【第5章】 超ミラクル 〜後編〜
第1章『ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 超ミラクル 〜前編〜 』
あたしがドブネズミの生肉を全部食べ終わるのを見届けると、ハシブは自分のエサ探しのために飛び立っていった。
ひとりになったあたしの頭の中に、昨日の化け猫事件がよみがえってくる。
ドブネズミにまんまとだまされたあげく、化け猫に喰い殺されそうになるという、おそらく人類史上、最悪で最低な人生の終わりを迎えてしまう寸前まで追い込まれた。
しかも、あたしのことをノケモノにしているなんて疑っていたハシブたちに、瀕死状態だったところを助けてもらい、看病までしてもらう体たらく……。
「あ~~もう! なにをやっても失敗ばっかで、ダメダメじゃんかあ~~……」
弱気な言葉を口に出したとたん、ふたたび重苦しい気分に沈んでいく。
人間の知恵を有利に働かせて鳥の世界を牛耳れるわけでもなく、それどころか他のカラスたちに面倒をみてもらわなければ生きていけない、落ちこぼれカラス……。
人間だったという過去の栄光(ですらないのだけれど)にすがっている、ダメダメカラス……。
それが、いまのあたしなんだ……。
「こんな馬鹿なあたしが人間に戻れるわけないじゃん……」
心がさらに深く、深く、沈んでいく。
「どうせ人間に戻れたって『ハズレ』ばっかの人生なんだし、化け猫に……」
食べられたほうがよかった、と言おうとしたそのとき──。
仲間のカラスたちが「ガア、ガア」と陽気に鳴きながら、動けないあたしのための食べ物をたくさんくわえてお見舞いにやってきた。
「おお、意識が戻ったんだガア! 良かったガア!」
「あの、おっかねえ化け猫に襲われたのに生きてるなんてすごいガア!」
「俺らとは違うなにかを持ってると思ってたけど、化け猫を追い払うなんて、奇跡の女神様だガア!」
カラスたちが「ギャア、ギャア、ギャア」と、化け猫事件のことで盛り上がっている。
あたしが、奇跡の女神様?
はあ~~?
そんなわけないじゃない!
「からかうのはもうやめてよ!!」
あたしの怒鳴った声で、騒いでいたカラスたちがいっせいにくちばしをつぐんだ。
「あたしは、ドブネズミの美味しい話にコロッとだまされて、化け猫に喰い殺されそうになった、大マヌケの大馬鹿者なのよ!」
大声を出すたびに、激しい痛みが全身に走る。
「だから、お願い……奇跡の女神なんて見え透いたなぐさめは言わないで! あたしがみじめになるだけだから……」
カラスたちが互いの顔を見合わせ、困った表情をしている。
あたしのヒステリーに戸惑っているようだった。
最低だよ……
命を救ってくれたみんなに八つ当たりするなんて……
本当に最低だよ、あたし……。
「ミーちゃんよお……」
一羽の太ったカラスが、うつむいているあたしに近づいてきて、
「ミーちゃんは知らねえと思うけど、化け猫に襲われて死ななかった奴はいままで一人もいねえんだガア。でも、ミーちゃんは化け猫を退散させて生きて戻ってきたんだガア? それはものすげえことなんだガア」
他のカラスたちも「ガア、ガア、ガア」と、首を縦にふりながらうなずいている。
「だから、ミーちゃんは化け猫に勝利した、奇跡の女神様なんだガア。俺たちは本気で尊敬してるんだガア!」
他のカラスたちも「ガア、ガア、ガア」と、さらに激しくヘッドバンギングしながらうなずいている。
「本当に……あたしが……奇跡の女神様なの……?」
不安げなあたしに、
「ミーちゃん! ミーちゃん! ミーちゃん! ミーちゃん!」
いつのまにか巣のまわりに集まっていた百羽以上のカラスたちが、ミーちゃんコールで応えてくれる。
ライブ会場でマイクパフォーマンスをしているアイドルのような気分になったあたしは、
「みんなああああ~~~~!!」
勇気を出して、大声で呼びかけてみた。
「あたしが化け猫から生還した、奇跡の女神様なの知ってるうううううう~~~~?」
カラスたちが「もちろんガア~~~!!」と大声援で応えてくれる。
さっきまで重苦しく沈んでいた心が、羽のようにふわりと軽くなる。
「みんなああああ~~~~!!」
あたしのマイクパフォーマンスは終わらない。
「超ミラクルな女神をこれからもヨロシクねええええええ~~~~!!」
大声の出しすぎで体じゅうが痛いけれど、最高の気分。
カラスたちがツバサを叩き合わせながら、
「超ミラクルガア! 超ミラクルガア! 超ミラクルガア! 超ミラクルガア!」
だみ声の大合唱で応援してくれる。
カラスたちのやさしさに感動して、涙があふれだす。
「みんなああああ~~~~!! あたしを超ミラクルな女神にしてくれて、本当に……」
「大馬鹿者だガア~~~!!」
巣に戻ってきたハシブの怒声が辺り一帯に響き渡り、
「安静にしてなきゃダメだって言っただガア~~~!!」
観客のカラスたちがいっせいに飛び立ち、あたしの復活ライブは強制的に幕を閉じた。
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