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分母を意識することの大切さ

さあ、始めましょう!

この往復書簡マガジン「俺たちは誤解の平原に立っていた」は、ヤンデル先生と私が、交互に記事をお届けして、正確な医療情報を手に入れるヒントを得てもらおうという、真面目、だけど時々ふざけながら進む企画です。

新型コロナでも色々な情報が溢れて、「どれを信じたら良いか?」と悩まれている方も多いかと思います。そのような方に読んでいただけると、正確な医療情報をうまく見つけるヒントが得られるのではと思います。

今回の記事で15本目となりました。ぜひ、以前の記事タイトルを見てもらって、気になるものがありましたら、ちょっと読んでもらえると嬉しいです。


さて、前回のヤンデル先生の記事では

「人間はナアナアで生きている」

「私たちは情報をわりとふんわりとしか処理していない」

だから、複数の情報源に頼ること、受け手側も複数で臨むことが大事だという話をしてくださいました。とても大事なことです。ぜひ、ご一読いただければと思います。


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さて今回は、医学情報を見る際には、数だけでなく、「分母」を意識することが大事という話をさせてもらいます。


数だけをみていませんか?

数にはパワーがあります。特に、恐ろしい情報には強いパワーがあります。例えば「この薬を投与された人で、10人が副作用で亡くなった」という情報があったとします。

ネット記事の見出しなどで、このような情報を目にするかと思います。新型コロナワクチンでもこの手の見出しが溢れていました。

この数だけをみて怖くなっていませんか?

ここで気をつけて欲しいのが、その分母はいくつかというところです。その値は何人を調べて得られたものかです。


分母の人数に注目する

「10人が亡くなった」という場合に、それは50人治療をして10人なのか、それとも1000万人の10人なのかで話は全く違ってきます。

50人のうちの10人だと、割合は20%。これはとんでもない確率で極めて危ないです。そんな危ないお薬は使いたくありません。

ただ、1000万人で10人だと、割合は0.0001%になります。これはほぼ起こらない確率ということになります。

分子に来ている数だけを強調すると、10人も亡くなっている。それは危ないと感じてしまう人がいるのですが、冷静に分母を見て確率を考えないと誤解させられてしまいます。

0.0001%ということになると、これは誤差ではという疑いも出てきます。また、人が自然に亡くなる確率よりも低いとも考えられ、この薬と十人の死亡には因果関係がないのではという推測すらもされてきます。

その数の分母がいくつかは極めて大事です。


少ない数から得られた効果は不正確

恐ろしい情報の話をしましたが、実はこの分母を無視して起こる問題は、良い面の情報、効果があるかの判定でも間違いを起こします。

「余命1年と言われた進行がん患者さんがOOを毎日食べたら、10人が5年経っても生存している。これは奇跡の食品だ。」

という話があったとしましょう。これも分子しか出ていないデータです。これは一体何人が食べた結果でしょうか?

実際は2000人が食べていて、その内の10人だったら、その確率は0.5%ということになります。

実はがんの生存期間というのはかなりの個人差がありますので、一般的に平均生存期間が1年ほどの進行癌ですと、標準治療を受けると5年生存率は5ー10%ほどになりますので、実は通常の治療では5−10%くらいの生存が期待できます。

それが0.5%と著しく低下しているということは、全く効いていないということを示す、全く逆のデータであると考えられます。

分子の数だけを見せるとめちゃくちゃ効果がありそうなのに、分母のことを考えると、全く逆の結果であるということが起こり得ます。

まさに、数字のマジックです。


分母にどんな人が含まれるのか

例えば、脳梗塞の二つの治療薬(AとB)があるとして、その薬を投与することで死亡をどのぐらい防げるか評価したとします。

結果は、

薬Aは患者100名に投与して、90名の命が救われた。薬Bは患者100名に投与して、80名だけが救われたとします。

今度は分子だけでなく分母も含めた値となっているので、Aが良いだろうと結論つけられる気がします。

しかし、ここに、もう一つの落とし穴があります。分母にはどんな人が含まれていたかです。

薬Aを投与した患者100名は、平均年齢50歳で、脳梗塞以外の持病を持たない、元気な人を対象にしていました。それに対して、薬Bを投与した患者100名は、平均年齢が80歳で、脳梗塞以外にも複数の持病を持つ方でした。

元気な若い人に投与して10名も亡くなっているというのは、Aは全然効いていないのかもしれません。逆に高齢で持病を持つ人に対して使ったBは結構効いていたのかもしれません。

つまり、この二つの分母が同じではないので、単純比較はできないということになります。AとBの効果を比較するためには、同じ年齢・持病を持つ人で比べないといけないということになります。


数だけを強調したものに注意

世の中にはこのような数だけを載せて、分母を隠した医療情報が散見されます。また、分母の質があっていない情報の比較も度々見られます。

これが医療情報の理解を歪める原因となります。時には、この手法で効果がない商品を売ろうとしている悪質なものもあります。

「数字自体は嘘をつかないですが、嘘をつく人は数字で騙します」

数字が出ているからと信用せず。その分母はいくつなのか、分母の質はどうなのかに注意をして、不正確な情報に騙されないようにしないといけません。

SNSで流れてきた不正確な医療情報を、拡散してしまわないようにも、この点に注意をしてもらえればと思います。


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今回は分母を意識することの大事さを解説しました。

医療者・研究者は医療情報の正確さを評価する際には、この辺りのことを基本中の基本としてみています。世に出ている医学論文ではこの辺りを念密に評価された上で、出版されています。論文では分母がどのような人なのかについて、かなりのページを割いて説明されています。そこが不明確ではそもそも評価ができないためです。

このことは一般の人が医療情報を見ていく上でも、大事な基礎知識の一つになります。

「数だけ攻撃」にやられないように、ちょっと頭の片隅に入れておいてもらえればと思います。


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