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【第9章】 怨念 〜後編〜

第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 怨念 〜前編〜 』

 角角した横長五角形の凛々しかった姿は真っ黒に焼け焦げ、木面には亀裂が幾重も生じ、ボロボロ状態。

「ごめんね、木札ちゃん……」
 私の手の平で横たわっている木札ちゃんがカタ、とだけ微笑む。
「でも、真紀子に裏切られたことをバッサリ断ち切るなんてできそうにないよ……」

 超弱気の私に、木札ちゃんが最後の力を振り絞るように、弱々しい3Dホログラム文字をうっすらと宙に浮かべる。

『悪い出来事を断ち切るには……』

「断ち切るには?」

『自分のために、敵を許す……』

「真紀子を許す!? 私の企画を奪った真紀子を……許す……?」
 そんなことできっこない、絶対に……。
 だって、真紀子は私たちの努力を踏み台にして……

「アーーツッッ!!」
 手の平に載せていた木札ちゃんの全身がみるみる高温発熱し、
「アッツ、アッツ、アッツ、アーーーツッッーー!!」
 危うくまた闇堕ちしかけるのを無理やり正気に戻された。

 とその時、木札ちゃんに操られたスマホのAIが起動し、
『憎むことは、逆に相手に心を支配されている状態。その支配から自分を解放して前進するために、敵を許すことで相手との悪しき関係を断ち切るのです』
 機械的な音声で教えてくれた。

「わかった……」
 ボロボロの木札ちゃんを壁へ掛け、
「わかったわよ……」
 スマホを手に取った。

 自分が前進するために……
「木札ちゃんを信じるよ……」
 真紀子への恨みから、自分を解放するために……
「私は……真紀子を……許す……許す……許す……許す……」
 つぶやきながら、優子へ短いメールをスマホから送信した。

 優子さま
 さきほど、愛用のパソコンが不慮の事故に遭い大破してしまいました(笑)
 なので、もう真紀子のことは報告しなくていいからね。
 今度は仕事抜きで、美味しいエディブルフラワーを楽しみましょう!

 これでもう、優子は真紀子の近況を報告してこないだろう。

「はあああ~~~~……」
 椅子にもたれながら、魂が口から抜け出ていく(ようなため息)。

 エディブルフラワーの仕事を完全に手放した虚しさを感じるいっぽうで、今まで自分の中に鬱積していた真紀子への恨みが浄化されたような、妙に清々しい気分も味わっていた。

 翌日、私は寝不足ながらも物流倉庫でせっせと野菜の検品作業に励んでいた。

「おい、ちょっといいか?」
 突然、背後から鬼瓦センター長が声を掛けてきた。

「はい……?」
 緊張しながら振り返ると、
「ちょっと事務室まで一緒に来てくれ……」
 言葉少なにセンター長が歩き出す。

 ???????

 不安で胸がいっぱいになりながら、センター長の後に続く。

 事務室へ入ると、
「キミが、ゆかり君かあ!」
 オールバックの髪に、高級そうなスーツに身を包んだ見知らぬ男性が微笑みながら近づいてきた。

「はあ……」
 強ばった表情のまま小さくうなずくと、
「おい、この方は本社の企画戦略本部室の室長さんだぞ……」
 センター長が耳元でささやく。

「ウエエッ……企画戦略本部の……室長さん……!?」
 絶句する私に、室長さんはにっこりと笑いながら、
「明後日から、キミは企画戦略本部室へ異動になった。今日はもう仕事を中断して、明日一日ゆっくりと身体を休めてから、明後日に本社へ出勤しなさい」

「!?!?!?!?」
 まったく状況が掴めずフリーズ状態の私に代わって、
「コラ! なに黙ってんだ! 室長さんに向かって失礼だろ! すいません、すいません」
 センター長が頭を下げてフォローしてくれる。

「いや、謝らなければいけないのは私のほうだ。ゆかり君、キミがエディブルフラワーの本当の仕掛人なんだろ?」

 室長の核心を突いた質問にどう答えていいかわからず、ドギマギするばかりで言葉が出てこない。

 なんで、室長がそのことを知ってるの……?
 なんで……???

「まあとにかく、明後日から企画戦略本部室でバリバリ働いてもらうからな! エディブルフラワー、期待してるぞ!」
 室長は私の肩をポンと叩いて、去っていった。

 真紀子が今さら本当のことを告白するわけがないし、いったいどうして、室長がエディブルフラワーの企画立案者が私だと知ったのか、まったくわからない。

 でも、昨晩、真紀子を許し(心の中で勝手に)、エディブルフラワーを手放したら、企画戦略本部室へ異動となり、また再びエディブルフラワーの仕事にたずさわれることになった。
 これは、偶然ではなく、強い因果関係が働いているのを感じる。

 なぜなら、前に神主さんから教えてもらった、
『この世の中には、『偶然』とか、『たまたま』とか、そういう現象は存在しないがじゃ。たとえ、予期していなかった幸運なことや不運なことが身の上に起こったとしても、それは、そこに至るまでの膨大な選択肢の中から、自分自身が一つひとつ選んで行動してきた『必然』の結果ですがじゃ』
 の言葉を思い出したから。

 事務室を出た私は、センター長が必死に止めるのを無視して(笑)、きっちり午後六時まで物流倉庫での重労働を続けた。

 不思議なもので、明日からここへ来れなくなると思うと、辛くてきつい仕事場だったのに寂しく感じ、さんざん怒鳴られたパートのおばさんたちや鬼瓦センター長と涙のお別れまでした。

 こうして、約二ヶ月間に及んだ物流倉庫での肉体労働は終了した。

 二日後──。

 私は慣れないスーツ姿で、本社の前に立っていた。
「今日から、あの企画戦略本部室で、私が働く……」
 急転直下の展開に、まだ実感が湧かないでいた。

 切れ者、実力者、曲者たちがしのぎを削るあの部署で、本当にやっていけるのだろうか……。
 それに、私を裏切った真紀子とうまくやっていける自信がない……。

「やばい……」
 胃がキリキリと痛み出し、
「私が企画戦略本部室でやっていけるわけないじゃない……」
 その場から一歩も前へ進めなくなってしまった。

「ゆかりさ~ん!」
 背後から聴き覚えのある声がして振り返ると、
「ど……どうしてここに……」

 平川あざみさんが微笑んでいた。

「お久しぶり、ゆかりさん。驚いたでしょ?」
 いたずらっ子な表情をする平川さんの登場にドギマギしながら、
「あの……私……今日から企画戦略本部室に……」
「当然よ!」
 平川さんが憤慨しながら、
「あなたのエディブルフラワー企画なんだから!」
 そして、この数日間でなにがあったのか、経緯を手短かに教えてくれた。

 平川さんの説明によると、こういうことだった。

 数日前、企画戦略本部室の室長と真紀子が平川さんの元を訪れ、ウチの会社でエディブルフラワーを大々的に取り扱うことに決まったので、これからは専属アドバイザーとして全面的に協力してもらたいとお願いされたらしい。

 でも、私が同席していなかったことに平川さんは違和感を抱き、
「ゆかりさんと一緒にお仕事ができるなら、ぜひ」
 と答えたところ、
「ゆかりは別部署の人間なので関われないんです」
 真紀子が動揺しながら返してきたので、
「ゆかりさんが関われないなら、遠慮させていただきます」
 きっぱりと断ったのだそうだ。

 まさか断られるとは思っていなかった室長が、
「ゆかりって誰だ? エディブルフラワーに関係してる人間なのか?」
 厳しい口調で真紀子へ尋ねたものの答えに窮し、その状況を見かねた平川さんが代わりに、
「室長さん、エディブルフラワーの試食販売フェアーを企画して成功させたのは、御社の物流倉庫で身を粉にして働いている、横田ゆかりさんという素晴らしい社員さんなんですよ。それなのに、どうして、そのゆかりさんがエディブルフラワーの事業から外されているのか存じませんが、ゆかりさんがこの企画の責任者になってくれるのであれば、私は全面的にご協力いたします。あの試食販売フェアーのおかげで私の書籍も大増刷されるほど、ゆかりさんに力を貸してもらったんです。いつも控えめでおとなしい人なので、今回の功績も他人に譲ったのかもしれませんが、ゆかりさんが企画から外れたと知ったら、エディブルフラワーの生産者さん達も誰一人、協力しないと思いますよ」

「……って言ってやったのよ〜〜!」
 平川さんがニカっと笑う。

 すべての事情を理解した私はあふれる涙を止めることができず、2時間も気合いを入れまくったキャリアウーマン風メイクがグチャグチャになってしまった。

第10章『 エイヤ! 〜前編〜 』へ続く。。。

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