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成長と進歩の時代に適合したリベラリズムは21世紀に生き残るのか 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.840


特集1 成長と進歩の時代に適合したリベラリズムは21世紀に生き残るのか〜〜〜「メンテナンス民主主義」という方向を検討する(2)



民主主義のありようが、近年大きく変わりつつあります。昨年の第二次トランプ政権の誕生はその象徴でしょう。欧州でも「反移民」を掲げ、マスメディアで「極右」と形容される政党が勢力を伸ばしています。オーストリアでは「移民や難民に排他的な主張を掲げ、ロシア寄りの姿勢を示す極右政党の自由党が初めて第1党に」(NHKニュースより)と報じられています。


日本の政治はここまでドラスティックな動きにはなっていませんが、昨年の衆院選では自民党が敗退、議席を増やしたとはいえ立憲民主党も票数は伸び悩み、そのかわりに国民民主党にくわえて右派の参政党、日本保守党などが勢力を伸ばしています。政党の新旧の交代が進んでいきそうな雲行きになっています。


こういう政治の流れを指して「リベラルの衰退・凋落」とも言われているようです。ではなぜ、リベラルは衰退しているのでしょうか?


左派の文化人のなかには「それは日本人が劣等民族だから」と言い放ったり、「トランプを支持しているのは低学歴者」とバカにしたりする人がいますが、これはあまりに的外れというものでしょう。日米欧で同じような政治的潮流が起きているのだとすれば、もっと根源的な部分での変化の理由を検討しなければなりません。


要因として大きいのは、これは何度となく言われてきたことで、わたしも毎回のように言及していることですが、リベラルが1990年代以降に労働者支援ではなく、LGBTや少数民族などのアイデンティティ政治へと突き進んでしまったことがあります。これは20世紀後半、第二次世界大戦のあとに日米欧では工業化の躍進があり、かつての貧しかった労働者層がのきなみ中流階級へと押し上げられたことがあります。


豊かになったことで、旧来の「貧しい労働者を救え」というスローガンが有効ではなくなり、代わって注目されるようになったのがアイデンティティ政治でした。ところが21世紀に入るとグローバル化による工場移転などで労働者の待遇が日米欧では悪化し、貧困層に陥る人たちがたくさん出てきます。ここをリベラルがカバーしきれなかったのですが、いっぽうでトランプはその層に目を付けたことが、明暗の分かれ目になったという背景です。


日本でも立憲民主党や社民党、共産党などの「リベラル」と近年呼ばれてきた政治勢力(実際には冷戦時代には左派、革新と呼ばれていて本来のリベラルとは少し異なります)が、同じ轍を踏んでしまっているのは明らかです。彼ら左派が労働者保護に舵を切ることができれば異なる着地点も見えてくるのかもしれません。しかし左派の人たちが、本来彼らが守るべき労働者層を「低学歴」「劣等」などと嘲笑してしまっている現実を見ると、それも難しいのではないかと感じます。


さて、リベラルが衰退している原因は実のところこれだけではありません。リベラリズムという政治哲学そのものが持っている本来的な理念が、21世紀の現代に適合できなくなっている可能性もあるのです。同志社大学の政治学者吉田徹さんが書かれた記事を紹介しましょう。


この記事で吉田さんは、リベラリズムを「人智や能動的な働き掛けによって、社会変革や状況改善が可能になるという信念や展望に基づくものである」「ここから、リベラルは進歩的な歴史観を持つものであるという、さらなる特徴が浮かび上がる」と定義されています。


この「進歩的な歴史観」は、たとえば次のような展開を引き出すと指摘されています。


「たとえばグローバル化を推進するための政策は、ヒト・モノ・カネの自由な移動が社会の厚生を高めることになるからだし、個人の権利の拡張はその個人が持つ能力が開花することで、社会的・経済的発展が望めると考えるためだ。こうした主張が日本でしばしば『意識高い』や『上から目線』と揶揄されるのも、リベラルが社会工学的な発想に基づく思想や態度だからである」


そしてここが非常大事なポイントなのですが、このような「進歩的な歴史観」は、歴史や社会が進歩し、成長していくということが前提の政治哲学ではないかということです。


「いずれの先進国でも、リベラルな価値観を強く有しているのは戦後のベビーブーマー(日本での団塊の世代)だが、翻って戦後時代は、大規模紛争の不在と同質的社会、さらに人類史上まれにみる高度成長、そこから派生した中産階級の出現を特徴とした」


日米欧とも、第二次世界大戦後の数十年間はこのような成長がぐんぐんと進んだ時代でした。リベラリズムがこの時期に著しく伸長したのには、経済成長があったということなのでしょう。


しかし冷戦が終わって21世紀を迎え、成長の時代は終わりました。日米欧は低成長の時代に入り、さらには少子高齢化やパンデミック、深刻になる欧州の移民問題など、さまざまな障壁が現れてきています。果たしてこのような時代に、リベラリズムは人々に受け入れられるのでしょうか。吉田さんはこう書いています。


「未来への展望が消え去り、『明日は昨日よりもよくなる』という期待値が失われれば、人智や理性でもって世界や社会を変革していくというリベラル的な価値に対する期待も後退するのも当然だろう」


(次号に続く)

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