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恋愛仲介人

まだSNSが一般的ではなかったころの話。

大型楽器店の音楽系ネットサービスで掲示板の無償管理人をしていた私は、そこのチャットを通じてたくさんの人々と知り合いになった。

掲示板自体はいくつもあったけれどチャットは数本しかなかったため、いつ行ってもそこは見知ったハンドルネームの連中で賑わっていた。

音楽系なので音楽の話はもちろんしたが、殆どはくだらない世間話の延長に過ぎず、ジャムセッションと称して開催されるオフ会もスタジオでの演奏が終わると毎回必ず渋谷や新宿へ飲みに行く流れが出来ていた。

チャットで話していた相手と実際に会って演奏したり飲んだりするのは新鮮で楽しかったし、同じ趣味の人が集まってるから打ち解けるのも早い。
下は高校生から上は定年間近の方まで、男女問わず参加していたので幅広い人脈作りになったと今では思っている。


そんな中、特に仲良くなる仲間のような存在が次第に増えていく。
私の仲間も10人前後いただろうか。
ジャムセッション以外にも会う機会は増え、全員とはいかなくても休みの日には数人で遊びに行くことが多くなった。


私と特に仲が良かったのがドンちゃんだ。
彼は私と同世代で、バイクと酒が好き、という共通項もあり意気投合した。

よく真夜中に2人で走りに行って、真冬になるとエンジンに冷え切った手を当て暖めながら「こんな寒い夜に走りに誘うんじゃねぇよ」と悪態をつきあうのが楽しかった。



そんなドンちゃんが私たちの仲間に恋をした。

片想いのお相手は最近ジャムセッションに参加するようになったヒトミ。
ヒトミは音大生になったばかりで、流石と思わせるピアノの腕前だった。
ショートカットでボーイッシュだし性格も男前でさっぱりしていたので男性にも女性にも可愛がられていた。

私とヒトミはチャットの頃からタメ口で話すくらいに気が合っていたので、私たちは付き合っているのではないかと周りに勘繰られたときもあったが、その件については双方が完全否定をして収まっていた。

ドンちゃんは私の部屋で飲みながら、ヒトミに対する想いを熱く語り、私に手助けしてくれるよう懇願してくる。

25過ぎた男が女子大生を好きになるなんてもってのほかだと思ったが、好きになってしまったものは仕方がない。
やむを得ず私も協力する羽目になった。



協力と言っても、その時の私は大した助太刀はしていない。
もともと仲間たちの溜まり場のようになっていた私の部屋にヒトミが遊びにきたとき、ドンちゃんが如何に『いい奴』か少々の脚色を交えてさりげなく宣伝しただけだ。
ヒトミはドンちゃんにけっこう興味を持ったようだった。

ドンちゃんに話すと、彼は意を決してヒトミをデートに誘った。
これが意外にも上手くいき、何回かのデートのあと、2人は交際する運びとなったのだった。
めでたしめでたし。


いや、めでたし、ではない。
問題はそのあとだ。

しばらくは仲睦まじく2人で高円寺の私の部屋へ遊びに来たり、仲間たちが企画するキャンプや川遊びに揃って参加していたりしていた。

だがやがて高円寺に来るのはどちらか片方だけのときが多くなり、付き合い始めて1年近くが経った頃ヒトミから別れた事実を聞かされた。

まあそういう結果は致し方ない。
君達は気まずいかもしれないが、それで私とドンちゃん、私とヒトミの関係が変わるわけではないのだから、これまで通り2人と仲良くやっていきたいと私は双方に宣言した。


変わらなすぎた。

それからというもの、2人は代わる代わる部屋に来ては朝まで飲み散らかし翌日が仕事という私の睡眠を妨害して行った。
フリーの映像屋と音大生には、サラリーマンの気持ちはわかるまい。

もちろん、2人がバッティングしないよう調整していたのは私である。



ある晩、ドンちゃんが相変わらず部屋でくだを巻きながら
「ヒトミとヨリを戻したい」
と言い始めた。
実際には別れた直後から何回も聞いているが、面倒なのでスルーしていた。

もちろん私は別れた事情も、復縁したい理由も知っている。
ドンちゃんが酔った勢いで言っているわけではないのも解っている。
なんならヒトミの気持ちだって知ってるのだ。

でも、ここでまた手伝うのは私と彼等のためになるのかが疑問だった。

何しろ1回別れているのだから、次も別れないとは限らない。
その場合、私の立場はどうなるだろう。

2人は私に責任を押しつけたりはしない。
しかし、2人にとって嫌な思い出の中心に私がいることで、今度こそ彼等と疎遠になってしまうかもしれない。

大事な友人を一気に2名も失うリスクが私にはあった。


それでも私は2人の橋渡しをしないわけにはいかなかった。
何しろ、ヒトミも同じ気持ちだと知っていたのだから。

そして、私がしたことはただひとつ。



私の部屋に、わざと2人をバッティングさせてやった。




結局のところ、私の心配は杞憂に終わる。
数年後、ドンちゃんとヒトミは結婚したのだ。
私は彼等の披露宴でカメラマンを務め、2人を祝福した。

今では子供も成長して、ヒトミは自宅でピアノ教室を再開し海外での撮影が多いドンちゃんの帰宅を待っている。


そういえば、2人が結婚して5年くらい経ったころにヒトミから、
「一緒に寝てて手を出されなかったのはケイが初めてだった」
と気味悪そうに言われた。

知るかそんなもん。
手を出さなかったおかげで君たちは復縁できたのだろう。

私ときたら、いい面の皮だ。
人の恋路の仲介ほど面倒くさいものはない。
本来なら不動産屋さんのように、仲介手数料をもらいたいくらいだが・・・


いまでも良い友人でいてくれるのに感謝して、無料奉仕するとしよう。




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