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「彼の最大の関心事は他人の評価だった。彼は偉大になりたかったのではなく、偉大だと評価されたかったわけです」

明日の言葉(その15)
いままで生きてきて、自分の刺激としたり糧としたりしてきた言葉があります。それを少しずつ紹介していきます。


乱暴に言い切ってしまうと、会社員とは、他人から評価される職業である。

もちろん自己評価もあるし、絶対的な成果を上げて自分でのし上がるヒトもいる。
でも基本的には、上司などから評価されて、認められ、立場を変えていく仕事である。

生きていくためには仕方がない。
でも、そういう仕事を長くやっていると、他人から評価されないことはやらなくなるクセがつく場合も多い。どうしても生き方が他人本位になっていきがちだ。

会社員に限らない。
だいたいの人生はそんな過程を踏んでいく。

小学生時代から偏差値で他人と相対的に比べられ、他人と相対的に争った挙げ句に大学や会社に入り、相対的に比べられて出世する。
独立してひとりで生きても、クライアントから相対的に認められなければ食いっぱぐれる。アーティストですら、他人から評価されなければ失意の後半生を送らざるを得ない。
事ほど左様に、人生すべからく「他人の評価」に左右されて決まっていくことが多いのである。

ざっくり言って、そういう相対的な世界に我々は生きている。
ヒトと一緒に生きていく限り、ある程度それは仕方のないことなのだろう。

でも。
心のどこかで疑問には思っている。
他人の目から見て評価されたり賞賛されたりすることがそんなに大事なのだろうか。

ボクはこの歳になってもしょっちゅう他人の評価に振り回される。
振り回されながら、よく死ぬ間際のことを考える。

他人に賞賛されることに汲々として生きてきた自分を、死ぬ間際に自分自身はいったいどう評価するのだろうか・・・。


アイン・ランドに『水源』という本がある。

二段組み1000ページの大部。
1943年発表の古典であり、アメリカで700万部超売れているという大ロングセラーである。

「アメリカの一般読者が選んだ20世紀の小説ベスト100」の第2位でもある(1998年ランダムハウス/モダンライブラリー発表)。ちなみに1位は同じくアイン・ランド著の『肩をすくめるアトラス』だ。

そんな重要な本なのに、日本に入ってきたのはすごく遅い。2004年本邦初訳。不思議な本でもある。


さて、その本の最後の方に、主人公ハワード・ロークの演説で出てくる言葉がある。
それが今日取り上げる「明日の言葉」だ。

「彼の最大の関心事は他人の評価だった。彼は偉大になりたかったのではなく、偉大だと評価されたかったわけです」



ボクはこの言葉を疲れ切って一人で飲んでいるときとかによく思い出す。
実に心がチクチクする。

ここで言う彼というのは「自分」を持っていないある登場人物。

でもこの分厚い本の中盤までは人生の成功者然として出てくる。もちろんそれは「他人の評価」としての成功だ。

ハワード・ロークはこう続ける。

「そもそも彼の人生に自分などというものが、あったのでしょうか? 人生の目的を彼は持っていたのでしょうか? 他人の目から見て、立派であること……それから、名声に、賞賛に、羨望……すべてが、他人から得るものです」

「世間は、彼のことを正直であり、その正直さから、彼の自尊心が生み出されていると考えている。所詮、セコンド・ハンド的な生き方、すでに他人が使用した中古の生き方を、しているだけなのに」



彼とはもちろん「他人の評価を大事に生きているすべての人」の象徴だ。

そして、主人公は、真に自己中心で生き、真の自由を得るためにどうあるべきなのか、を、自分の生き方自体で見せていく。


この分厚い小説は、この部分を書くために長く長く物語を紡いできたと言っても過言ではない。

他人ではなく、自分という一番厳しい評価者の評価を大切に生きていくこと。
自分の価値観にだけ正直になること。
自分に恥じないように胸を張って生きること。

この相対的な世界において、そんなことは可能なのだろうか。

そういう疑問に苛まれるとき、ボクはこの『水源』という本に帰ってくる。この主人公、ハワード・ロークの生き方に帰ってくる。

そして、自分自身に恥じる生き方をしていないか、一番厳しい評価者である「自分自身」に定めさせようとする。

たいていダメダメだ。
ほとんどお話にならない。
他人の評価に汲々としている自分しか、そこにはいない。

でも、くり返し、くり返し、思い出させ、定めさせる。

少なくとも、その間だけは、「自分自身の評価」に正直でいられ、つかの間、精神は平安を迎えることができる。



いったい、「他人ではなく、自分という一番厳しい評価者の評価を大切に生きていく」なんてことができている人間なんているのだろうか。
毀誉褒貶激しいヒトだけど、ボクはまずスティーブ・ジョブズを思い出し、また彼がCMで「crazy ones」と褒め称えた人々を思い出す(ナレーションはジョブズ自身)。


※※
アイン・ランドの思想は、これまた毀誉褒貶激しく、かなり偏っている部分がある。
この小文では、ランドについて語りたいわけではなく、純粋に主人公ハワード・ロークの言葉を取り上げたかったので、あしからず。



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