廣部里美

NPO法人百菜劇場 代表理事/滋賀県近江八幡市に田んぼを借りて、2014年に独立就農しました。http://www.100seeds.net

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NPO法人百菜劇場 代表理事/滋賀県近江八幡市に田んぼを借りて、2014年に独立就農しました。http://www.100seeds.net

最近の記事

【連載22】次の10年のはじまりを共に

 販売できるお米の在庫がなくなってしまった。去年、計画していた量の6割しか収穫できず、資金繰りが厳しい。どうにかしなくてはいけない。出荷担当のアルバイトスタッフに、もぞもぞと「4月から出荷するお米がなくて」と話すと、「仕事は続けたいけど、お米が取れるまで休みでも大丈夫です」と返ってきた。自分が実現したいことは、人に迷惑をかけてでもやりたいことなのだろうかと情けなく思う。  百菜劇場には2人のアルバイトスタッフがいる。イベントやSNSを通して知り合い、私から声をかけて一緒に働

    • 【連載21】探し続ける背中を追いかけて

       2月は田んぼの農閑期なので、いろいろな研修会に顔を出している。毎年参加している「お米の勉強会」は、1986年に設立された。全国から自他共に認める稲オタクが集まり、泊りがけでひたすらお米の話をしている。自分の親世代の女性と1年ぶりに顔を合わせて、「元気にしてた?」と声をかけられる。いっしょにお風呂に入り、布団を並べて寝る。いつかの研修で、朝起きると、隣の布団の女性に「ねえ、田んぼの中にひとりでいる時間って最高よねぇ」と話しかけられた。そんなふうに田んぼをずっと好きでいたいと思

      • 【連載20】野菜農家で鍋を囲んだお正月

         お正月の過ごし方が難しい。なんとなく家族と過ごさなくてはいけない雰囲気があり、地元の福井に帰省するが、親から言われることは「早く結婚してほしい、公務員になってほしい」に決まっている。しつこく言われ続けて、10年以上になる。  滋賀の実家と思っている野菜農家の小林めぐみさんの家で、今年のお正月もめぐみさんの子供や孫たちに混ざって鍋を囲んだ。野菜たっぷりの鍋は、甘みとうまみが詰まっていて、食べるたびに「これこれ、この味がめぐみさんの野菜だ」と感動する。  めぐみさんとの付き合

        • 【連載19】愛想笑いをしなかった理由

           「嫁にいったほうがましやろう」。今年、10年ぶりぐらいに再会した、農業関連団体の年長男性から言われた言葉だ。30代前半までは、そういうことをよく言われたが、ここ数年は言われなくなった。かつてなら「そうですねぇ」と愛想笑いをしていたが、その時は無表情で相手を見ていた。男性は「農家の嫁になったら、田んぼも大きな機械もそろっていて、そのほうがおもしろいやん」と説明した。結局なんて答えればいいか分からなかったけれど、嫌な気持ちが残った。  私にお米づくりを教えてくれたのは、男性農

        マガジン

        • つれづれ農日記/女ひとり米農家になる記録
          22本

        記事

          【連載18】友人が選択した40歳からの仕事

           同世代の友人の伊藤さんは、大学で琵琶湖の保全について学び、卒業後はエコツーリズムの仕事に従事していた。3年前、コロナ禍で観光関連の仕事がなくなり、自治体の臨時職員をしていた時、農業に関わりを持ちたいと思い、百菜劇場の田んぼに通いはじめた。  そうして1年がたった頃、伊藤さんから「保育士になろうと思う」と告げられた。突然の宣言に驚いたが、伊藤さんは次のように話してくれた。  「自分が生産者になってお米をつくることよりも、人に体験してもらうことが、私にとっての農業だと思った。

          【連載18】友人が選択した40歳からの仕事

          【連載17】想像していなかった日々

           新米の収穫がはじまった。今年は、苗づくりに失敗したことが最後まで響いた。初期生育でつまずいた稲をなんとか雑草に負けないようにするため、歩行式の中耕除草機で田んぼを往復。炎天下で、動噴を背負って食酢除草も試したが、収量は厳しい結果となった。また支払いに頭をかかえる日々が続くのかと、ため息が出る。そんな夏が過ぎて、30キロの米袋をせっせと運んでいたら、自分の筋力が去年よりアップしていることに気がついた。  私は仕事以外では、周りの人に驚かれるほどインドアで、体を動かすことが好

          【連載17】想像していなかった日々

          【連載16】「助けて」と言える農家になる

           機械に対してずっと苦手意識があった。そんな私がトラクターやコンバインを運転するようになるなんて想像もしていなかった。今年、トラクターを買い換えたおかげで、水平の精度が格段に上がった。自分の腕というよりは機械によるものだが、きれいに代かきできた田んぼを褒めてもらい、体調を壊した農家から急きょ、代かきと田植えをお願いされた。  頼まれた田んぼに行くと、畦に穴が空いて水が大量に漏れているのを見つけたので、スコップと波板を取りに行き、穴をふさいで水を止めた。以前はこういう小さなト

          【連載16】「助けて」と言える農家になる

          【連載15】タガメを探しに小学生がやってきた

           6月に大阪在住の方からメールが届いた。小学生の息子さんがタガメ(環境省レッドリストで絶滅危惧種)を2年間探し続けていて、農薬を使っていない百菜劇場の田んぼで探させてもらえないか、という内容だった。協力できることがうれしい半面、田んぼの除草に追われて心の余裕がなく、少し面倒にも思った。  7月、大阪から件の小学生ふたりがタガメを探しに来た。「どうしてタガメを探しているの?」と聞くと、「かっこいいから!」とシンプルな答えが返って来て、気持ちがよかった。ふたりは虫取り網を持って

          【連載15】タガメを探しに小学生がやってきた

          【連載14】農機具店から学んだ信用について

           百菜劇場には集落の古い農機具がいろいろ集まってくる。独立してはじめの2年間は、集落営農組合の機械を借りていたが、3年目に、離農する農家からトラクターを格安で譲り受けた。その翌年には、別の農家から田植機を買い取った。部品交換などのメンテナンスが必要だったため、元持ち主の勧めで、近くの農機具店の荒木さんにお願いした。  会社を辞めて3年がたち、貯金が尽きる頃だったけれど、毎年使用料を払い続けるより、買ったほうがいいと判断した。私の見通しが甘く、他にもあれこれと出費あり、支払いが

          【連載14】農機具店から学んだ信用について

          【連載13】助産師の友人が教えてくれたこと

           出産内祝い用に販売している「赤ちゃん体重米」を、助産師をしている友人の大石さんから頼まれた。いつも百菜劇場のお米を「スイーツみたいにおいしい!」と言って、たくさんの人にすすめてくれる、すご腕広報でもある。大石さんは今年、助産師18年目で、去年、独立開業した。独立して初めて、妊娠初期からマンツーマンで担当させてもらった方のお産を終えて、「生まれた赤ちゃんの体重のお米を、これまでお世話になった助産師の師匠たちに贈りたい」と注文をもらった。その人たちのおかげで、助産師をやめずにい

          【連載13】助産師の友人が教えてくれたこと

          【連載12】誰もがのびのび暮らせる社会に

           百菜劇場のオンラインショップで看板商品となっている「出産内祝い米」は、友人が出産した際に依頼してくれたことがきっかけで商品化した。赤ちゃんと同じ体重のお米を、内祝いとして贈るというものだ。独立就農したばかりの頃で、経営戦略なんてものはなにもなかった。そんな時期に、たまたま友人から頼まれた「出産内祝い米」は、お米をギフト商品にするという、付加価値の高い農業経営を模索するヒントになった。会社員時代の貯金を使って、信頼するデザイナーにつくってもらったパッケージは、9年たっても魅力

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          【連載11】沢でつながる人と生きもの

           百菜劇場の田んぼは、琵琶湖につながる「北之庄沢」に面している。2011年の春、田んぼを借りはじめてすぐに、集落の農家の治一郎さんから「明日の朝、舟出乗るかぁ?」と声をかけられた。なにも分からず朝6時に集合場所に行くと、それは「北之庄沢を守る会」というグループの清掃活動だった。8人ほどのメンバーで田舟に乗って、沢の景色を楽しみながらごみ拾いをした。  その数日後に、また治一郎さんから「明日は公民館で飲み会するでぇ」と声をかけられ、日本酒を持って顔を出すとそれは、北之庄沢を守る

          【連載11】沢でつながる人と生きもの

          【連載10】おいしい味噌ができるまで

           冬季限定商品として、7年前から通販サイトで「味噌仕込みセット」を販売している。自家製の米麹、滋賀の在来種大豆、塩の3点セットは、発酵ブームやコロナ禍のおうち時間に影響されてなのか、毎年注文数が増えて、冬も忙しく働くようになった。規格外の中米を米麹に加工している約3ヶ月間は、朝晩に米麹の手入れをしなくてはいけない。麹菌のはたらきで発酵した米麹はあたたかく、生きものを飼っているように感じる。  子どもがいる友達に「仕事大変そうだね」と言われると、「米麹づくりも、お米づくりも、子

          【連載10】おいしい味噌ができるまで

          【連載9】田んぼの除草で決めたこと

           お米の有機栽培で頭をかかえるのが、除草作業。昨年は、「アイガモロボ」の実証実験に参加する機会に恵まれた。アイガモロボは、太陽光エネルギーで田んぼを泳ぎ回る抑草ロボット。スクリューで田んぼの表面を濁らせて、雑草を生えないようにする仕組みで、大注目されている最新のロボットだ。  アイガモロボを導入するためにはまず、田んぼをできる限り平らにしなくてはいけない。レーザーレベラーなどの便利な機械は持ってないので、ドライブハローで少しずつ土を動かした。アイガモロボが座礁しないよう、い

          【連載9】田んぼの除草で決めたこと

          【連載8】土からものを生み出すこと

           田んぼでとれた稲わらで、はじめて鍋敷きをつくった。わらをたたいてやわらかくして縄をない、わらでつくった土台に縄をぐるぐるまいた。  つくり方を教えてくれた友人のまどかさんは、身近にある自然素材で、暮らしの道具をつくれる昔の人に憧れて、近所のおじいさんに、わらで縄をなう方法を習ったそうだ。「縄ができたとき、近くにあるもので何かを生み出せたことがうれしくて、自分の中に小さな自信と安心感が生まれた」と話していた。竹ひごで籠をつくる練習もしたが、刃物を使うのが自分には向いていないと

          【連載8】土からものを生み出すこと

          【連載7】自分のための働きやすい場所づくり 

           稲刈りが終わり、新米の販売に奔走している。私は乾燥調整の設備を持っていないので、収穫した籾は、集落の農家の農舎に持ち込んで、乾燥、籾すり、選別、袋詰め作業をお願いしている。委託先農家は、80代男性ふたりで米・麦・大豆の生産をしながら、近隣農家の乾燥調整も請け負っている。  私が、出来上がったお米をトラックで取りに行き、家の倉庫に詰め込み、また戻ってくると、「さっきのお米、どうやって下ろしたの? リフトあるの?」と心配そうに聞かれ、「全部手で下ろしました」と答えたら、信じられ

          【連載7】自分のための働きやすい場所づくり