見出し画像

傍観者と机上の空論 ※全文無料

ささはら

解散する

#オジンオズボーン さんが #解散 するというニュースで初めて所属事務所を知った程度の知識しか持っていない。なのでその辺りのことは他の人に譲ることにします。
また、詳細を確認していないのでネタなのかもしれないという気持ちも若干ある。詳細を知りたい方のために公式動画を貼ってみる。

https://youtu.be/gOt24TaAi08

BGM

ちなみにこのnoteを書いてる時のBGMは #魔王

で、本題。机上の空論

気になったのは「解散」というワードだ。
今はもうありきたりで手垢のついたワードのひとつに過ぎなくなってしまった。

「解散」と見聞きすると、友達が「⚪︎⚪︎が…!!」と言って泣き崩れた姿を見たことを思い出す。当時は純粋だったので「綺麗だな」とぼんやり思った。自分もショックだったけど。これは別の話。解散じゃなかった。あれは。この世からいなくなってしまったから。強制的に離れ離れにならざるを得なかった話。長い年月が経った後、正式に解散を宣言した話。

話を戻すと「解散」が軽くなった(気がする)のは自分に当事者意識がないからということを前提として、「本人たちの気持ち次第でいつでも再結成できる」ことを傍観者なりに知っているから、だと思う。

解散、はいくつも見聞きしてきた。傍観者として。
なんとなく、それなりに前兆があった。
まず、本人たちにやる気がなくなる。それは見ている側の、なんとなくの違和感から始まる。
「あれ?焼き直し?」
「なんかだるそう」
険悪、ということでもなく。次へ進むモチベーションを他人に丸投げする雰囲気。

ちなみに「解散」すると何かしらの方法で心の一区切りをつける。
だから「再結成」したところでそれはまた別物になるので、当時の情熱的なものが戻ってくるかというと疑問が残る上に、感情が戻ってきたと思うのは錯覚の可能性を考えてみたりしてしまう。「待ってました!」と思うより、生活の問題かなとか…これって人によるのかな。

その昔、ある芸人Aがメディアで言っていた。「△△はスタッフとばかり飲みにいくから売れると思う」と。
真偽はともかく、△△は売れた。
それはチャンスが増えた結果なんだろう。
そして今でもその売り方は有効的なんだろう。
つまんないよ、見る側がそんなこと考えたって。
それもこれも含めてただ笑えればいい。だから中立でいたい。
「趣味の合う友達を増やしたい」から見てるわけじゃない。それじゃ飽きた時に逃げられない。そう考える時点で好きじゃないわけじゃない。誰かのために見たいんじゃない。自分のために見たいんだ。だから。
まあ、いつもいつもそんなこと考えて見ているわけじゃない。実際もっと軽く見てる。
ただ、ふっと、現実に戻す言動を取られるとこっちも現実に戻るというか、現実は地続きなんだなぁと思い知らされるというか。
手に取るつもりはなくとも、あまりに近いと手に取ってしまうことってありませんか。それが良いか悪いかは別にして。

知らなくても面白いかどうか、で線を区切るのか、内輪受けだけど身内だから点を甘くするのか、そろそろその辺りをはっきりしてほしい。それを見て育った世代じゃないのか。はっきりしてほしい、と書いたけど、あえて曖昧にするのも一つの形だと思う。

なんかこうあまりに増え過ぎてマニュアル化しすぎて仕事の一環でしかないのであればそれはもう、なんだろう。思っていたことと違うので現実に寄るしかないというか。答えは出ないまま。

結局のところ

だから、大丈夫だよ、とは言えないけど。それでも。
ではまた。

#日記
#エッセイ
#全文無料

この続きをみるには

この続き: 0文字

傍観者と机上の空論 ※全文無料

ささはら

100円

期間限定
\ PayPay支払いすると抽選でお得に /

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!