呪いが解けた日

 小学生来の友人から、籍を入れるという報告があった。
 もう二十代も後半、あと数年で三十路を迎える女子なのだから別におかしくはない話だ。むしろすでに結婚して子どもを育てる親になっている友人も多い。
 心の中ではいつかこんな日が来るのだろうと漠然と思っていたので然程驚きはしなかった。すんなり「あ、そう」と思った。

 でも後になって、おめでとうの気持ちと共に、どこか置いて行かれたような少し寂しい気持ちを覚えた。
 そして、何と言うか……「呪いが解けたな」と感じた。

 彼女とは小中学校が同じだったとはいえ、別々の高校に進学してからは今に至るまでそんなに頻繁に連絡を取り合うことはなかった。
 年に1回会ったら良い方、みたいな関係でもう10年の付き合いになる。
 だがこれだけ長い付き合いになる友人はおそらく彼女だけだろうと思う。

 私と彼女には昔、それぞれにずっと片想いをしていた男子たちがいた。そいつらと私たちは学校で軽口を叩き合うような関係だった。
 今思うと、私の場合は別に付き合いたいとか本気で思っていたわけではなく、ただ何となく好意を抱いていただけなのかもしれない。
 ただ、結局相手に想いを告げられなかったことは、思いのほか後々まで引きずることになってしまった。

 私と彼女は後々顔を合わせる度に、昔話の中であいつらのことを思い出していた。これは私たちの中でしか共有できない話であり、私も彼女だからこそ話せることだった。
 まあ、年を経るにつれて昔のことが美化されていくのはよくある話で、多分これもいくらか美化されていたのだとは思う。

 さすがに成人した頃からは、彼女と会ってもあいつらの話をすることが減って来た。私もあまりその話題には触れなくなった。
 多分その頃にはもう昔の話だと割り切っていたのだと思う。
 私は異性とは友人関係で留まることが多かったが(そもそも誰かと付き合いたいという気持ちにならなかった)、彼女の方は誰かとお付き合いもしていたようだ。ようだ、というのは私たちの間では基本的に恋愛の話をしないからである。

 そんな彼女の、この度結婚するという報告。
 私の頭の中を横切っていったのは、彼女と共有してきたあいつらのこと。 
 もう昔の話、と割り切ってはいたが、それでも私の心の奥底には当時の後悔というものが残り続けていたらしい。
 でも、彼女の左手薬指の指輪を見ながら、「ああ、呪いが解けたような気がする」と思ったのだ。

 彼女が私と同じだったのかどうかは知らない。
 もしかしたらとっくの昔に過去のことなど振り切っていたのかもしれない。
 でももうあの頃のことはずっと昔の、過去の話で。
 あの時の恋はもう終わったんだなあ、彼女は前を向いて違う地点に辿り着いたんだなあ、と。
 私にとっても、どこかスッキリしたような、不思議な気持ちになったのだ。少し心が軽くなり、吹っ切れたような、そんな感覚。
 それがまさに、「呪いが解けた」ようだった。

 とはいえ私の方はまだ当分、おひとり様でいるような気はするけれど。
 でも今は少なくともあの頃のことを単に思い出として思い返すだけで、切なくなることもない。
 
 あらためて、結婚おめでとう。
 そして私の中の「呪い」を解いてくれてありがとう。


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