日本に「反知性主義」のリーダーは生まれるか 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.826
特集1 日本に「反知性主義」のリーダーは生まれるか〜〜〜反知性主義は「頭の悪い人」の意味ではない(後編)
前回に引き続いて、反知性主義について学ぶシリーズ後編です。先週も書いたように、この言葉を「頭の悪い人」「知性のない人」という意味で誤用する人が日本にはやたらといいます。インターネットでは、たいして深く考えているわけでもないのに罵倒用語だけはどんどん研ぎ澄まし続けているような人たちがいて、たとえばいっとき流行った「ホームラン級のバカ発見!」とか、よくまあそんな形容詞を考えつくなあと感心するほどです。
カテゴライズされないために社会からこぼれ落ちがちな人たちを包摂するために設定された用語「境界知能」も、広く知られるようになったとたんに「この境界知能!」と罵倒用語に使う人たちがたくさん現れました。この用語を設定した人たちの思いを踏みにじるようなもので、本当に腹立たしい限りです。しかしイーロン・マスクが「X(Twitter)は対戦型SNS」などと言明しているのでもわかるとおり、議論よりも罵倒とか論破とかの方が面白いと思っている人がたくさんいる状況では、こういう流れはもはや致し方ないのかもしれません。
とはいえ、そうやってネットへの愚痴を言っていても何も始まらないので、わたしにできることはこのメルマガのようにネットの世界の片隅で公正な議論の火を絶やさず燃やし続けることだと考えています。だから反知性主義についても、きちんとした学びを皆さんと共有することが大切だと考えているのです。
さて、先週号ではアメリカの反知性主義がキリスト教会の外側で生まれ、教会の権威に対抗するかたちで始まったということを解説しました。巡回説教師と呼ばれる、アウトローな聖職者たちの登場です。神学者森本あんりさんの著書『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』では、巡回説教師についてこう描写されています。
「皮肉なことに、彼らの話は抜群に面白い。何せ、それまで人びとが聞いてきた説教といえば、大学出のインテリ先生が、二時間にわたって滔々と語り続ける難解な教理の陳述である。それに比べて、リバイバリストの説教は、言葉も平明でわかりやすく、大胆な身振り手振りを使って、身近な話題から巧みに語り出す」
これはまさに現代のインターネット時代におけるユーチューバーみたいなものではないでしょうか。かつて「論壇」をになって社会の森羅万象を論じていた大学の先生たちは、最近は表舞台から退出し、自分の専門分野にこもっている人が多いように感じます。この背景には、前世紀にくらべれば社会が多層化して細分化し複雑になり、専門分野以外のことにはもはや詳しくなれないという現実があるのかもしれません。
実際、新型コロナや福島原発事故などでは人文系の学者が的外れな科学知識を振り回し、ネット上で多くの人に呆れられるという現象が多く見られました。そのように闇堕ちしないようにするためには、専門分野外のことには口を出さないというルールを自らに課している研究者も多いのではないでしょうか。
そういう状況をくぐり抜けるように、ユーチューバー的な論者が人気を博するようになってきています。彼らはあまり知識がない半可通であるがゆえに逆に大声で語ることができてしまうという、ダニング=クルーガー効果を体現するような人たちです。
とはいえ、「話が抜群に面白い」「言葉も平明でわかりやすく、大胆な身ぶり手ぶりで巧みに語り出す」という話術には長けており、だからこそ驚くほどのページビューを稼ぐことが可能になっているのです。このありようをたぶん苦々しく見ているアカデミアの人たちは、ホフスタッターがかつて言ったこのような感情で悶々とされていることでしょう。
「あたかも、舞台のコーラスダンサーの最前列の若い娘に心を奪われた亭主を見ている古女房」
しかし、かつてのアメリカの反知性主義には、現代のユーチューバーと異なるポイントが一つだけありました。それは非常に大きなポイントです。森本さんの著書から引用します
「彼らは自分で聖書を読み、自分でそれを解釈して信仰の確信を得る。その確信は直接神から与えられたのだから、教会の本部や本職の牧師がそれと異なることを教えても、そんな権威を怖れることはない。よく言えば、これが個々人の自尊心を高め、アメリカの民主主義的な精神の基盤を形成することになる」
「この世で一般的に「権威」とされるものに、たとえ一人でも相対して立つ、という覚悟が必要だからである。だからこそ反知性主義は、宗教的な確信を背景にして育つのである」
宗教という軸こそが、反知性主義のベースになっているということです。知的権威に対抗するためには、単に口がうまいだけではだめで、権威とイーブンで戦えるだけのバックグラウンドがなければならない。しかし日本のユーチューバーで、そのような知的バックグラウンドを持つ人がどれだけいるでしょうか。
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