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モラトリアム童話

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童話は童話でも、子どものために作られたわけではなく、子どもの心を持った大人のために作られた童話。でも、子どもも読めます。
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記事一覧

〈ファンタジー小説〉空のあたり7 最終話

〈ファンタジー小説〉空のあたり7 最終話

7.自力 

 ひまって、どうやってやったら良いんだろう。と、ぼくは考えた。
 ぼくは、自分がひまだった時のことを、思い出してみることにした。それは、とても小さい頃の事だった。

 夏休み、ぼくは、おばあちゃんの家に預けられていた。遊ぶ物もないし、友達もいないし、テレビも見飽きてしまって、ぼくは心底ひましていた。
 
 あぁ、こういう感覚だった。時間がもったり進んで、なにか大きくて丸くて、ぷよぷよ

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〈ファンタジー小説〉空のあたり6

〈ファンタジー小説〉空のあたり6

6. 遭逢

 ザザンと、波の音が聞こえて、ぼくは目を覚ました。今まで、このお店を取り囲む水を、ぼくは海だと思っていたけど、ほんとの意味で、海だと感じたのは、これが初めてだった。それは、今は、波があるからだった。ぼくは大きな布をたたむと、カウンターに向かった。カウンターはL字型になっていて、奥の席は、狭かったけれど、窓に近かった。ぼくは、その席に座って、窓の外を眺めた。
 打ち寄せる波が、カール

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〈ファンタジー小説〉空のあたり5 

〈ファンタジー小説〉空のあたり5 

5.諦観

 ぼくは頼りなく宙に浮いていたけれど、マスターは、まるでそこに地面があるみたいに、ぴしっと立っていた。
「マスター、ぼく今、空に手が届いたんです」
 興奮気味のぼくに対して、マスターは、えらく冷静だった。
「そうですか」
「はい。電話のある部屋にいたんですけど」
 そう言いかけた時、ぼくの頭の中に、つけっぱなしのコンロの火が、ぽっと思い浮かんだ。あ、そうだ。ぼくには伝えなければならない

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〈ファンタジー小説〉空のあたり4

〈ファンタジー小説〉空のあたり4

4.研修

 動き出した車輪は、上空に向かって回り出した。やがて自転車は宙に浮き、空中を、風を切って走った。自転車に乗ったのは久しぶりだった。
 しばらくこいでいると、若者に少しずつ近づいてくるのが分かった。ぼくは必死にこいでいたけれど、若者はゆっくりこいでいたからだった。
 そのうちに、あたりが暗くなってきた。時間の感覚がなくなるまで、ぼくは、走りつづけた。

 さすがに足が痛くなり、しびれを切

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〈ファンタジー小説〉空のあたり3

〈ファンタジー小説〉空のあたり3

3.欲求

「いらっしゃいませー」
 マスターの声がする。
 目を開くと、天井のベージュ色が見えた。
 そうだ。昨日はここに泊まっていったんだっけ。
 お店の方で、マスターとお客さんがしゃべっている。
 ぼくはしばらく布団の中にじっとしていた。
 お客さんが帰ったと思った頃、ぼくは、ようやく起き出した。布を畳もうとしたけれど、あまりにでかくて苦労した。手をめいっぱいのばしても、両端をつかめないか

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〈ファンタジー小説〉空のあたり2

〈ファンタジー小説〉空のあたり2

2.猶予

 目覚めは最悪だった。だって昨日、ぼくは無銭飲食はしなかったけれども、無断早退はしてしまった。何も言わずに休憩中に会社を抜け出し、そのまま家に帰ったのだ。
 昨日はなんとなく、ぼくがひまをした代わりの人が、ぼくの仕事をしてくれるのだろうと思っていたけれど、そんなの無理に決まっている。ぼくの仕事は、一日二日で覚えられるようなものじゃないんだから。

 とても憂鬱な気持ちで、ぼくは足取り重

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〈ファンタジー小説〉空のあたり1

〈ファンタジー小説〉空のあたり1

1. 救出

 用水路に足を取られないように、ぼくは必死に歩いた。何かに追われているように、ぼくは感じた。けれどそれは、幻だった。自分でも、半分気づいているのだった。それでもぼくは、あくせく働き、今、こうして休憩中に逃げ出して、用水路に足を取られないように、懸命に歩いている。
 そろそろゆっくり歩いても、良いころだろう。

 にゃあと猫の声がする。三毛猫の声だと思ったが、その根拠はどこにもない

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【短編】こころみえるけしき

通り過ぎそうだったその村に、偶然立ち寄れたのは、ぼくの幸運だった。そこの人たちは、他の人たちと、どこか違う。そう思ったのは、みんなどこか、生きづらそうに見えたからだった。その理由に気づいた時、ぼくは、ハッとした。みんな手に、何かを持っている。持ったまま、生きている。

それは、宝石だった。色も、形も大きさも、透明度も違う宝石を、みんな一人一つずつ、手に持っているのだった。

右手に箒を、左手に宝石

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〔短編小説〕雨宿りば

〔短編小説〕雨宿りば

 雨が降っていた。白い雨が。カラスのフンかと思っていたのに、ヒタヒタと一面に垂れていったので、それが雨だと気づいた。それは、修正液のように、真っ白な雨だった。私の服はどんどん真っ白になっていった。髪も、顔も、きっと真っ白になっている。

 息もできないほど雨足が強くなって来たので、私はどこか雨宿りができる場所はないかと、視線を移した。

 すぐ目の前に、最適な場所があった。なんせ「雨宿り場」と、書

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【童話】ももこのゆくへ

【童話】ももこのゆくへ

1.ももこ、いなくなる。
ももこがいなくなった。

うちの、ももこが

お母さんに、まず言った。それから、弟にも、それからお父さんにも。けれど最後に警察に言おうと私が受話器を取った時、お父さんがその手を引っ張って言った。

「ぬいぐるみごときで警察が動くわけないだろ」
だけどももこは、私の大事なともだちだった。
なんで、ももこが消えたのに私はだまって見ていなきゃいけない?こんな世界を一人で。

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【短いおはなし】えらこ

【短いおはなし】えらこ

「わたし、なんでも作れるから」そう、女の子は言った。じゃあ、靴を一足作って欲しいのだけれど。

 女の子は、「待ってて」と言って、タタターと、走って行った。待てども待てども、その女の子は戻って来ない。やっぱり、なんでも作れるなんて、嘘じゃないか。そう思ったところで、また女の子が、タタターと、走ってきた。その手には、一足の靴が握られていた。

「はい。履いてみて」

 足を入れてみると、なんとぴった

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【新春ショート】トラを起こすな

【新春ショート】トラを起こすな

「あ、そこ、トラがいるから、気をつけて」と言われて、ぼくは「あぁ」となった。こたつの中にトラがいた。ねこはこたつで丸くなるけど、トラもそうなのだろうか。でも、トラは大きすぎて、こたつから頭と脚がはみ出している。
トラの呼吸音が聞こえる。寝ているみたいだ。
「何日か前から、住み着いているんだ」と、友達は言った。
「平気なのかい?」と、ぼくは聞いた。
「平気じゃないさ。寒いもの」
どうやら友達は、トラ

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#2000字のドラマ 青い声

#2000字のドラマ 青い声

「あ、あ~今日もバイトだ」
 大学から帰るバスの中で、私は憂鬱になっていた。手には汗をかき、お腹も痛い。
 私がこんな風になるには理由があって、バイトの内容が、私に向いていないから。

 それは、接客。

 小学生の頃、ハンバーガー1個頼むのにも顔が赤くなり、しどろもどろになって、ようやく買ったチーズバーガーも、涙しながら噛んでいた私なのだ。接客など向いているはずもない。なのに私は今、ハンバーガー

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紙の学校

 僕は布団の中で、目を開けていた。

 学校のチャイムが聞こえた気がした。

 扉が開き、父さんが入って来た。
「転校するか?」
 そのことばに、思わず僕は振り返った。
「良い学校みつけたんだ」
 父さんの手には、きれいな封筒があった。

 封筒の中に入っている冊子はオレンジで、透明な封筒から透けて見える。
 クリオネみたいだ。

「校則は、工作」

 表紙には、そう書かれていた。そして、ページを

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