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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(新約聖書篇6) 〜羊飼いの礼拝

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
旧約聖書篇は全65回で完結しました。こちらをどうぞ。

いまは新約聖書をやってます。ログはこちらにまとめていきます。
このあと、ギリシャ神話。もしかしたらダンテ『神曲』も。


新約聖書の著者は4人+αであることは、新約聖書の第一回目で触れた。

イエスが亡くなった後、イエスの弟子達が生前のイエスの言動を記述したものをまとめたのが新約聖書なのだけど、中身は以下のように分けられる。

福音書(イエスの生涯と言動・教えを書いている)
使徒言行録(ペテロとパウロの伝道を書いている)
パウロの書簡(パウロのお手紙を集めたもの)
公同書簡(十二使徒が記したと言われるお手紙)
ヨハネの黙示録(新約聖書唯一の預言書。人類滅亡と最後の審判、キリストの再臨を描いている)

この中で、イエスの誕生から死、復活までを書いているのが「福音書」であり、著者は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人である。


でね。

「イエスが誕生したで! 超喜ばしいで!」っていう象徴的エピソードについて、ルカは今回の「羊飼いの礼拝」を書き、マタイは次回の「東方三博士の礼拝」を書いた

書いたというか、作った、のだと思う。
この4人が共通して書いているエピソードでもなんでもない。

なにか印象的な物語が欲しくて、ルカは羊飼いにし、マタイは三博士にしたということだと思う。

つまり、創作だろう。

裏側に「新興宗教を布教するためにとにかくいろんなエピソードが必要!」と感じた著者たちの創作の苦心を感じるな。


ということで、羊飼いたちの礼拝、というテーマを見ていこう。

これもまた名作だらけで驚くよ。
しかもたくさんあるし。

ストーリーをざっくり書くとこんな感じ。

イエスが誕生したその夜、山でキャンプしていた羊飼いたちの元にまばゆい光とともに天使が現れた。

すまんすまん、驚くな怖がるな。
ちょっと喜ばしいことを教えよう。
今日、ダビデの町ベツレヘムで、
救世主がお生まれになった。
この方こそ、みなが待ち望んだメシアである。
行って拝んできなさい。
飼い葉桶の中で眠る乳飲み子だ。
さあ。さあ!


次の瞬間、天使の軍団が現れて天上の音楽が流れる。

羊飼いたちは茫然と聴き、「行こう、ベツレヘムへ行こう」と言い合い、山を下りてベツレヘムの町に行き、訪ね訪ねて一軒の宿の家畜小屋を探しあて、ひとりの乳飲み子を見出すのである。

そして、すべてが天使の言うとおりだったことに感心し、神をあがめながら帰って行ったのである。


著者ルカ、美しい物語を書いたなぁ。

ちなみに、羊飼いという職業は、旧約聖書ではわりと誇り高き職業だった。アベルもアブラハムも、そしてダビデも、羊飼い出身だしね。

でも、新約聖書のころは蔑まれる職業になっていたらしい。
身分も低かったのだろう。
ルカがあえてそういう「身分の低い目撃者」を仕立てたのは、弱き者にやさしいイエスの考え方を表すとともに、イエスが今後「私はよい羊飼い」などと発言することも念頭に置いていると想像する。


ということで、ルカの物語を受けて、画家たちも物語を美しく描き出す。

まぁ美しい絵ばかりなので、この連載的には物足りないのだけど(お笑い要素が少ない)、ざっと見ていこう。

BGMはもちろん、「きよしこの夜」だ。

前回もラストに書いたけど、まさにこの夜のこの出来事が歌われている。

 きよしこの夜 星はひかり、
 救いの御子(みこ)は 馬槽(まぶね)の中に
 眠り給う、いと安く

 きよしこの夜 御告げうけし
 牧人(まきびと)たちは 御子の御前に
 ぬかずきぬ、かしこみて


この、2番の「御告げうけし牧人たち」ってのが、「天使にお告げを受けた羊飼いたち」のことですね。

※ちなみにイエスは12月24日の夜に生まれていない、ということは前回書いたのでそちらを参照してください。


ではまずは、このBGMにぴったりの絵から。

コレッジョの、タイトルもずばり「聖夜(The Holy Night)」。
これ、あまりに見事な夜景表現ゆえ「ラ・ノッテ(夜)」の愛称で親しまれている有名な絵らしいよ。

ふたりの羊飼いとふたりの村娘たちが飼い葉桶のイエスを見に来たところだ。村娘のひとりはあまりの神々しさに「う、まぶし」と顔をしかめている。光源は他ならぬイエスその人。

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ちなみにこれ、イエスをほぼ中心にして対角線が「クロス(十字架)」を形作っている。

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これは「絵の構図としてのイエスに焦点が来るように描かれている」ということもあるけど、もちろんイエスの磔刑も意識されていると思う。

この辺の題材は画家たちが腕によりをかけて描いているので、こういう「隠し記号」「裏の意図」なんかがふんだんに入っている。油断ならないw


グイド・レーニ
これまた「聖夜」っぽい絵。中世のお城の暗い食堂とかに飾ったら映えただろう。もう「光源であるイエス」が光りすぎて白っちゃけている。

つか、手前の男!
イエスそっちのけでマリアの足を見ているとしか思えん。痴漢か!

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夜とか陰影の表現といえば、カラヴァッジョ
これは上からスポットライトが当たっている風だ。リアリティある家畜小屋。
前回ヨセフをいろいろ見た結果、ヨセフはオレンジの服を着ているのが多かったので、この絵では右手前がヨセフかな。いや、これは茶色か? だとしたら右上の人だろうか。

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ルーベンスも夜っぽく描いている。
ルーベンスにしてはちょっと荒っぽいなと思うので、工房の作品かもしれない。しかし村娘(?)たちはどこから来たのだろう。羊飼いに道を聞かれたりしているうちについてきたのかな。

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エル・グレコから2枚。
どちらも夜。夜というか、ちょっとオカルトw
顔だけの上級天使も見に来てるね。
赤ちゃんイエスのフトモモのたくましさ!

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グレコの2枚の絵の上部の天使が持っている紙の言葉は何かなと調べてみたら、どうもラテン語の成句の一部らしい。
「Glória in excélsis Deo et in terra pax homínibus bonæ voluntátis.」の一部。
日本語では、「Glória in excélsis Deo」が「われらに光を示される汝に栄光あれ」で、et(and)以下は、「いと高きところと安らかなる大地にいます神に栄光あれ、すべての人に善意あれ」が続いていると思われる。


サンタフェーデも夜の場面。
中央のオレンジを羽織ってるのがヨセフだろう。
いやしかし、羊飼いたち大群で来たねw 天使も大群だ。
右奥の丘に小さく見えるのは、たぶん天使に告げられたときの羊飼いたちの姿が描かれている。

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ドメニキーノ
これも聖夜っぽい雰囲気。
白鳩(聖霊)、犬(忠実の寓意)が描かれ、大勢の羊飼いが見に来ている。
左の羊飼いが吹いている楽器はなんだろう。調べたけどわからなかった。羊の腸か何かを使った楽器だとは思うけど。

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アントン・ラファエル・メングス
この絵、カメラ目線の人がやけに多くて面白いw
イエスがまずカメラ目線。
そしてイエスの向かって左にいる人。これ、画家本人だな。Wikipediaを見てみたらそっくりだったw(出たがりか!)
そして上空の天使。これはこの流れで言うと画家の息子の顔じゃないかな。そして画面奥の薄暗がりのカップルもカメラ目線。これは画家の両親かw

まぁそれはともかく、この絵のマリアは美しいね。

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バッサーノ
イエスの真下のボクちゃんに意識が行きすぎるw うるさいなぁボクちゃん。イエスとマリアに集中できへんやん。もしかしてキミ、画家の息子さんか何か?
マリアの右上にニワトリがいて鳴こうとしているね。朝が来る。

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ロレンツォ・ロット
この絵がユニークなのは、イエスが羊を触っているところ。
上の方でも書いたけど、今後、成人したイエスは「羊」にわりと言及する。それを暗示しているのかも。

ちなみに人々の後ろにいる天使がカメラ目線w
残念ながら画家本人ではないみたいだけど(Wikipedia参照)、雇い主か恋人か妻か・・・。

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ベルナルド・カヴァリーノ
美しい絵だね。天使側に光源があって、マリアとイエスにスポットが当たっている。暗い教会とかに映えただろうなぁ。

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ジョルダーノ
大勢の目線がイエスに集まっているのが印象的な絵。フォーカスが来てる感じが半端ない。左の羊飼いたちは「天使にこんな話を聴いたんです!」とヨセフたちに話している。
左上奥には天使に告げられた光景が小さく描かれている。

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パオロ・デ・マティス

これまた賑やかだ。パーティっぽい。Holy Nightとしてはもうちょい静かな感じが欲しいけどなぁ。

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マティアス・ストーメル
そう、このくらい少人数で静かなほうが雰囲気出るね。
それにしてもイエスの頭の光りかたがすごい! 相当眩しい。
つか、ストーメルの老人って毎回おんなじ顔だなぁ(旧約聖書篇でよく出てきたの)。

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Pieter Codde

いやぁ、マリアをこんな感じに描いている画家はあんまりいないのでアップしておこう。おもしろいな。

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ギュスターヴ・ドレさん。
聖夜っぽいね。外に星が出てる。なんかほんわか清らかな気持ちになるいい絵だ。さすがドレさん。

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旧約聖書ではすけべ親爺な側面が目立ったクラナッハも、新約聖書ではマジメっぽい(というか新約にはスケベな場面が皆無)。
うわ、赤ちゃんがいっぱいいる!と思ったらプット(赤ちゃん天使)かw
右下の牛の目がかわいいね。
左上は天使が羊飼いに告げているところ。

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フェデリコ・バロッチ
羊飼いたちが外からトントンってノックして「もしやこちらに・・・」と尋ねる。ヨハネが「はい、この子がそうです!」と指さしている。
マリアはひたすらイエスを見つめ、イエスは赤子とは思えない賢そうな目で中空を見つめる。シンプルでいい絵だ。

なんかこの絵が好きで、わりと見とれてしまう。
マリアがいいんだろうな。そしてイエスの佇まい。

「羊飼いの礼拝」という主題としては少し弱いのだけど(羊飼いがちらりとしか見えない)、これを「今日の1枚」にしようかな。好きなんだから仕方ない。

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以上が、「夜」を場面にした絵だ。

以下からは「夜」ではない。
つまり「きよしこの夜」感はない


ジョルジョーネ
いきなり明るい! 昼!
イエスは家畜小屋ではなく「岩窟」で生まれた説もあるので、この絵はそっち派なのかも。
なんか提灯のように見えるのは顔だけ天使(つまり上級天使)。

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マンテーニャ
真っ昼間ですな。ヨセフは疲れて寝てる。マリアの後ろにはちょっとオカルトっぽく土気色の天使たちがいる。
羊飼いたちは右奥の急な山から下りてきたようだ。

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ル・ナン兄弟
これは家畜小屋でも岩窟でもない。神殿っぽいところの屋外だ(マリアよ、どこで産んだ?)。
牛が小さすぎるけど(角があるので成牛だと思うけどな)。
奥の柱が煙突に見え、ちょっと工業地帯っぽいイメージがある。

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ブロンズィーノ
もう大快晴だ。右奥に天使のお告げ。カラフルな女性っぽい天使たちが登場するのはわりと珍しいな。

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ヘラルト・ダヴィト

明るい屋外。
黄色い服に赤いパンツの矢沢永吉風の男のポーズが超変と思ったら、その奥の丸刈りの男も縮尺が変だ。顔デカ。
つか、イエスも小さいけど、天使の縮尺が超おかしい!(小人すぎる)。覗いてるヤツもいるし、なんか全体にへんてこな絵だ。
右上奥に天使のお告げの場面。

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ホセ・デ・リベーラ
あぁ、きれいなマリアだなぁ。実にきれい。
つか、右奥の女性が唐突にカメラ目線だ。画家の奥さんだろうかw
よく見ると奥の方に天使と羊飼いがいるね。

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カリアーニ
これ、手前の小人さんに意識が行ってしまって、全然イエスやマリアに目が行かないw あと、なんかマリアの奥の天使たちが争っているようで気が散る。なんか非常に気が散る絵。

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プッサン
巨匠の絵にしては、なんか全体に暗くてのっぺりしている。イエスも特に光り輝いていないし、天使たちも普通だ。なぜだろう。
奥の方では天使のお告げが描かれている。

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フーホ・ファン・デル・フース
ファン・デル・フースの女性の顔、わりと好きなんだ。このマリア、とてもいい。イエスが痩せすぎだけどw

でも、この絵は右手前のオッサンがすべて持って行ってしまっている。おいオッサン、なんか言いたげだな。何が言いたい。

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ハンス・ショイフェライン
天使たちの縮尺問題w 

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ロレンツォ・ディ・クレディ
なんか羊飼いたちの礼拝、というか、村人たちだよね。いろんな人たちがいる。右奥の丘の上に天使のお告げが描かれてる。

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ヤコボ・ヨルダーンス
12歳くらいなはずであるマリアが急にえらく中年になってしまった感ある。

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パリス・ボルドーネによるトレビソ大聖堂(イタリア)の壁画。
宗教画としては、前半の「光り輝くイエス」のほうが好きだな。光り輝かないとちょっと有り難さに欠ける。

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ヴェロネーゼ
なんかむっちゃ詰め込んであるなぁ。詰め込みゃいいってもんでもない気がする。個人的には、イエスの向かって左に牛が無理矢理に顔を突っ込んできているのが超可愛いw

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ジローラモ・ダ・トレヴィゾ

これまた村人総出感ある絵。右手前の人、供えるための仔羊を持ってるんだろうけど、これも小さすぎるような・・・。

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ドメニコ・ギルランダイオ
これはなんだろう、小学校とかに飾ったら最適な絵な気がする。いい絵。牛やロバも可愛いしね。
つか、大行列で来るのは噂を聞きつけたベツレヘムの住人たちだろうか。

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アミコ・アスペルティーニ
イエスのちょっと上にいるザ・ピーナッツみたいな天使が気になりすぎるw
全体にユニークでおもしろい絵だなぁ。最上部の星が神の象徴だろうか。右上の天使のお告げの場面もなんか面白い。情報量が多い絵だ。

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ピーテル・クック・ファン・アールスト
これは味があるいい絵。一見ごちゃついて見えるけど、実はバランスがいい絵だと思う。

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プロスペロー・フォンターナ
上空の天使たちのどんちゃん騒ぎがいいね。羊飼いたちが無駄に裸なのがちょっと旧約聖書っぽい。

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今日のラストは、エイブラハム・ホンディウス

たぶん朝日の元なのだろうけど、妙に神々しい絵で、有り難さが倍増されている。いっそこのくらい神々しくしてくれたほうがいいなぁと思うな。

上空のトイレットペーパーにはエル・グレコのところで書いた「われらに光を示される汝に栄光あれ」が書かれているのであろう。

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ということで、今回も多くなった。

正直、調べれば調べるほど絵が出てくるので、これでも絞った。
いやぁ、やっぱり旧約聖書に比べてエントリーする画家が多いわ。

次回も多いかも(まだこれから探すんだけど)。

次回は「東方三博士の礼拝」

救世主誕生を知った三博士が家畜小屋を訪ねてくるよ。




この新約聖書のシリーズのログはこちらにまとめて行きます。
ちなみに旧約聖書篇は完結していて、こちら

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『天使と悪魔の絵画史』『天使のひきだし』『悪魔のダンス』『マリアのウィンク』『図解聖書』『鑑賞のためのキリスト教事典』『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。

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