皇族に対する差別と虐待と迫害

蠍戌

 他人の恋愛や結婚に興味はない。
 当然、小室夫妻についても、話題になった当初より関心はなかった。
 しかし、YOU ARE THE ONEなどというWe Are The Worldの二番煎じみたいな曲もあったとはいえ、ブイブイ言わせてた頃と大分風向きが変わっちまったなってそっちの小室じゃねぇ!

 改めて小室夫妻について。
 関心はないとはいえ、当初は男のほうに漠然とした胡散臭さを感じたり、女が男のもとに出奔すりゃあヒーローになれるってのになんでやらんのやと歯痒く感じたりしたことはある。けれどもせいぜいその程度。
 だから数年越しに想いを成就させたとて、本当に興味がない。まーだやってたのネってぐらい。
 だからこそそんなこと取り上げるメディアやそれを追い求める大衆の一部が不思議でしょうがないのだ。よくもまあ他人の結婚でこうも盛り上がれるな。ほかに楽しみとかやることないのかこいつらは、という感じ。
 このために彼らが非難されようが称賛されようがどうでもいいのだ。どこで何をしてようと俺には関係のないこと。人として幸福になってくれたらいいネ、と全ての人に対して思うのと同じことを人として思うだけのものである。

 しかし、今回ばかりは彼らに万歳三唱を捧げたくなった。
 その原因が直木賞受賞歴もある大作家ときている。
 語れるほど彼女の本を読んではいないが、『下流の宴』は今思い返しても大傑作といえる素晴らしい作品であった。とかく現代の世相をエンターテイメントにして描く技術は見事としか言いようがない。
 そんな彼女がこのたび上梓したのが『李王家の縁談』。12月2日の毎日新聞夕刊にて、この作品に触れつつ彼女にインタビューした記事が掲載されていた。

 この記事によるとその作品は、「戦前、娘たちの縁談に奔走した皇族の梨本宮伊都(いつこ)子妃を描いた」ものだという。その人は実在した人物であり、その長女、方子(まさこ)さんが朝鮮王朝王世子の李垠(イウン)に嫁いだのも歴史的事実であるという。そして「作中の伊都子妃は合理的な考え方の持ち主だ。韓国併合によって朝鮮王国を日本の皇族と考え、日本に留学し陸軍の士官候補生だった李垠との縁組を思いつく。周囲には『日朝融合の証し』でもある縁談。見知らぬ隣国の王家との結婚を嫌がる娘に対して、伊都子妃は『お国のため』と説得する。」とのこと。
 作者はインタビューでこう述べている。「日本国内の皇族にいい相手がいなければ、隣の皇太子だっていいじゃん、お金持ちだし、次の王になるんだから、全然OKじゃんと考えたと思う。(大正天皇の皇后)貞明皇后は『縁談をまとめるのは女の仕事である』と言い切っていますけど、私はこれが正しいんじゃないかなと思ってます」とのこと。
 さらに記事では「本作では、明治から大正、昭和と激動の時代を生きた皇族の姿もリアルに浮かび上がる」といい、作者はこうも述べている。「皇族の多くが、自分の置かれた立場をよく自覚していました。高貴な人は与えられた義務を果たす『ノーブレス・オブリージュ』という言葉があるけれど、それを理解していたのでは。自分にも自由がある、個人の幸せをないがしろにするのか、ということは全く考えてなかったと思う」と。
 加えてこうも言う。「眞子さんは『ノーブレス・オブリージュ』をお捨てになったんだなと感じた」「『それの何が悪い?』という考えもありますが、そもそも皇族は4家しかなく存在が盤石ではなかったところを、みなさんが頑張ってこられたのです。戦後、昭和天皇がどのように国民の信頼を得ていったのか、美智子さまがどんな苦労をしたのか。親しみやすいけれども、みんなが尊敬する皇室を作ってこられました。私はその歴史を知っているので、眞子さんは祖先の努力を壊そうとなさるのかなと思うのです。皇族というものは、みんなの尊敬と憧れがなければ、もろくもぽろぽろと崩れ去ってくるのでは」

 自分の場合、そもそも皇族に対する尊敬も憧れもない。あるとすれば全ての人に対して同じように抱くべき尊敬を人として抱くだけのものである。それだけに全くもって理解できない発想である。むしろあの戦争に負けておいてよくもまあ尊敬と憧れを抱き続けていられるものだとある意味尊敬する。戦争を讃美することでしかかつてのような復権はなく、そして敗戦の事実がそれを不可能たらしめているのだ。
 そうして気が付いたことが今回の記事のタイトルである。
 この人のように皇族を信奉する連中は、とりもなおさず皇族に対する迫害と虐待と差別を行っているのに過ぎないのだ。自分の思い描く理想の皇族を現実に存在する彼らにあてはめ、それからはみ出た者に対して身勝手に失望し、ついには攻撃を加える。これを差別と呼ばず、虐待と呼ばず、迫害と呼ばず、何と言おう。
「戦後、昭和天皇がどのように国民の信頼を得ていったのか」などと言うが、それは敗戦があってこそのことである。もしも勝敗がひっくり返っていたならば、自分だってこのような考えは持たなかったかもしれぬ。
 すべては敗戦が招いたことであり、その後の皇族の歴史を見ればわかることだ。上皇も天皇もその弟も、みな皇族でない女性を伴侶に迎えている。これこそ往時とそれ以後の皇族の差異の象徴ではないか。
 天皇陛下万歳。それは終戦を迎えてこそ叫ぶべき快哉だったのだ。現人神が神の役目を終えて現人人になったことをこそ祝福するために。

 記事は作者の言葉で締められている。「いつの時代も高貴な方々の結婚は難しい。難しいんだけれども、みんな知恵を絞ってうまくまとめてきた。私はこの本を書いたことで、皇族に関してはとても保守的な考えになりしまた。以前なら『別にいいじゃん』みたいな考えもあったと思うけど、歴史を掘り起こしてみたら『愛があればいいじゃん』なんて到底思えない。お二人には、ぜひこの本を読んでいただきたいですね」。
 なるほど、『ノーブレス・オブリージュ』を捨てた下賤なお前らにはこの程度の書物がお似合いだということか。

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蠍戌
小説を書くのが趣味。 プロになるのはほぼ諦め。 とある小説の投稿サイトに幾つか投稿済み。 いずれこっちに引っ越したいけど感想もらってるのもあるからなあ。