20世紀初頭、モータリゼーションと電力は人々の仕事を増やした 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.832
特集1 20世紀初頭、モータリゼーションと電力は人々の仕事を増やした〜〜〜「AIが仕事を奪う」論をもう一度じっくり考えよう(6)
イギリスで18世紀末に始まった最初の産業革命は、それまで手工業だった紡績のような仕事を機械化し、それによって人間の仕事が激減しました。賃金も下がり、人々は困窮しました。これがラッダイト運動(機械打ち壊し)を引き起こしたのは皆さんもご存じの通りです。経済は猛烈なスピードで成長しましたが、賃金は上がらないままだったのです。
このギャップが埋まり、イギリスで賃金が上がるようになるのには30〜40年ぐらいはかかったとされています。賃金上昇の原動力になったのは、蒸気機関の登場で機械が大型になったこと。それまで手動や水力だった紡績機械が、蒸気機関で動くようになったのです。大型になった紡績機械を動かすためには、より高いスキルを持った労働者が必要で、これによって人々の賃金が上がるようになったのです。
産業革命の次の波は、19世紀末から20世紀初頭のアメリカで起こりました。これは「第2次産業革命」と呼ばれていますが、この新しい産業革命では驚くことにラッダイト運動は起きませんでした。アメリカでは誰も機械を打ち壊したりしなかったのです。
第2次産業革命はラジオや蓄音機、映画、上下水道などさまざまな新技術を生み出しましたが、産業に最も寄与したのは電力と自動車でしょう。ガソリンエンジンで動く自動車が発明されたのは1870年代ですが、現代の自動車の原型と言われているメルセデスの35PS(当時は非常に高出力の35馬力もあり、最高速度が65kmも出たのでこういう名前だったようです)が発売されたのは1900年。
アメリカで発売された当初の金額は、1万2450ドルでした。国民ひとりあたりの年間所得のなんと12倍。現代日本で言うと6000万円ぐらいという感じでしょうか。手が届く金額ではありませんね。
この状況を変えたのが、あの有名なT型フォード。1908年に生産開始し、当初は950ドルで生産終了になった1927年には263ドルにまで下がっています。国民ひとりあたりの年間所得との比率で言うと、当初は3倍ぐらいで、最終的に0.4倍ぐらいにまで下がりました。1500万円だったのが、15年後ぐらいには250万円ぐらいにまで下がったというイメージでしょう。これなら十分に手が届きます。
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