New熟語譚26 粧唐(しょうとう)
粧唐
私は自分が嫌いだ。
だから化粧して、外国に行くことにした。そしたら、生まれ変われる気がする。大きな国がいいな。そしたら自分の存在が小さく感じられそうだから。
小さいまま生きていきたい。そしてプチっと消えるの。
私は私じゃない別の人になりかわって、人の人生を生きるの。そうすれば、辛くないでしょう?
私はコンビニに行って、化粧道具を買ってきた。
これで、生まれ変われるかしらん。
やり方は、わかっている。勉強した。
鏡は見たくないから、手の感触だけで、塗っていく。だいたいここは、下地が塗れているとか、わかる。ファンデーションも塗る。
口紅も塗る。眉毛も、書く。
ビューラーで、まぶたを挟んだ。痛いけど、気持ちいい。自分が嫌いだから。
これで、たぶん生まれ変わったでしょう。
もう、私は私じゃない。
私は履いたこともないスカートとハイヒールを履き、家を出た。
風がスカートを揺らす。スースーして寒い。
いってきまぁす。
だれもいない部屋に別れを告げる。
スーツケースには、なにも入っていない。
私は海に向かって、歩いていく。
カニさんが、横から口を挟む。
「ワスレモノ注意!!」
「うるさいな」
私はそのカニを無視していく。
「どこに行くの」
「知らないとこだよ。あんたの」
「知ってる」
「じゃあ、なんで聞くのさ」
「しらない。」
「だってそうでしょう?」
「しらない人だ」
「え、ほんとに?」
「見たことない人だ」
本当に、生まれ変われたんだと、私は確信する。そのカニの言葉に、うれしくなってしまう。
「ほんとうに、ほんとうに、私を知らないの?」
「知らないの」
「あっそう。」
私は考えた。別に私じゃないのなら、どこへ行っても同じじゃないか。ここにいても。
私は海を眺めた。
「海の向こうの国には、私のような人いるかしら」
「いる。いま、海の向こうで、コッチを見てる」
「え。そうなの?」
「自分じゃない限り生きられない人が」
「え、私、生まれ変わったんだけど。もう、自分じゃないよ」
そそくさと、カニは逃げて行った。
なんだよ。と私は思って、海から帰った。帰り道、下を見ながら歩いていたら、水たまりに映った自分の顔に愕然とした。
斑のあるファンデーション。はみ出た口紅。繋がりそうな太眉。
これでどこに行こうとしていたのだ。
私はますます、自分が嫌いになった。
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粧唐(しょうとう)・・・身の丈に合わない夢を見て、現実をみない結果、惨めになる様子。
※注 このことばは、造語です。実際にはありませんので、ご注意ください。