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日下秀之奨学金採用者紹介 ~あなたを想う人がいる~

日下秀之奨学金、二人目の奨学生を紹介します。自分の抱える苦しさと戦いながらそれでも人のためにあり続ける男の人のお話です。

写真は水槽を縦横無尽に駆け巡る旭山動物園のカバです。去年生まれた子カバの凪子ちゃんが可愛すぎるので大人になる前に是非。

応募の際に「私とあなただけの秘密で!」を選択してくださった場合には、できるだけ匿名性を担保した上で 僕のメッセージのみ公開していきます。

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あなたは私


こんにちは、日下秀之です。

結論からお伝えしますね。
あなたには、是非「日下秀之奨学金 奨学生」になっていただければと思っています。

実は、あなたへのお返事を書くのに凄く苦戦しました。書くほどに、何を伝えたいのか迷子になってしまう。それは、あなたに僕が重なったから。自分も言語化できていないけど、どうにか伝えたい、大切なことがあったから。このお手紙はあなたへのラブレターであり、あなたを鏡として見た、自分との会話でした。

全く的はずれかもしれない。何を偉そうに、と思うかもしれない。けれど、もしかしたら心が楽になってくれるかもしれない。そんな願いを込めながら書きました。ずいぶん遅くなってしまったけれど、ずいぶん長くなってしまったけれど、よければ読んでくださいな。

強く 優しい。

僕が感じた、あなたを表すことば。

自分が悩み、苦しむときもありながら、あなたの行動はずっと、自分とは別の誰かに向いています。その姿とても強く、優しく尊い。だからこそ、あなた自身を蔑ろにしてしまっている時がある、そんな気がしました。

自分の大切さをわかってあげられるのは、自分しかいません。
人の幸せのために、自分を犠牲にしてはいけない。

あなたが、関わる人に幸せになってほしいと願うのと同じように、あなたを想う人がいることに気がついて欲しい。

迷惑をかけて生きる

「誰もが多かれ少なかれ、生きづらさを抱えながら生きている」

 これ、本当にその通りだなと思いました。悩みを解消すれば、レベルアップした次の悩みがやってきて、不安、悩み、生きづらさ、そんなもやもやが無くなることは、一生無いんだろうな。

 一方、最近そんな「自分の苦しさと向き合った経験」には価値があると思うようになりました。 約15年に渡り不登校の過去を必死に隠そうとしていた自分にとっては大革命です。笑

(最近何があったかって?パートナーとの出会いを契機に山のような変化があったのですが...それはまた、おいおい話せたら。)

苦しかった経験の一つ一つは、今まさに苦しんでいる誰かに届き、心を軽くするかもしれない。それが新たな一歩のきっかけになるかもしれない。

そして、そんな経験には必ず真剣に向き合ってくれた人たちの存在がある。
元気な姿を発信することが、その人たちへの恩返しになるかもしれない。

そして、誰かの物語に自分を重ねたとき、ずっと自分に向き合ってくれている誰かの存在に、気づくことができるかもしれない。

「自分だけの力で勝ち取ったもの」って、本当に0だと思っています。

どんな些細なことであっても、そもそも勝ち取った先の場を作ってくれた人、戦うフィールドを用意してくれた人、その時見えていなくても、陰で支えてくれた人たちの存在がある。

その存在に気づいたとき、ようやく、その人たちに感謝することがきる。

逆もしかりで、自分で思っている以上に、皆誰かを助けながら生きている。
助けて、助けられて。迷惑をかけられて、迷惑をかけて。

そうやって人は生きているのだと思います。

(このあたりの話、近内悠太さんの「世界は贈与でできている」からかなり影響を受けているので是非是非読んでください)

気が付けなかった日

僕の人生の中でも「辛かったな」と同時に「気が付いていなかったな」という過去はいくつもあって、そのうちの一つは数年前。妙に仕事がしんどくなってしまいました。

不登校で色々な人に迷惑をかけたこと、実家の宗教にいまいち信仰心が持てず、親に対してもどこか疑いを持ってしまったという負い目。それがいつの間にか「これ以上人に迷惑をかけてはいけない」、「辛いとは言ってはいけない」という思い込みに変わっていました。

自分が弱音を吐いたり抜けたりしたら、その分周囲に迷惑がかかる。
心配してくれた同期にも迷惑をかけるのが申し訳ないから「大丈夫」としんどさを隠す。

「迷惑をかけてはいけない」ばかり考え、報連相も遅れがち。
旗から見てれば迷惑をかけ続ける負の無限ループ。

迷惑をかけあうのが人なのだとしたら、当時の自分は、人であることを否定しようとしていたのかもしれません。笑

その当時の職場の人間関係が悪かったとかは一切なく、皆さん凄く凄く、良い人たちです。人目を気にする余り、優しさを受け取ることすら怖くなってしまったとんだ天の邪鬼のお話です

最近になって、思い込みの沼を抜け出すことができた。苦しかった時にはいつでも手を差し伸べようとしてくれていた人がたくさんいたことに、ようやく気がつけました(例によってまたおいおい話しましょ。笑)。

だから、次は僕の番なのだと思います。
少しずつ、受けた恩を次に送っていきたい。

自分が少しずつ発信しはじめたのは、多分そんな理由です。

自分の言葉で、感情を仔細に、丁寧に。
それでいて、誰かを傷つけることの無いように注意深く。
少しでも誰かに届けばいいなと言う願いを込めて。

あなたを想う人がいる

あなたはあまりにも優しいから、他の人に自分を重ねて共感できる。だからこそ、人とともに歩もうとする「研究」を始められたのだと思います。

「覚悟を持って自己決定をしたというより、逃げるように道を改めた」

とのことですが、僕は全くそんな印象をうけませんでした。
自分の苦しさに向き合い続けるという、強さだと思いました。

時には自分は歯を食いしばって、他者を優先してしまうほどに強い人なのだと思います。

どうか受け取って欲しい。自分も悩みながら、同じ悩みを持つ人たちに希望を与え続ける。それがどれだけ凄いことか。

あなたの人生はあなたにしか届けられません。そんなあなたに救われている人が何人もいるはず。あなたが同じように救われたように。

けれど、まず自分が満たされていないといつか自己犠牲になってしまう。
そのままの自分を大切にしてほしい。

だから、気がついてほしい。あなたが誰かを想うように、あなたを想う人がいることに。あなたに手を差し伸べている誰かがいることに。

良ければ、そんなあなたを想う人の一人に、僕もさせてください。
「日下秀之奨学金 奨学生」と言う形で!。

P.S.つよく やさしく のびのびと

僕が通っていた幼稚園の歌詞に
「つよく やさしく のびのびと」
とあります。

あなたの応募書類を見ていて、ふと思い出しました。
誰かを助けられるように強く、人に優しく、そして、のびのびと。

いい歌詞だと思いませんか?

肩肘はらずに、心のままに、のびのびと。
僕はそんな感じで、今幸せに生きています。

P.P.S

幼稚園の歌詞 改めて調べたら「つよく ただしく のびのびと」でした。
話のオチが変わるので強く 優しく のびのびと ということで一つ。笑


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