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New熟語譚⑦中絵石(なかえいし)

中絵石

僕は画家である。生粋の画家である。僕が画家であることは、もう生まれる前から、決まっていた。そう思うのは、僕が絵を描くこと以外に、なにも上手く出来ないからだ。だから、絵を描いて生きていくしかない。

みんな僕の絵を褒めてくれる。だから、僕は描き続ける。けれど、1つ問題がある。

僕の絵は売れない。

今まで、1つも売れたことがない。

なぜ絵を描いている時はみんな褒めてくれるのに、誰も買ってくれないのだろう。

このままでは生きていけない。一生親のすねをかじり続けなきゃいけない。親が死んだらどうしよう。

僕は焦った。

そうだ。個展をしてみよう。

僕は個展を開いた。お客さんが来てくれる。買い物帰りのおばさんが、僕の絵をじーっと見ている。僕はその様子を、こっそり見ている。

「なんか、もったいないのよねぇ〜」

そう言って、おばさんは去って行った。

どういうことなのだろう。どこが悪いのか、はっきり言ってくれ。

個展には、友達も来てくれた。

友達は、さっきおばさんが見ていた絵の前に立ち、じっとその絵を見ていた。僕がこの絵を描いていた時に、友達はこの絵を絶賛してくれた。きっとこの完成形の絵も、褒めてくれるだろう。僕は期待して待った。

「これ、最高傑作になると思ったんだけどな〜」

僕は愕然とした。

「どういうことだい」

「いや、前から、言おうと思ってたんだけどさ、なんとなく俺思うんだけど……」

友達は、言いよどんだ。

「お願いだから、言ってくれ」

「お前の絵って、いつも描いてる途中の方がいい味だしてるっていうかさ……」

目からウロコがぽろぽろ落ちた。そうだったのか。僕の絵が売れない理由は、きっとここにあったのだ。

「ありがとう!!親友!」

これでこそ、個展をやった意味があるというものだ。僕は描き過ぎていた。

言われてみれば僕は、絵を描くとき、いつもどこでやめればいいかわからなくなっていた。そしていつの間にか、画面が真っ暗になってしまうこともあった。そんな絵ばっかりだった。
僕は、やめ時を知らなければならない。どうやったら知れるだろう。例えばやめ時をタイマーでお知らせしてくれるとか、そんな時計があったらいいな。僕はそう思った。

そんな時計を売ってないかしらんと思って、僕はマートに出かけた。マートには、色んなものが売っている。外国や、外星の、見たことも無いものも、色々あった。だからきっと、なにか僕の目的に合うものが、あるはずだ。

僕は画材をぽつぽつと広げている所に近寄った。すると、そこのおじさんが、話しかけてきた。

「お兄さんの欲しいもの、わかるよ」

「えっ!そうなんですかぁ?」僕は大げさに驚いた。大げさに驚いてもいい位に、そのおじさんの声が良い声だったからだ。

もしかしたら、地球人じゃないのかもとか、僕は思った。

「絵を描くやめ時を教えてくれるものを探してるね。」

「はい、そうです」

今度は僕は冷静に驚いた。本来ならこっちの方が、おじさんは驚いて欲しかっただろうけど、地球人じゃない時点で、僕の考えが読めることなど予想できたし、もう僕は、おじさんの声に聞き耳をたてることに集中したかったから、僕の大きい声で、せっかくのおじさんの声の余韻をかき消すのは嫌だった。

「それで、おいくらですか」

「お兄さん、あんまりお金持ってないね」

「はい」

やばい。僕が親のすねかじりだということまでもばれている。

「なら、これはあげるよ」

「えっ!そんなことはできません」 

「いいよ、いいよ。その代わりね、これ、返品不可だから。その辺は、注意してよね」

「はい。もちろんです!!」

僕はできるだけ小声で言った。
おじさんは、後ろから、布に包まれた何かを取り出した。

「はい。これね。絵を描くときに、これを開きなさい。それで、わかるから」

「ありがとうございます!」

ウィスパーボイスで、僕は店を後にした。

ルンルン気分で家に帰り、さっそくキャンバスの前に座り、あの包みを開いた。

中に入っていたのは、なんの変哲もない石だった。僕は一瞬、からかわれたのかも。と思った。ただだったし。けれど、おじさんのあの声を信じてみようと思った。

僕は、キャンバスの横にそれを置き、絵を描き始めた。もう描いていると、手が止まらなくなる。僕は笑いながら描いていた。
すると、バンっと音がして、僕は我に返った。何が起こったのだろう。僕は回りを見た。いつの間にか、外は薄暗くなっていた。何時間描いていたんだろう。僕は時計を見た。11時間経っていた。
僕はキャンバスにもう一度向かおうとした。そこで初めて、キャンバスに大きな穴が空いていることに気づいた。
「ひゃあお!」と、僕は自分でも聞いたことのない悲鳴をあげた。さっきおじさんの所で抑えていた声が、一時に出てしまった様だ。

「な、な、なんで?」

僕は穴が突然空いてしまった理由を探した。キャンバスの向こうに、あの石が落ちていた。
まさか、この厚いキャンバスを、この石がぶち破ったのか。
「なんてことしてくれたんだ!!」と、僕は叫んだ。どうしたらいいんだろう。返品不可だから、もうこの石はかえせないし。

僕は混乱した。

どうしてだろう、どうしてだろう。

「あ」と、僕は思った。

この石は「絵を描くやめ時を教えてくれるもの」なのだ。

僕は改めて、破れた絵を見てみた。 

構図も、色合いも、完璧だった。
そして1番良かったのは、この絵があのおじさんの声を想起させることだった。

あのおじさんの声を万が一忘れてしまっても、もう僕は怖くない。
この絵を見ればいいのだから。

僕はこの絵が大好きになった。なので、破れたまま飾っておいた。

それからも僕は、絵を描き続けた。
傑作が、何枚も生まれた。
けれど難点が1つだけあった。
全部どこかに、穴が空いているのだ。

どうしよう。

僕は、やめ時を予想しながら絵を描くようになった。

時には、あと一筆と思って筆を入れた瞬間に、石が飛んで来たこともあった。あと一歩手前でやめていたら。と、僕は悔やんだ。


10年後、僕は完璧に、やめ時がわかるようになっていた。

ここだ、という時になると、自分の集中力が、自然にぷつんと切れるようになったのである。もう、あの石が稼働することもなくなり、あの石は、ただのオブジェになっていた。

僕はまた、個展を開いた。

10年前に来た、あの買い物帰りのおばさんが、また、買い物帰りに来てくれた。

おばさんは、その絵を30分位じーっと見ている。僕はその様子を、こっそり見ている。
おばさんの買い物袋の中にある生鮮食品は、大丈夫だろうか。

「いいわねぇ〜。この絵、くださいな」

それまで、おばさんの袋の中にあるかもしれない豆腐のことばかり考えていた僕は、突然の申し出に、頭が真っ白になった。

「あ、ありがとうございます!」

それが、僕の作品が売れた、最初の日になった。



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中絵石(なかえいし)・・・程よい加減を知ること

※注 これは、造語です。実際にはこんなことばはありませんので、ご注意ください。