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一見ムダに見える「エビフライの尻尾」がクリエイティブにおいては大切だという話


もう10年以上前になるが、あるクライアントのために20分ほどのショートフィルムを作ったことがある。

ネット上に限定的に公開する動画で、専門用語で言うなら「ブランデッド・エンターテインメント」というジャンルのものだ。

ニューヨークのクリエイターたちと組んでの制作で、その総合ディレクションを担当した。ストーリーから演出、編集までかなり踏み込んでディレクションする役割だ。

真冬の軽井沢とチェコでロケをし、ニューヨークで1ヶ月以上かけて編集する、という、なかなか豪華に見える仕事だったけど、まぁとんでもなく苦労した。苦労の甲斐あって編集が終わったときは本当にうれしかった。

その編集済みの動画を、東京に帰って、まず先輩に見せた。

その先輩はそういうクリエイティブに関しては一家言もっている人だったので、クライアントに見せる前に意見が聞きたかったのだ。


見終わった先輩は、ゆっくりとボクのほうを向くと、こう話し出した。

「うん、いいじゃん。
 おつかれさま。大変だったって担当から聞いたよ。
 地獄だったんだって?

 全体にとても良いと思う。
 でも、あえて言えば、ちょっと詰め込みすぎかな。
 気持ちはよくわかる。
 苦労して撮った場面は、全部いれたいよね。
 しかも、これ、SFサスペンスだから、
 ジェットコースターみたいなストーリーテリングにしたいよね。
 そういう意味で、隙のない編集だし、よくできてる。
 でもさ・・・うーん・・・」


ん? なんか不満があるんだな・・・。
自分としては120%の出来だと思うんだけどな・・・。
先輩はどこに引っかかっているんだろう。
そう思ってグッと前のめりになる。


「・・・あのさ、エビフライの尻尾ってあるじゃん?」


ちょっとはぐらかされた。
エビフライの尻尾?
それがなんなんだ?


「最近では食べちゃう人も多いんだけどさ、
 でもあれ、もともと食べないじゃん? エビフライの尻尾って。
 だから、まぁムダじゃん?
 というか、なくてもいいもの、だよね?」


ま、そうだな。
尻尾を食べるときもあるけど、基本残すことが多い。
なくても困らないものだ。

「そう、いらないんだよ。
 でもさ、ここが大事なところなんだけど、
 エビフライって尻尾がないとおいしく思えないもんなんだよ。
 エビフライは『無駄な存在である尻尾』があるからこそ、
おいしいんだ」


なんのことだろう。
まだよく掴めない。

「ほら、スターウォーズ、あるじゃん?
 あれって、ダース・ベイダーとの闘いをジェットコースター・ムービーのように撮っていく手もあったと思うんだよね。
 ストーリーだけでもう魅力的だからね。

 でも、もしそうしてたら、たぶん名作にならなかった。
 あの映画には、見返すとわかるけど、なくてもいい、本筋に関係ない、
 ムダな部分が要所要所でたくさん入っているんだ」


そうして、先輩の話はスターウォーズに入っていく。
映画好きなこともあって、止まらない。
果ては黒澤の『七人の侍』にまで話は展開した。
エビフライの話はどうなったんだw


「あ、ごめんごめん。
 でね。
 キミが作ったこのショートフィルムは、よく出来ているんだけど
 エビフライの尻尾が足りないんだよ。
 ムダな部分がない。
 全体に影響を与えないような無駄な場面がない。

 観ている人はさ、それがないと息が詰まっちゃうんだ。
 ホッと息が継げる、本筋にあまり関係ない、
 ちょっと退屈な、だらけたシークエンスが必要なんだよね。

 そういうムダに見える場面が、全体を引き立てる。
 いい映画には、いや、いい小説やいい音楽もそうなんだけど、
 必ずそういう場面が入っている」


・・・なるほど。
少し内容を詰め込みすぎましたかね。


「うん、ちょっとそう感じるな。
 まぁ20分の短い映像だから、無駄な部分を入れるのは勇気いるよね。
 よくわかる。 
 でも、20分も人を集中させるのって、無理じゃん?」


たしかに。
最近の若い人は3分動画でも長いと感じるらしいし。


「そうなんだよね。
 若い人に限らず、みんななかなか集中って続かない。
 内容を詰め込みすぎると、みんなついていけなくなっちゃうし、
 逆に集中しなくなっちゃうんだよ。

 だから、ちょっとだけ集中力をなくさせてあげる。
 そういう場面を、あえてちょっと挿入する。

 それが大事。
 それがあるから、次の緊張したシークエンスに入っていけるんだよ」



あぁ、そういうことか・・・。

まぁ暗い映画館に閉じ込められて集中を強制される映画と、いつでも集中をなくせちゃうネット動画では作り方は違うとは思う。
だからその「振れ幅」はあるだろう。

ただ、たしかに、集中を途切らさないようにがんばってストーリーを進めるだけだと、逆に集中が続きにくくなる。それはよくわかる・・・。


ボクはスタッフが残っているニューヨークに電話して、編集の一部やり直しをお願いした。

説明が難しかったけどねw
エビフライの尻尾、なんて、現地のアメリカ人に通じないし。

でも、ある場面で、主人公たちがストーリーに関係ないような愚痴を言い合っているところを撮ってある。あれを使ったらどうだろう・・・。


結局、最終的にその「愚痴場面」を入れたカタチで、ショートフィルムは完成した。

その場面が「尻尾」だと気づいている人はほとんどいない。
でも、本筋に関係ないその愚痴の言い合いが妙な味になり、映像全体を逆に引き締めているのは確かなのだ。



それ以来、映像を作るにしても、文章を書くにしても、講演でしゃべるにしても、なるべく「エビフライの尻尾」を入れるように心がけてきた。

ゴールに向かって一直線にしすぎない。
内容を詰め込みすぎない。
あえて隙を作る。
ちょっとだけ本筋と関係ない話をする。

特に聴衆を目の前にする講演なんかだと、その効果が明らかにわかる。

そういう無駄話を挟むと、急に聴いてる方々の顔が生き生きするのである。そして次の大切なポイントに集中して入っていける。


人間もいっしょだ。
最近そう思う。
無駄な部分や隙があった方が魅力的になる。

この前、ある人を前に「あぁオレはなんでこの人のことがこんなに苦手なんだろう」と考えていて、ふとわかった。

あ、この人、エビフライの尻尾がないんだ。

明るくて優秀で魅力的。
でも人生が理にかないすぎていて無駄がなさ過ぎる。

エビフライの尻尾って、本当に大切だ。

先輩、教えてくださって、ありがとうございました。




古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。