホを向けながらリリカは呟いた。今日この場にいない残りの会員たち4万9千5百名も、この様子をTwitterで見た若い会員たちを通して、坂田の悪行の全てを知ることになるだろう。先ほど流れた坂田とモモコの会話の映像も既にツイートしており、徐々に反応が加速していっていた。

 会員たちの怒りは収まらず、何人かが壇上に登ろうと押しかけていた。坂田本人はしばらくなだめるように何か喋っていたが、さすがに会員の一人が壇上に登ったのを見て危険を察したのか、逃げるように幕裏の出口に走っていった。会場の後ろのほうでは、嗚咽の声や大泣きする声が聞こえる。

「カオスだわ〜」とリリカはしらけたトーンで言った。さすがにここまで阿鼻叫喚の地獄絵図となれば、あまり笑えない。「このくらいで十分かな」と一度スマホを下ろすと、丁度壇上の幕裏から顔を出して様子をうかがっている青年の姿が目に入った。ふふふ、とリリカは笑うと、壇上に登って、そろりと近づいていく。

「レンさ〜ん!こんなところで何してるの?」

 急に背後から声をかけられ、ビクっとなったレンが慌てて振り返った。「なんで...」と声を漏らす。それもそのはずだった。リリカはモモコにレンの電話番号を教えてもらったあとすぐに連絡し、レンと何度かデートを重ねていた。レンにとってリリカは、次のデートで告白すれば付き合える相手、くらいの距離感の女だっただろう。おそらく、付き合い始めたら碧玉会にも誘うつもりだったはずだ。

 童貞の大学生から情報を引き出すことは、リリカにとってはたわいもないことだった。引き出した情報は雉谷に渡され、諸石カグヤに変装するために役立った。

「なんでミンジョン、君がここに...」掠れた小声で尋ねるレンの言葉を制するように、リリカは口調を強めて言った。

「導師様の映像見たんでしょ?あなたもあの人たちみたいに怒ったりはしないわけ?」

「え、だって。僕はあんなの信じられないし...」

 リリカはしばらくレンの不安そうな顔をじっと眺めると、けらけら笑いだした。急に笑い出したリリカにビクついたレンが少し後ずさる。

「レンちゃんさー」リリカはまだ、けらけらと笑っている。

「あなた、いつまでお人形でいるわけ?」

同時刻

 どうしてこんなことになった?

 怒り狂う会員たちをなだめきれなかった坂田は、壇上から逃げ出すようにして控え室まで戻ってきていた。会員たちの言っていた内容から考えれば、先ほどのモモコとの会話を撮られていたのだろう。この部屋のどこかにカメラがあるはずだ。

「ああ!そんな時間はない!」坂田はそう言って自分のカバンを持つと、部屋のドアに向かった。まずは何よりこの場所から逃げ出すことが先決だ。

 ドアノブに手を伸ばした瞬間、ドアが向こうから開かれた。目の前には、ボディガードとして雇った元格闘家の男が立っていた。モモコとの会話のあと、この男はモモコを連中のもとに引き渡す役目を与えてあった。戻ってくるには少し早すぎる気がするが、撮られた映像が流されたのは講演会場だと考えれば、少なくともまだこの男は何も知らないはずだ。

「君、ちょうどよいところにきた!ちょっと急用で出かけなければならなくなったんだ。今日のセミナーは中止だ」

 男は黙ったまま、じっと坂田を睨んでいた。屈強な大男に真っ正面から対峙され、坂田は少しずつ表情を青ざめていく。男は右手に持ったスマホを操作すると、画面を坂田に見せつけた。画面ではTwitterが開かれ、ある動画ツイートが映されていた。坂田とモモコの会話の映像だった。

「俺は、自分の目で見たものしか信じない。あの子から全てを聞いていたけど、今日までずっと、まだあんたのことを信じていたんだ」

 男はじっと坂田の目を睨みつけていた。後ずさりする坂田に合わせて、一歩ずつ近づいていく。坂田が懐に手を伸ばし、ナイフらしきものを取り出した。

 男が、拳を振り上げた。

〜つづく〜

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