風邪のクリオネ

——2020年2月22日、名古屋市美術館、常設展。

一階の常設展の会場に足を踏み入れると、すぐにクリオネの学芸員が僕に話しかけてきた。彼女はクリオネらしく半透明でふわふわと浮いており、小さくてとても可愛らしい。

彼女はマスクを着用していた。トレンドの病いのせいだろう。マスクは耳にかけられているわけではないようだ。しかしゴム紐はしっかりと顔の横まで伸びている。見えていないだけでクリオネにも人間のような耳があるのかもしれない。——彼女は言った。

「今日はおひとりですか」

僕はそうですと言った。

「いまギャラリートークをやっていますので、もしよろしければ解説してまわりましょうか」

彼女は、鬼頭甕二郎「 [風景]」(1924/油彩・キャンヴァス)の前まで案内してくれた。どうやらギャラリートークの参加者は僕ひとりだけらしい。

鬼頭の絵画の前で彼女は、あなたは美術館にはよく来られるかと尋ねた。僕は半ば遠慮がちに、美大に通っていますので勉強がてらよく来ますと答えた。すると彼女は僕を試すかのようにして、鬼頭の絵画はどうかと尋ねた。

鬼頭甕二郎という作家は初めて知った。もちろん「[風景]」なんて作品も知らない。ただエコール・ド・パリを取り上げた展示をしていることは知っていたので僕は大体こんなふうに答えた。

「印象派の影響を受けているんだろうなということはなんとなくわかりました。ただ筆触がすべて矩形なのが面白いですね。これは平筆で制作したんですか」

筆触に着目するとは目の付け所がいいですねとクリオネは僕を褒めた。彼女は主にエコール・ド・パリの研究をしているらしい。彼女はエコール・ド・パリについての基本的なこと説明してくれた。

——エコール・ド・パリは1920年代にパリのモンマルトルやモンパルナスで活躍した画家の総称であるといったこと。自国だけにとどまらず国外からも多くの若手の画家が集まり、交流が盛んに行われていたということ。その中に日本人も多くいたということ。

僕とクリオネはしばらく鬼頭の絵画の前で話をした。鬼頭甕二郎は藤田嗣治の少し後の世代であるらしい。彼女は鬼頭の「[風景]」には浮世絵の影響もあるのではないかと考えているそうだ。矩形は理知的に見える。——しばらくして彼女はこう言った。

「美術館の経営も大変ですよ。バッカルコーンが6本あったって不十分。10本でも足りないくらいですね」

バッカルコーンとは簡単に言って触手のことである。

アムステルダム国立美術館ではレンブラントの「夜警」が公開修復されるそうだ。修復作業までもがエンタメ化する時代である。いまの時代は美術館にとって優しくものではないのだろう。——僕は言った。

「仕事場を見てみたい。どうやってバッカルコーンで文字を書いたり、キーボードを打ったりしているんでしょう」

「簡単ですよ。”手”となんら変わりありません」

僕らは少し移動した。僕は彼女の後ろ姿を見て気が付いた。彼女の透明な肌の内側に、うすピンクの内臓がぼんやりと見える。

マスクはウイルスの侵入を防ぐために着けているのではない。彼女はかぜをひているのでは?——僕はそう思った。

移動するあいだに、アンゼルム・キーファーの「シベリアの王女」を見た。高さ3m、横5mほどの巨大な作品だ。熱で溶かされたような鉄の薄い板を支持体とした絵画である。荒涼とした風景が描かれているが、支持体が特殊であるために錯視的なイリュージョンが鑑賞の最中に解けたりする。

視覚的におもしろいことはもちろんであるが、アンゼルム・キーファーはナチスドイツの歴史に言及する作品を多く制作する作家である。僕はむしろ描かれた背景を知りたくなった。

だが、クリオネは巨大な鉄のカタマリを素通りにした。現代美術は彼女の専門ではないらしい。

彼女はコンスタンティン・ブランクーシ「うぶごえ」(1917(1984)/ブロンズ)のまえで立ち止まった。ブランクーシの彫刻の横にはイサム・ノグチ「死すべきもの」(1959-62(1988)/ブロンズ)があった。

「このエリアはイサム・ノグチとメキシコの作家をテーマにした作品が並んでいます。19世紀前半メキシコがスペインから独立して以降、メキシコでは多くの芸術作品が生まれました。メキシコの作家の作品をこれほど多く所蔵している館は珍しいですよ」

彼女は翼足をヒラヒラさせながら言った。——多くの場合ナショナリズムと文化は連動する。

「この作品は何に見えます?」

クリオネはブランクーシのブロンズ像を指して言った。

「うーん。誰かの顔ですか?」

「タイトルを見てください」

「——うぶごえ。——あ、布にくるまった赤ちゃん!」

クリオネはイサム・ノグチとブランクーシの関係について話し始めた。イサム・ノグチは、パリの時代にブランクーシに師事していたそうである。

これは知らなかった。イサム・ノグチは彫刻と親身に向き合う過程で、あの抽象的形態にたどり着いたのだろうと思っていた。なるほど、ブランクーシに影響されていたとなると彼の作品の見方も変わってくる。

「ブランクーシはイサム・ノグチを含めた弟子たちにこんなことを言ったそうです。——君たちは何だってできるんだ」

「君たち若い世代は何でもできるという意味ですか」

「近いです。ブランクーシが精力的に彫刻を制作していた時代は、まだロダンの影響力が大きかった時代です。つまり写実的に塑像するということ——そのことが彫刻であるとされていた時代。ブランクーシの言う”何でもできる”は、”君たち若い世代は彫刻の規範から離れて何でもできる”という意味でしょうね」

確かにブランクーシ「うぶごえ」とイサム・ノグチ「死すべきもの」は、ともに抽象的な彫刻でありながら、幾分か異なる側面をもっているように思える。「うぶごえ」は事物をモチーフとし、”余分”な造形を削ぎ落すことによって抽象的形態にまでたどり着いたようにみえる。(実際ブランクーシは多くの彫刻作品をそのような方法で制作している。)それに対してイサム・ノグチ「死すべきもの」は頭の中からそのまま出てきた”イメージそのもの”のようである。

クリオネはフワフワと浮きながら、展示空間全体が見渡せる場所に移動した。彼女は翼足を大きく広げてこう言った。

「”具象的”であるということは、”写実的”であるということではありません。”写実”という意味をもう一度考え直さなければなりません。この常設展には私たち当館の学芸員たちが考える”写実的”な作品が多く展示されています。私はこれで失礼させていただきます。それでは、どうぞごゆっくりされていってください」

マスクをしたクリオネの学芸員はそう言うと、バッカルコーンを器用に人間の”手”のように変形させ、小さく遠慮がちに”手”を振った。彼女はヒラヒラふわふわと去っていった。

僕は展示会場をぐるっと見渡した。

赤瀬川原平「復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)」、河原温 「《Today》シリーズ」、荒川修作「自画像」、アンゼルム・キーファー「シベリアの王女」、フランク・ステラ「説教」

——無菌室のようなあまりにも白い部屋は、確かに”写実的”であった。


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京都市立芸術大学に籍を置いています🏔短編やエッセイ、フィクションを混じえた展覧会評などを上げていく予定です。
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