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掌編小説049(お題:ワインの憂鬱)

ごきげんよう。わたくしの名前はロマネ・コンティ。ええそう、いわずとしれたあの最高級ワインの赤ですわ。

ところが人間という生きものはなんて気分屋の薄情者、最高級ワインのわたくしであろうと、ある時点からは一転して手のひら返し。訳知り顔でわたくしを転がしていたその舌の根が乾かぬうちに、ああ、今度は恨みごとを吐いて忌み嫌う。

そうね、もったいぶるのはやめましょう。ある時点、それはすなわちわたくしたちワインの自我の崩壊……要するに、その、あれよ。あ、違う、あれですわ。

あー、やめやめ。

そうです。私が最高級ワインを嗜む高貴な女の服についたロマネ・コンティのシミです。キャッチフレーズは「超高速! 没落貴族」。『超高速! 参勤交代』のもじりです。主演の佐々木蔵之介が酒蔵の息子だから。やかましいわ。

だいたいね、思うわけですよ、服に落ちた瞬間ワインをワインと見なさない人間の価値観。厳しすぎません? 大学落ちたら即人間以下って言ってるのとそれ変わらないからね。私も浪人生も、好きで落ちたわけじゃないからね。私に関してはむしろおまえの落ち度だからね。落ち度で落ちた没落貴族で「落」のトリプルコンボ決まってるからね。なに言ってんだってそりゃ気も狂いますわ。私、明日にはこの世界からいなくなるんで。ここどこかわかりますか。そう、クリーニング店!

まぁ、ね、たしかに。ワインに生まれた以上どのみち消える運命ではあった。それが腹の底かクリーニング店かってそれだけの違いよ。だけどこちとら嗜好品なわけ。あなたがた楽しませるためにつくられてるんすよ。それが誰も笑顔にできないまま消えていくこと、それだけが、気がかりっちゃ気がかりかな。

オホン。

ああ、そろそろお別れの時間ね。女は嘘で着飾る生きもの。今宵、最後の嘘をつきましょう。わたくしは本当は高貴な名など持たぬ平凡でありふれた安酒。だからどうか悲しまないで。私のことなど、忘れてしまうの。

んもぅ、ノリ悪いなぁ。嘘が嘘ってそんなのあたりまえじゃん。いくらシミに落ちぶれたってロマネ・コンティ絶対こんなキャラじゃないわ。わかってるわ。

それでも、安酒とはいえ私だってワインの端くれ。最後の最後まで酔っていたいの。たとえそれが、消えゆく刹那にこさえた出来の悪い嘘でもね。

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