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獣所ナシ

※本日、青燈舎様より小説を出版いたしました。そのサンプルより一部抜粋いたします。


二〇八九年六月七日

災害廃棄物にまみれた山の上に 、二人の男が立っている 。彼らは足元を凝視し 、時折廃材の中へ素手を突っ込んでいた 。手袋をしていないその指先にはガラス片や木材によってできた細かな生傷が無数についていた 。土気色をした汗まみれの顔はもう何日も風呂に入っていないのだろうか 。服装も周囲の様子と変わらないと言って良いほど薄汚れ 、ところどころ擦り切れていた 。一人の男が空を仰いだ 。どんよりとした雲が垂れこめている 。これが天気のせいではなく 、廃棄物のせいであるということをどのくらいの人間が知っているのだろう 。
「あ ーあ 、やんなっちゃうな 」
嘆きを天に放り投げてみた 。しかし 、その声は空しく霧散し鉛色の空に溶けていくばかりであった 。
「早く復興しないかな 」
「まだそんなこと期待してんのかよ 、イチロウ 。復興なんてありゃしないさ 」
四葉のクロ ーバ ーを見つけるかのように目を皿にして金属片を拾い続けているもう一人が返した 。夢も希望もない答えにイチロウと呼ばれた彼はへの字に口を曲げた 。
「そうかなぁ 。でもラジオでは 」
「そう言って何年が経ったよ 。復興復興って言いながら 、現状何にも進んでやしないじゃないか 。むしろ 、中心区から送られてくる配給も少しずつ減ってきている 」

「それは。物資が減ってきているからで」

「本当にそうかな」

 男は作業する手を止めた。遠くの空を指差す。オイルで薄めずに使った油絵の具のように厚く塗り重ねた雲の中に小さな黒点が浮かんでいた。辺りを飛び交う蠅の羽音かとさして気にしていなかったが、単調な電子音が一定の間隔を保って空気を震わせていた。それがプロベラの回転音だと分かった時、近づいてきた黒点は一つの点ではなく、無数の点が集まってできた塊だと分かった。渡り鳥、にしては鷹や鷲くらいの大きさがある。

「空虫(くうちゅう)だ」

男が呟いた。数十秒後、円盤型をした機体の群れがジェット機のようなスピードで二人の頭上を駆けて行った。

空虫。大きなカブトムシのような見た目からそう呼ばれている無人航空機だ。数十年前はドローンと呼ばれていたらしいが、今では黒い箱のようなものを背負っているため厳密には違うのだろう。軍事目的や趣味の範疇でしかなかったそれらは、通信販売型社会になった現在、遠方から個人のもとへ直接物資を運ぶ生活必需品として様変わりしていた。

「俺たちがあれを手に入れるのは何年後のことになるやら」

男は再び作業に戻った。そのぼやきを耳にしながら、イチロウは空を飛ぶ虫の尻を目で追い続けた。空虫は遠くに見えるコンクリートの壁を越え、それ以上に高く聳え立つ高層ビルの中へ消えて行った。中心区、と男は言ったが、今の一般的な呼び方は違った。

新東京。

 その言葉が浮かぶ度、彼の胸はあの壁と同じくらい背の高い巨人の足に踏み潰されるように、キリキリと痛むのだった。

三・二五地震――東京直下地震が起こってから早三年。当時十八歳だったイチロウは念願の第一志望であるT大へのストレート合格を果たし、受験のプレッシャーから解放された安堵と周りからの賛辞によって満ち満ちた春休みを過ごしていた。数日後には全く異なった生活を送っていたはずだ。大学では以前から興味のあった機械工学を学ぶ予定だった。もちろん学問だけでなく、サークル活動や恋愛と言った学生ならではのイベントへの期待も少なからず抱いていた。

はず、予定、期待……今となってはどれを語っても夢物語になってしまう。いや、震災が起こった直後もそう思っていた気がする。街の光景が変わっても、周囲の人間が重軽傷を負っても、名前を聞いたことある同級生が死んでも、家がなくなっても、公共施設に避難しても、「自分だけは大丈夫」とどこか他人事でいた。不謹慎だが、楽しんでいたと言っても言い過ぎではない。缶詰を食べたり、テントを張ったりするのはどこかキャンプみたいだとさえ思っていた。きっとこの惨劇を知っていたら、そんなことはなかっただろう。過去の自分に教えてあげたい。これから、終わりのない地獄が続くのだと。

「やったー!」

 甲高い声と共に後ろで廃棄物が噴き出した。わっ。隣の男が短く悲鳴を上げ、尻もちをつく。黄色く濁った粉塵を舞い上がらせ、そこから十四、十五歳くらいの少年が現れた。彼は骨と皮だけの棒のような足を廃材から引っこ抜き、木くずを落とすように小さな頭を振った。

「な、何やってんだ! アブねぇだろ!」

男が怒鳴り散らした。しかし腰の引けた状態の情けない恰好で説得力もない。彼は気にする由もなく、満面の笑みで手に持っていたものを広げた。

「何だい、そりゃ」

「分かんねぇのかよ。金だよ、金!」

 ビー玉のような瞳がキラキラと輝く。彼の手中へイチロウは目を凝らした。しわくちゃなそれは確かに紙幣のようだった。真ん中に福沢諭吉のような人物が描かれている。ただ、

「ばっかでぇ。そんなもんあったって、おまんま食えやしねぇよ」

 男は身を起こしながら鼻で笑った。

「でも、十数年前まではこれで食料なんかが買えたって」

「いつの話してんだ。今は欲しいものがあれば、物々交換。それができなきゃとにかく盗む。盗めなきゃ生きるために殺す。そんな社会じゃねぇか」

「でも、」

「それが嫌なら中心区で花売りするか一生地下で穴掘って働くしかねぇんだよ」

 吐き捨てられ、少年は俯いた。残念ながら、彼の言う通りだった。この区域では裁判所というものは存在しない。罰のない法律なんて最早何の効力もない。文字通りの弱肉強食。人と動物の境界線が曖昧になった世界で、自分たちは生きている。

「じゃあ、俺は先に戻るわ。お前らも暗くなる前に戻るんだぞ」

 集めた廃材の入ったゴミ袋を抱え、男は去って行った。少年と二人きりになる。イチロウは息を吐いた。

「何やってんだ、ジロウ」

「ごめん、兄さん」

彼は肩をすくめた。イチロウはそれ以上何かを言う気を失い、さらに大きな溜息を吐いた。イチロウ、ジロウ。その安易な名前の通り、彼らは兄弟だった。

「もう身体は大丈夫なのか」

「うん。大分良くなった」

「大分じゃダメだろ。それに、廃材の中に入るなんて危ないからもうするなよ。危険な、」

「危険な薬品や有害物質があるかもしれない、だろ」

 もう耳にタコができるほど聞いたよ。ジロウは大袈裟に頭を抱えた。にいっと横に唇を開く。他より前に出た左の大きな八重歯が覗いた。

「全く。分かっているなら最初から辞めてくれよ」

 ジロウを一瞥し、イチロウは側に落としていた袋を拾い上げた。

「兄さん、待って。どこ行くの?」

「……帰るんだよ」

「でも、それだけの木材とコンクリじゃ、またコロニー長に怒られるよ」

「仕方ないさ。もうこの辺り一帯ではほとんど取れないんだ」

「そうだけど」

「さ、もう行こう。そろそろ奴らの時間だ」

 弟の手を強く引っ張る。彼は少しバランスを崩して転びそうになったが、身体を器用に立て直した。二人は足早にゴミ山を降りていく。

「おい」

 頭上から野太い声が降ってきた。どうやら一足遅かったらしい。ジロウが振り返った。さっきまで自分たちがいた場所に筋骨隆々の大男が立っている。大男はイチロウを見下ろしたまま、脈納期出た太い腕をこちらへ伸ばした。

「それ、俺らの縄張りで取ったやつだろ」

 よこせ、と言わんばかりに分厚い掌をはためかせる。イチロウは早鐘を打ち始めた胸を抑えて小刻みに首を振った

「ち、違いま」

「うるせえ! よこせ!」

 大男が牙を向いてすごんだ。一瞬で身体が硬直する。不足している廃材を他人から力ずくで奪い取る、縄張り荒らし。彼らに捕まったら最後だ。早く逃げなくちゃ、ということは分かっていたが、足がすくんでしまって動けない。大男は獲物を嬲りつけて楽しむように、じりじりと距離を詰めてきた。イチロウは後ろのジロウへ視線を投げかけた。せめて、お前だけでも逃げてくれ。兄の気持ちを察して、ジロウはこくりと小さく首を上下させた。イチロウは手を離した。

「な、何やってんだ」

 そう思って引き戻そうとしたときにはすでに遅し。次の瞬間、ジロウは大男の前に飛び出していた。

「あ?」

大男のぎょろ目がジロウを見据える。

「なんだ、てめぇ」

「申し訳ありませんが廃材はあげられません」

 きっぱりと彼は言い放った。毛の長い眉がピクリと動く。

「はあ?」

「でも代わりに、これ。あげます」

 ジロウは持っていたものを差し出した。それは先ほどの紙きれだった。そんなもの。イチロウは恐れを通り越して呆れた。けれど、大男は意外な反応を示した。

「ほう、こりゃ紙幣じゃねえか」

「はい。新東京で換金すれば一万円の価値になります」

 表情を変えずジロウは言う。大男は嘲笑した。

「馬鹿か。そもそも新東京に行くためには手形が必要じゃねえか」

「はい、そうです。でも、新東京で換金できるということは、物々交換のここでは価値がなくとも、ここと新東京を繋ぐ門番にとってはあると思うんです。つまり、門番にこれを渡せば」

「廃材なんざなくとも、手形が簡単に手に入るってことか」

 ほう。と、大男は長くとがった爪を顎に当てた。

「はい。それにもし手形と交換できなかったとしても、あなたにとってはより価値があるんじゃないですか」

「……てめぇ、何が言いてえんだ」

 大男の鋭い眼光が突き刺さる。ジロウは少し口を閉ざしたが、意を決したように息を吸った。

「ヤク、です」

 やばい、殺される。イチロウは咄嗟に顔を伏せた。そのフレーズは禁句だ。暗黙の了解とはいえ、知った素振りを見せたものは良いカモにされる。一秒、二秒……刹那の時間が長く感じる。風が吹いて足元の廃材がはらはらと転がった。

「……っくくくっ……がっはっはっは」

 堪えきれなくなったというように大男は腹を抱えた。突然の出来事に思わず薄目を開く。理解が追い付かない。ジロウは彼を真っ直ぐ捉えたまま、微動だにしなかった。

「あっはっはっ、肝の据わったガキだ。気に入った。今回のところはこれで見逃してやるよ」

 ジロウから紙幣を引ったくった。慣れた手つきで巻煙草のように折り丸めた。

「おめぇらも、やるか?」

 鼻から吸う仕草に、二人は大きく首を振った。

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早稲田大学文化構想学部文芸ジャーナリズム卒業。趣味は読書、アニメ・映画鑑賞、漫画、音楽、ダンス、ショッピングなどです(^^) ゼミや授業で書いた課題小説をアップしたいと思います。社会人になりました、、
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