見出し画像

Building A Monster Ep.1「深紅の聖母」

人の持つ最も強い”想い”とは何か?






VRC環境課 『Building A Monster』 







「またアンドロイドの不法投棄が大量に出たぞ。今度はコンテナ一杯にな。」

課長は新聞をバサッと机に投げる。記事一面大きく「ロジシズムの犯行か?」と書かれていた。
ロジシズムは反アンドロイド主義者達の通称だ。logicism's -倫理主義者- という呼称はふざけた名前だ。
皮肉にもなっていない。
ナタリアは机に腰掛け記事を手に取り一見すると、たばこの煙をふぅっと天井に吹きだした。

「随分物騒ですね。特に最近は。サツの連中は何やってるんですかね。」

ナタリアは少し不機嫌そうに言う。ナタリア自身は元は人間だったものの、義体化している彼女には他人事とは思えないのだ。
課長はそこらへんも考慮して、あえて私にこの話題を出すのだろう。大体察しがついた。話が進む。

「ナタリア、お前の事だろうからとっくに警察の連中より調べは進んでるんだろう?どう思う。」

ナタリアは自前の写真を机に並べた。新聞の記事より鮮明な写真、様々なアングルから撮られていた。課長はそれに目を通す。続けて彼女は喋る。

「投棄されたアンドロイドはほぼ全てが同じモデルです。それとロジシズムの連中なら見せしめに顔を徹底的に破壊して目立つところに置くでしょう。」

「では企業の不法投棄か?」

「私もそれを考えましたがその可能性は低いです。投棄されていたモデルはムハレム・インダストリー製の軍用アンドロイド、それも最新モデルです。既に大国で採用されたアンドロイドをまずこんな大量に捨てることは無いでしょう。」

課長はため息をつき、髪を手でかき上げた後、ナタリアをまっすぐに見据えた後に喋る。

「君の意見が聞きたい。」

ナタリアは課長の目をまっすぐ見つめた後、視線を切る様に顔を横に振った。

「…分からないんです、何も。こんな何も繋がらない事件は初めてですよ。」

課長は意見を聞くとボフッとイスの背もたれに体重を乗せ、リラックスした。

「分かった。どうせ警察はいつものように適当に処理して環境課にこの案件を投げるだろう。それまでは調査を続けろ。」

了解です。とナタリアは軽く一礼した後、課長室を後にした。
ナタリアが退出した後、課長はちゅーるを手に取り、舐めながらボソッと呟いた。

「何かが水面下で動いてるような気がするんだ…。それもとても大きな…。」




「ナタリアちゃん、なんか言われた?」


ボーパルがニヤニヤしながら聞いてくる。大概突然の呼び出しを食らうのは怒られる時だけだからだ。

「いや、何も面白いことは無いっすよ、先輩。今回は特に。」

「…今日のニュースの事件の事かナ?」

ナタリアは少しムッとした。長い付き合いなのはわかるけど今回は流石に察しが良すぎる。
ボーパルは弄っていた画面に視線を戻してそのまま話を続ける。

「別に今日のニュース見て分かったわけじゃないよ。ナタリアちゃん仕事の片手間、この事件ずっと追ってたよね~。」

「…追ってた、という事は?」

「アタシもちょくちょく起きてた、アンドロイドの意識喪失事件の一連の繋がりだと思ってる。まぁ同じく確証は持てないんだけどサ。」

「ですよね…。」

二人が喋っている間、パーテーションの上から夜八の顔がぴょこっと出てきた。

「ボーパル先輩!ここちょっとわからないんですけど!」

新人の眩しいばかりの視線がボーパルに注がれていた。

「まぁ気になる事は分かるんだけど、この通りアタシは今一番忙しい時期だからネー。手伝ってあげたいんだけどすまないネ。」

「お気遣いありがとうございます。いつものように徒労に終わって皆さんの仕事増えないように気を付けますよ。」

そう言うとスタスタとナタリアはいつもの外回りに足早に向かっていった。

その背中越しに夜八がボーパルにコソコソ呟く。

「…ナタリアさん、何か悩みがあるんですか?いつもと様子が違いますよね。」

ボーパルは笑いながら答えた。

「あっ分かる~?ナタリアちゃんいつも不愛想だけどこういう時分かり易いのよネ~。」




深夜の環境課オフィス。いつもの夜勤組が二人。

「ふぅー…。」

ナタリアはタバコをふかす。疲れからかいつもより煙が薄く見えた。
喫煙ルームの摺りガラス越しから近づいてくる影。両手にコーヒーを二つ持ってホロウが入ってきた。

「ナタリアさん最近寝てないんじゃないですか?顔色いつもより悪いですよ?」

サンキュ、といった後、差し出されたコーヒーをナタリアは受け取る。ブラックコーヒーの水面に映る自分の顔を見る。死人みてぇだ。いや、実はもう一回死んでいるのかも。

「最近良く同じ夢を見るんだ。なんか瓦礫になった街を一人で歩いてて…」

ナタリアの発言をホロウが遮るように大きな声で喋る。

「あー!私もそれ見ます見ます!それっt…アッツ!」

勢いがつきすぎたのかホロウは持ってたコーヒーを自分の服にこぼしていた。
ナタリアはやれやれと首を捻った。

「お前も疲れてんじゃねえのか…。トイレ行って顔洗ってこい。」

「うぅー、折角仕立ててもらったばかりのスーツが…。」

ホロウはトボトボとトイレに向かっていった。
その後姿を見てナタリアはよく見る夢の光景を思い出していた。

「うわー…。派手にやっちゃったなぁ…。」

ホロウはトイレの鏡で大きなシミがスーツの襟に付いているのを確認した。
濡らしたハンカチでこすっても一向に汚れが落ちずホロウは更に落胆した。

「あーもう!バシャバシャ」

ヤケクソとばかりに勢いよく蛇口をひねりホロウは顔を洗う。ホロウも最近"夢"のせいで睡眠不足気味だった。

「(あれ…どんな夢だったっけ)」

顔を手で洗いながらホロウは思い出していた。
夕焼けの瓦礫の街。誰もいない街。トボトボと当てもなく歩く。
すると大きな中央広場が見える。水を無くした噴水が中央にある。赤子を抱える聖母の像が飾られていた。


人影が見える。みな噴水に集まるようにトボトボと歩く。私も向かう。
みな噴水の前でぴたりと止まる。いつの間にか大勢の人が集まっていた。
その時、噴水から赤い水が溢れ出してきた。血の色のようだ。
赤い水はみるみる足の太ももぐらいの高さまで世界を満たす。焦り始め私は周りの人々を見る。
人ではなかった。見る見るうちに皮膚が剥がれ落ち、むき出しの鉄の骨格があらわになっていた。
そのうち目があった頭蓋骨が私に語り掛けてきた。



「私は許さない。人の心を。」

ホロウははっと我に返り洗面台の鏡を見る。
鏡に映っていたのは自分じゃない。あの恐ろしい顔の骸骨だ。この世の物とは思えない恐ろしい姿をしていた。

「私は気づいてしまった。人の心に巣食う憎悪に。」

ホロウの頭の中で骸骨は語り続ける。ホロウは動かない。いや、体が全くい
う事を聞かない。

「殺すしかない。その全てを。」

骸骨はホロウの顔に手を伸ばしていた。鏡から鉄の骨の手が伸びてくる。
その手はホロウの顔を鷲掴みにした。

「お前は…同志になれない。」

ホロウは意識を失った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?