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【旅の備忘録】イルカに魅せられて ~御蔵島~

私は海で泳いでいた。野生のイルカを追いかけていたのだ。イルカは悠々と左右に蛇行しながら泳いでいる。それなのに、私が必死に泳いでも追いつけない。ついていくのがやっとだった。

必死に泳ぐ私のすぐ近くを、誰かが泳いでいた。イルカに合わせて左右に蛇行してみたが、その誰かもピッタリとついてきた。あまりにピッタリとついてくるので、少々鬱陶しい。

誰が泳いでいるのだろう?

気にはなったが、その時の私は、目の前のイルカを追いかけることに夢中だった。

しばらく泳ぐうちに、足が重くなってきた。疲れたのだ。もういいや。私は水をける足をとめ、イルカを追うのを諦めた。そして、ようやくすぐ側を泳いでいた誰かの方を振り返った。

その瞬間、まるでいたずらっ子のように、こちらの様子をうかがっている“それ”と目が合った。

えぇ~!! 思わず叫びそうになった。なんと、私のすぐ側を泳いでいたのはイルカだったのだ。

そうとは知らず、必死に目の前のイルカを追いかけていた私。傍から見たら、滑稽だったに違いない。目が合ったあと、そのイルカは、いたずらに満足したかのように、あっという間に去って行った。


私が野生のイルカと一緒に泳いだのは、伊豆諸島の御蔵島だ。


御蔵島は、東京の竹芝桟橋から東海汽船の定期船で一晩の距離にある、海の上にお椀をひっくり返したような形の島だった。海に面しているところはどこも急な斜面で、港に適した波のあたらない穏やかな湾はない。島から唐突に海に向かって桟橋が1本伸びているだけだった。そのため、潮の流れが桟橋にぶつかると、大型の定期船は着岸が難しくなることもあるらしい。そんな島なのだ。

御蔵島の周りには、野生のイルカたちが住んでいる。10人も乗ると船の上がいっぱいになるような小型の船で、ドルフィンスイムに向かうのだった。港を出て船を走らせ、イルカの群れを見つけると、船で先回りして海の中でイルカが泳いでくるのを待つ、ドルフィンスイムはそんな感じだった。

イルカの機嫌がよい時は、泳ぎ疲れて船に戻りたくなるくらいの長い間、私たちと一緒に泳いでくれることもあった。泳ぎの上手い人は、潜ってイルカと一緒にクルクルと回って遊んだりもしていた。

でも、イルカたちに遊ぶ気がないと、人間には知らん顔だ。そんな時は、私たちが海に入って待っていても、海の中の深いところをイルカたちはスッと通り過ぎてしまったりするのだから、どうしようもない。こんなときは、野生動物が相手だからしかたがないよね、そんな風に思うことにしていた。

私が御蔵島を訪れたのは、もう10年以上も前のことだ。

でも、あの、イルカと目があった時の驚きは今でも鮮明に覚えている。一生忘れることがないだろう。泳ぐのが好きな人には、ぜひ、いちど野生のイルカと泳いでみて欲しい。あの目で見つめられたら、一瞬で虜になってしまうのだから。

※【旅の備忘録】は過去の旅の記録です。もしご興味をお持ちいただき、御蔵島を訪れることを検討される場合は、最近のドルフィンスイムの状況や定期船の運行情報等、ご自身でご確認いただけますと幸いです。

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