コロナとパニック障害
もし読んでくれたらありがとうございます。
2020年の12月、新型コロナウイルスに感染しました。
そしてその後パニック障害になりました。
その時のことを書いていろいろ整理してみよう。
※パニック障害になってから、芸能人が心の病気になったニュースをみると自分も少しやばい感じ(伝わって)がします。
なので同じような心の弱い人は読まないほうがいいかもです。
12月上旬
発症1日目
まず起こった症状は「あ、これ熱出るな」って感じの悪寒でした。
その日はすぐに寝て朝起きると38℃の熱が、
そこから2日間は熱と頭痛、関節痛が続きました。
しんどいけどたぶんインフルエンザだ。
そう思っていたので僕は特に何も考えず、Trainspotting2をみたりして過ごしていました。
キツいけど気持ちは余裕でした。
『Trainspotting2』
大学生がみんな好きなカッコいい映画、Trainspottingの完結編。
とにかくキャラクターがみんなダサく歳をとっている。
そして最後には報い?がある、そんな映画。
発症3日目
熱が治まったころ、ようやく病院で抗原検査を受けることができました。
症状的にインフルエンザだなーと思っていたのですが
まさかの陽性。
家に帰ると保健所から電話があり、荷物をまとめてホテル療養をしてほしいと指示が。
その日のうちにホテルでの療養生活が始まりました。
はじめての一人暮らしだ。
少しわくわくしながらホテルに到着し、その日は終わりました。
発症4日目
急に喉の痛みがはじまりました。
これがほんとに痛い、人生で1番辛い時期でした。
ツバを飲むのも痛い、ご飯はもちろん痛い
痛くない瞬間がない!
せめて喉が痛くないようにとホテルの方に弁当ではなく毎日セブンのうどんを買ってきてもらい、それを1時間かけて食べてました。
コロナしんど。
誰にも会わない、食事はいつも同じ(自分のせい)
オールドボーイみたいに、だんだん監禁されてる気分になりました。
韓国映画『OLDBOY』
おもしろいけど、韓国映画らしい胸糞ラスト。
マンガ原作の方は「え?おわったぞ?」みたいな終わり方をします。
発症5日目
夜になると、向かいの部屋にいるであろうおじいちゃんの咳。
もしかしたら俺も明日死ぬのかも。
想像力は豊かな方なのでだんだんと怖くなってきました。
その頃から、たまに夜眠るとき2時間ほどで目覚め、脱水症状なのか呼吸が乱れているのかよくわからないけど死にそうだ!という感覚に襲われるようになりました。
今考えるとこれがパニック障害のはじまりでした。
それから6日ほど経ったころ、喉の痛みは自然と引いていきました。
「発症から10日間経ったので退院です。」
ついにオールドボーイ状態から解放されました。
ちなみにこの頃から退院時のPCR検査は行われなくなっていました。
「ほんとに治ったのか?」
疑問が残るまま退院し日常生活に放り込まれました。
そして、その日常を送る中で体にいろいろな異変が起こり始めました。
異変1つ目、体力の激しい低下。
9時になると、「やばい、死ぬ!」と思い寝ました。
この感覚はもう説明できません。
異変2つ目、アルコールが受け付けない。
クリスマスにワインを飲んだら1口で顔面蒼白に。
もともと弱かったけど、怖くてお酒が飲めなくなりました。
異変3つ目、カフェインとコーラ?が受け付けない。
なぜかコーヒーとコーラでも同様に「もうだめだ…」状態になるようになりました。
異変4つ目、湯船に浸かるとのぼせ過ぎる。
昔から長風呂が大好きだったのですが、体があったまって風呂から出るとそのままへたりこんで何もできないほどのぼせてしまうようになりました。
このようなことが立て続けに起こり、コロナの後遺症というものが自分を蝕んでいる!と思うようになりました。
そんな不安の中で年が明け、2021年になりました。
1月上旬
夜、眠れないままなんとなくTwitterをみているとコロナのことがたくさん書かれてました。
このころみんなの一番の興味はコロナの後遺症について。
自分も当事者として気になって後遺症に関するツイートを見ていました
そこに、「コロナは将来的にHIVより強い免疫不全・また臓器不全を引き起こす可能性がある」
というツイートがありました。
これが心にクリーンヒットしました。
自分の中の不安と酒やコーヒーが飲めなくなったことなどの異変が全てつながった気がしました。
「やばい、どうしよう死ぬのかも」
そう考えた瞬間、呼吸がうまくできなくなりました。
(あれ、今息吸えてるかな?まだコロナなのかな?苦しいな、脈はどうなってるんだ?怖い、このまま死ぬのか?)
頭の中をぐるぐるいろんなことがめぐり完全にパニックに陥りました。
その日は2〜3時間その状態が続いたあと、少し落ち着いて寝ました。
次の日、起きるとふつうに元気でした。
「あれ?なんもない、自分は大丈夫だ!」
そう思うことにして、また日常生活を始めました。
しかしもうこの時には完全にパニック障害になっていました。
1月中旬
アルバイトをした帰り、いつも通り電車に乗っていました。
その日はバイトにペットボトルの水を持っていくのを忘れていました。
(喉渇いたな…)
2020年の夏に熱中症になったことがあり、
そのことがきっかけで水を常に持ち歩くようになっていました。
季節は1月、たぶん何の問題もなく家に帰れる。
でも頭の中の不安は止まりませんでした。
(どうしよう、脱水症状だ…。死ぬかもしれない。
あれ、また呼吸できてないぞ。怖い死にそうだ!)
感覚でいうと不安のギアが一段深くかかってロックされた感じになりました。
この前と同じだ!
完全にパニックに陥ってしまい一駅で電車を降り、
無我夢中でポカリスエットを買ってホームでがぶ飲み。
また電車に乗ったり降りたりを繰り返しながらなんとか家に帰りました。
関係ない話なのですが、自分はラジオが好きで普段から電車の中ではradikoで深夜ラジオを聴いています。
このパニックの中、なによりも心を救ってくれたのは『アルコ&ピースのD.C.GARAGE』でした。
なぜか他のラジオではダメで、その電車の中ではひたすらD.C.GARAGEに耳を傾けていました。
アルピーありがとう。一生応援します。
『アルコ&ピースのD.C.GARAGE』
TBSラジオで毎週火曜深夜0時に放送。
その後友人からの「病院行ってみたら?」の一言がきっかけで病院に行くことになりました。
この時は現在のパニックを、コロナの後遺症による自律神経失調症だと思っていました。
そのためまず脳神経内科に行くことに。
「コロナの後遺症で自律神経の問題みたいな症状が出てて、診察していただけませんか?」
電話で予約をして病院に行き、診察室に入ると
なぜか全身防護服?を着たお医者さんがいました。
「診察をすることはできません。」
は?
頭が真っ白になりました。なんで?
そのお医者さんはいわゆるコロナ脳になってしまっている方でした。
「発症から1ヶ月経過していないため診察できません。PCR検査を受けてきてください。」
パニックになりながら必死の思いで家を出てきたのに。
市からももう行動制限は解除されてると訴えましたが、聞く耳を持ってくれず、その日は帰ることになりました。
その後、すぐにお医者さんではないスタッフの方が電話をくれて、「先程は申し訳ありませんでした。違う駅にグループの脳神経内科があり、そちらなら診察を受けることが可能です。」と教えてくれました。
訳わかんねえよ、と思いつつ次はその病院に向かいました。
そこでは診察を受けることができましたが、特に異常は見つかりませんでした。
そこでお医者さんに
「心療内科に行ってみて」
と言われました。
そこで3度目の正直?で心療内科に向かいました。
診察にてお医者さんにこれまでの経緯を説明すると、
「パニック障害です。」診断されました。
今さらですけど、自分が心を病むなんて絶対にない!と思っていました。根拠はないけど。
ただ、パニック障害なら死なないじゃん!と少し心が軽くなりました。
そして不安になったら飲む薬を処方されました。
こうした経緯でパニック障害持ちになりました。
人生って何が起きるかわからないですね。
その後なんやかんやでパニックを少しずつ克服?して
今もたまに少しやばいけどなんとか日常生活を送れています。
パニック障害になってから現在までの間に就活もしていたりするので、やる気が出たら今度はパニック障害と就活についても書いてみよう。おわり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?