「使えない人」はいない。「使わない社会」があるだけだ。

「使えない人」はいない。「使わない社会」があるだけだ。

蠍戌

 これは従業員と会社の関係にもいえる。
 すなわち「使えない従業員はいない」ということと、「使わない会社があるだけ」ということだ。

 判決が明日11月9日と、いよいよ大詰めを迎えている感のある大口病院連続点滴中毒死事件。
 すでに被告は死刑が求刑されており、被告もまた「死んで償いたい」と述べたという。事件の態様と結果だけ見れば当然のことであろうし、被告もまた真っ当な価値基準と人間性を保っているといえるが、経緯を知ると煮え切らないものが多分にある。
 11月5日の毎日新聞夕刊は一面でこの事件を取り上げ、特に被告の生い立ちや犯行に及ぶまでの詳細をまとめている。
 ここから引用していくと――
・被告は高卒後に看護学校に通い、横浜市内の病院に就職。リハビリ病棟で勤務を続けるうち、やりがいを感じるようになった。
・しかし、次に担当した障害者病棟では、重い障害を抱えた患者が勤務中に亡くなることも少なくなく、急変した患者への対応に手間取り、厳しい言葉をかけられることもあった。
・精神科受診、休職、復職、退職を経て、旧大口病院に就職するが、終末期患者が多く、死に立ち会う機会は減らず、急変して死亡した患者の家族が、病院の看護師らに強い言葉を使う場面に再び立ち会った。
・これが被告を心理的に追い詰め、「自分の勤務外の時間に亡くなってほしい」という思いが芽生えた。
 ――とのこと。

 真っ先に腹が立ったのは、なぜ自分や家族の生命、健康を守ろうとする医療従事者に対し、厳しい言葉、強い言葉を使う奴がいるのかということだ。まして死は必定。れっきとした医療過誤ならともかく、信念や責任感を胸に日々格闘している人たちによくもまあそんな態度が取れるものだ。それが嫌なら手前が天才的な医学を修めるか、いっそ手前も手前の家族も生まれてこなければよかったのだ。被告を被告たらしめたのは、被告の手により被害者を生み出したのは、このような不心得者であると思えてならない。そいつらがのうのうとしているかと思うと不愉快でならん。
 冷静になれば、もちろん被告にも非はあると思い至る。やりがいを得られた業務から離れ、次の業務を休職、さらには退職し、なおかつ新しく就いた業務が同様の負担になるという、いわば適性を欠いているのが明白な業務に、なぜ固執したのかということだ。
 また休職や退職に至るほど適性を欠いた職場になぜ従業員を配属したのか。あるいはそれを防ぐためのコミットメントをなぜ怠ったのか。会社(ここでは病院ということになろうが)の人事センスの欠落も見逃せない。今回の新聞記事になっていないだけで、同院の職場環境は相当に異常であり、それがおざなりになっていた杜撰さも指摘されており、ここはここで別個に裁かれるべきだとも思わせてくれる。

 当時の被告を慮ると、再就職先をさらに辞めてまた仕事ができるようになるかどうかという危惧を有していたことが想定される。
 自分も経験はあるが、仕事が決まらない日々は苦しいものである。
 それでも自分は自分が死んだり誰かを殺したりしないように、職を辞するという選択をしてきた。それは相応の覚悟が備わっていたからであるが、気狂いとどっこいかそれを上回る人格だからともいえる。真っ当な人であればこそ、社会の目に耐えられない。だがそんな社会は誰が作ったというのか。
 被告は決して使えない人ではなかった。被告自身も社会においても、この人の使い方を誤っていただけなのだ。要は被告がそして社会が、この人を使わないでいただけなのだ。環境の調整、適切な場の準備があれば、被告は十分にやりがいをもって適応できたのだ。それは全ての人にも同じことがいえよう。全ての従業員にも全ての会社にも同じことがいえる。

 とはいえ、それを理由に被告が赦免されるわけではない。減刑も厳しかろう。
 それでも叶わぬことと知りつつも、死刑が回避されることを願う。その条件として、被告には生涯に渡る刑務として、囚人の看護にあたることを任じてほしい。
 囚人の多くはやがて刑期を終えて社会へと戻っていく。刑期はただ単に罰を受けるための期間ではなく、矯正の期間である。矯正とはいわばリハビリだ。そのためには心身の健康も欠かせない。被告にはその一端を担ってもらいたい。死ぬことによる償いはこの被告には適さない。

 人を使わない社会は、人を不幸にし、社会を不幸にする。
 人の幸福と社会の幸福のためには、適切に人を使うことが必要なのだ。
 これは従業員と会社の関係にもいえる。
 従業員を使わない会社は、従業員を不幸にし、会社を不幸にする。
 会社というミクロで見るか、社会というマクロで見るかは、人それぞれだろう。
 しかしコミットメントのしかたは同じである。人を適切に使うということ。ただそれだけのことだ。

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蠍戌
小説を書くのが趣味。 プロになるのはほぼ諦め。 とある小説の投稿サイトに幾つか投稿済み。 いずれこっちに引っ越したいけど感想もらってるのもあるからなあ。